第13話 城の改装と、気絶する商人
廃鉱山から『魔鉱石』がザックザク採掘されたことで、貧乏だったオルステッド辺境伯領は、一夜にしてゴールドラッシュに湧いた。
懐が温かくなれば、次にやることは一つ。ボロボロだった城のリフォームである。
「さあ、皆さんの希望を聞きますよ。どこを直してほしいですか?」
私が大広間で声を上げると、城中から欲望丸出しの大合唱が返ってきた。
『壁紙! 壁紙替えて! 今のこの灰色、シミみたいで陰気くさいのよ! もっとこう、パステルピンクとかにして!』 『俺は金箔だ! 手すりに金箔を塗ってくれ! ゴージャスになりてぇ!』 『アタシはカーテンを新調して! 今の布、もう百年も洗ってないから埃のミルフィーユよ! 深呼吸するとくしゃみが出るの!』 『僕、シャンデリア! 蝋燭じゃなくて最新の魔石ランプにして! LED化して!』
……注文が多い。
特に「パステルピンクにしろ」と言っている壁の主張は、魔王城のような外観とミスマッチすぎるので却下せざるを得ない。
私がメモを取っていると、ジークハルト様が執務室から出てきた。
手には分厚いカタログ(王都の商人が置いていったもの)を持っている。
「……コーデリア。これを見ろ」
彼が指差したのは、『最高級羽毛布団・王侯貴族モデル』のページだった。
「……買うか」
「えっ? でも、今のお布団もまだ使えますよ?」
『補足するぜ! 昨日、ご主人様がこっそり寝室の様子を見に来た時に、奥様が寝返り打って「うーん、硬い……」って寝言を言ったんだよ。それを聞いて、「なんだと!? 硬いだと!? 俺の天使の背中が痛んでしまう!」って大パニックになっちまってさ!』
グラムの暴露を聞いて、私が「ふふ」と笑いかけると、ジークハルト様は口元を片手で覆い、小さく咳払いをした。耳が赤い。
私たちがまだ別々の寝室を使っているためか、彼は私の睡眠環境を過剰に心配しているらしい。
「……手配しよう。……全室分だ」
「全室!? 客間も含めて50部屋以上ありますよ!?」
「……金なら、ある」
出た。成金発言。ジークハルト様、お金の使い方が極端すぎる。
◇
そんなリフォーム計画が進む中、王都から一人の商人がやってきた。噂を聞きつけた大手商会の支店長、ボルドー氏だ。
小太りで、揉み手をしながら現れた彼は、応接室に通されるなり、ガタガタと震え始めた。
なぜなら、対面に座るジークハルト様が、精一杯の「愛想笑い」を浮かべていたからだ。
「……ようこそ。……遠いところを」
ジークハルト様は口角を無理やり引き上げている。
だが、その顔はどう見ても『獲物を前に舌なめずりする捕食者』か『これから拷問を始める処刑人』にしか見えない。
「ひぃッ! へ、へ、辺境伯閣下におかれましては、ご、ご機嫌麗しく……ッ!」
ボルドー氏の顔から血の気が引いている。
『あーあ、ご主人様……。笑顔が引きつりすぎて「お前の肝臓を食わせろ」って顔になってるよ。商人が失禁するまであと三秒!』
グラムの実況通り、ボルドー氏はすでに半泣きだ。私は慌てて助け船を出した。
「ボルドーさん、主人は歓迎しているのですよ。ね、あなた?」
「……うむ。……茶でも、飲め」
ジークハルト様がカップを勧める。
ボルドー氏は「ど、毒入りか!?」と疑いたくなるような顔で、震える手でカップを持ち上げた。
その時。
『あ、ちょっとそのオヤジ! 座り方雑なんだけど!』
ボルドー氏が座っている一人掛けのソファが、私の脳内で悲鳴を上げた。
『重い! お尻のポケットに財布入れてるでしょ! 金具が私の革に食い込んでるのよ! 痛い! そこ高い革なんだから! やめて、グリグリしないで! 痔になりそう!』
ソファの切実な訴えに、私は思わず口を挟んだ。
「あ、あの、ボルドーさん。もしよろしければ、お尻のポケットのお財布を、テーブルに出していただけませんか?」
「えっ? は、はい……」
ボルドー氏が不思議そうに財布を取り出す。
「……な、なぜ私が財布を尻ポケットに入れているとわかったのですか? 上着で隠れていたはずですが……」
「ええっと、その……生地が痛む音が聞こえまして」
私が苦しい言い訳をすると、ボルドー氏はハッと目を見開いた。
「ま、まさか奥方様は……『絶対鑑定眼』の持ち主!? 財布の金具が革を傷つける微かな音を聞き分けるとは……! そ、底知れぬ……!」
勝手に勘違いして怯え始めた。すると今度は、テーブルの上のティーポットが口を尖らせた。
『ねえねえ奥様! こいつの商品、なんか胡散臭いわよ! さっきカバンの中で、見本品の壺が「俺、先週作られたばっかなのに『古代王朝の秘宝』って値札貼られた……詐欺の片棒担ぐのつらい……」って泣いてたわよ!』
なんと。詐欺師だったか。
私はニコリと微笑み、ボルドー氏のカバンを指差した。
「ボルドーさん。今回お持ちいただいた『古代王朝の壺』ですが……素晴らしい光沢ですね。まるで『先週窯から出したばかり』のような新鮮な輝きですわ」
ボルドー氏が、ヒュッ! と息を呑んだ。
「な、ななな、なぜそれを……!?」
「さあ? ただ、壺がそう言っている気がしまして」
私が小首を傾げると、ボルドー氏はガタガタと震え上がり、ジークハルト様の方を見た。
ジークハルト様は、私が何を言っているのかよくわかっていないが、とりあえず「妻の言うことは絶対だ」と信じ込んでいるので、無言で深く頷いた。
「……妻の目は、誤魔化せんぞ」
魔王(に見える旦那様)の追撃。
ボルドー氏は「ひぃぃぃッ! 申し訳ございませんんん!」と床にひれ伏した。
「で、出来心だったのです! 田舎貴族だと侮って、贋作を……! お許しください! 命だけは!」
ボルドー氏が自白するのを見て、ジークハルト様は眉間の皺を深めた。
「やはりか」という呆れと、「よくも妻に粗悪品を掴ませようとしたな」という静かな怒りが滲み出ている。
その顔は、もはや処刑執行直前の死神のようだ。
『すっげぇ! 奥様の名推理とご主人様の顔面凶器、最強のコンボだ! この商人、もうライフゼロだよ!』
グラムが腹を抱えて笑っている。
私はボルドー氏に優しく(に見えるように)言った。
「命までは取りませんわ。その代わり……わかっていますね?」
「は、はい! 最高級の品を! 定価の半額で! いえ、原価で納品させていただきますぅぅッ!」
◇
結果、ボルドー氏は涙目で「最高級のカーテン」や「羽毛布団」を格安で置いていき、逃げるように帰っていった。
彼の中でオルステッド領は『全てを見通す魔眼の辺境伯夫人と、無慈悲な魔王がいる恐怖の地』として刻まれたことだろう。
その日の夜。 私の寝室には、運び込まれたばかりの新品のベッドが鎮座していた。
「……どうだ」
ジークハルト様が、部屋の入り口でソワソワしながら立っている。私は靴を脱ぎ、ベッドで横になってみた。
『うわぁん! 奥様! 会いたかった! 私、王都の倉庫でずっと出番を待ってたの! 最高のふかふかをお届けするわ!』
新品の羽毛布団が歓喜の声を上げ、私を優しく包み込む。まるで雲の上にいるような寝心地だ。
「すごいです、ジークハルト様! とっても柔らかくて温かいです!」
「……そうか。よかった」
彼は安堵の息を吐き、名残惜しそうに踵を返そうとした。
その時。
『ちょっと旦那様! 帰るの!? もったいない!』 『そうよそうよ! このキングサイズのベッド、一人で寝るには広すぎるわよ!』 『ほら旦那様、勇気を出して! 「寝心地を確認したい」とか何とか言って隣に座っちゃいなさいよ!』
家具たちの余計な(ナイスな)野次が飛ぶ中、ジークハルト様の足がピタリと止まった。
「……あー、その」
彼が振り返る。顔が赤い。
「……俺も、その……か、確認を……してもいいだろうか。不良品だと、困るからな」
「ええ、もちろんです」
私は上半身を起こし、端に寄って場所を空けると、彼はガチガチに緊張した動きで、ベッドの反対側に腰を下ろした。
沈黙。
二人の距離は1メートル以上空いている。
しかし、羽毛布団が『えーい、じれったい!』とばかりにふわりと盛り上がり、私たちを真ん中へと滑らせた。
「あっ」 「……!」
肩と肩が触れ合う。 ジークハルト様の体温が、薄い寝間着越しに伝わってくる。
『ヒュー! 密着! 密着!』 『照明落としましょうか? ムーディーにします?』 『俺、空気読んで黙ってるわ(笑)』
部屋中の家具が盛り上がっているせいで、甘い雰囲気というよりはお祭り騒ぎだ。
ジークハルト様は真っ赤な顔で、しかし逃げようとはせず、ボソリと言った。
「……悪くない」
それがベッドの感触のことなのか、この距離感の心地よさのことなのかは、聞かないでおくことにした。
こうして、オルステッド領の夜は更けていく。
窓の外では、月が綺麗に輝いていた。




