表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/28

第13話 城の改装と、気絶する商人

 廃鉱山から『魔鉱石』がザックザク採掘されたことで、貧乏だったオルステッド辺境伯領は、一夜にしてゴールドラッシュに湧いた。  


 懐が温かくなれば、次にやることは一つ。ボロボロだった城のリフォームである。


「さあ、皆さんの希望を聞きますよ。どこを直してほしいですか?」


 私が大広間で声を上げると、城中から欲望丸出しの大合唱が返ってきた。


『壁紙! 壁紙替えて! 今のこの灰色、シミみたいで陰気くさいのよ! もっとこう、パステルピンクとかにして!』 『俺は金箔だ! 手すりに金箔を塗ってくれ! ゴージャスになりてぇ!』 『アタシはカーテンを新調して! 今の布、もう百年も洗ってないから埃のミルフィーユよ! 深呼吸するとくしゃみが出るの!』 『僕、シャンデリア! 蝋燭じゃなくて最新の魔石ランプにして! LED化して!』


 ……注文が多い。

 特に「パステルピンクにしろ」と言っている壁の主張は、魔王城のような外観とミスマッチすぎるので却下せざるを得ない。


 私がメモを取っていると、ジークハルト様が執務室から出てきた。  

 手には分厚いカタログ(王都の商人が置いていったもの)を持っている。


「……コーデリア。これを見ろ」


 彼が指差したのは、『最高級羽毛布団・王侯貴族モデル』のページだった。


「……買うか」


「えっ? でも、今のお布団もまだ使えますよ?」


『補足するぜ! 昨日、ご主人様がこっそり寝室の様子を見に来た時に、奥様が寝返り打って「うーん、硬い……」って寝言を言ったんだよ。それを聞いて、「なんだと!? 硬いだと!? 俺の天使の背中が痛んでしまう!」って大パニックになっちまってさ!』


 グラムの暴露を聞いて、私が「ふふ」と笑いかけると、ジークハルト様は口元を片手で覆い、小さく咳払いをした。耳が赤い。  


 私たちがまだ別々の寝室を使っているためか、彼は私の睡眠環境を過剰に心配しているらしい。


「……手配しよう。……全室分だ」


「全室!? 客間も含めて50部屋以上ありますよ!?」


「……金なら、ある」


 出た。成金発言。ジークハルト様、お金の使い方が極端すぎる。


 ◇


 そんなリフォーム計画が進む中、王都から一人の商人がやってきた。噂を聞きつけた大手商会の支店長、ボルドー氏だ。  

 小太りで、揉み手をしながら現れた彼は、応接室に通されるなり、ガタガタと震え始めた。


 なぜなら、対面に座るジークハルト様が、精一杯の「愛想笑い」を浮かべていたからだ。


「……ようこそ。……遠いところを」


 ジークハルト様は口角を無理やり引き上げている。  

 だが、その顔はどう見ても『獲物を前に舌なめずりする捕食者』か『これから拷問を始める処刑人』にしか見えない。


「ひぃッ! へ、へ、辺境伯閣下におかれましては、ご、ご機嫌麗しく……ッ!」


 ボルドー氏の顔から血の気が引いている。


『あーあ、ご主人様……。笑顔が引きつりすぎて「お前の肝臓を食わせろ」って顔になってるよ。商人が失禁するまであと三秒!』


 グラムの実況通り、ボルドー氏はすでに半泣きだ。私は慌てて助け船を出した。


「ボルドーさん、主人は歓迎しているのですよ。ね、あなた?」


「……うむ。……茶でも、飲め」


 ジークハルト様がカップを勧める。


 ボルドー氏は「ど、毒入りか!?」と疑いたくなるような顔で、震える手でカップを持ち上げた。


 その時。


『あ、ちょっとそのオヤジ! 座り方雑なんだけど!』


 ボルドー氏が座っている一人掛けのソファが、私の脳内で悲鳴を上げた。


『重い! お尻のポケットに財布入れてるでしょ! 金具が私の革に食い込んでるのよ! 痛い! そこ高い革なんだから! やめて、グリグリしないで! 痔になりそう!』


 ソファの切実な訴えに、私は思わず口を挟んだ。


「あ、あの、ボルドーさん。もしよろしければ、お尻のポケットのお財布を、テーブルに出していただけませんか?」


「えっ? は、はい……」


 ボルドー氏が不思議そうに財布を取り出す。


「……な、なぜ私が財布を尻ポケットに入れているとわかったのですか? 上着で隠れていたはずですが……」


「ええっと、その……生地が痛む音が聞こえまして」


 私が苦しい言い訳をすると、ボルドー氏はハッと目を見開いた。


「ま、まさか奥方様は……『絶対鑑定眼』の持ち主!? 財布の金具が革を傷つける微かな音を聞き分けるとは……! そ、底知れぬ……!」


 勝手に勘違いして怯え始めた。すると今度は、テーブルの上のティーポットが口を尖らせた。


『ねえねえ奥様! こいつの商品、なんか胡散臭いわよ! さっきカバンの中で、見本品の壺が「俺、先週作られたばっかなのに『古代王朝の秘宝』って値札貼られた……詐欺の片棒担ぐのつらい……」って泣いてたわよ!』


 なんと。詐欺師だったか。  


 私はニコリと微笑み、ボルドー氏のカバンを指差した。


「ボルドーさん。今回お持ちいただいた『古代王朝の壺』ですが……素晴らしい光沢ですね。まるで『先週窯から出したばかり』のような新鮮な輝きですわ」


 ボルドー氏が、ヒュッ! と息を呑んだ。


「な、ななな、なぜそれを……!?」


「さあ? ただ、壺がそう言っている気がしまして」


 私が小首を傾げると、ボルドー氏はガタガタと震え上がり、ジークハルト様の方を見た。


 ジークハルト様は、私が何を言っているのかよくわかっていないが、とりあえず「妻の言うことは絶対だ」と信じ込んでいるので、無言で深く頷いた。


「……妻の目は、誤魔化せんぞ」


 魔王(に見える旦那様)の追撃。  


 ボルドー氏は「ひぃぃぃッ! 申し訳ございませんんん!」と床にひれ伏した。


「で、出来心だったのです! 田舎貴族だと侮って、贋作を……! お許しください! 命だけは!」


 ボルドー氏が自白するのを見て、ジークハルト様は眉間の皺を深めた。  


「やはりか」という呆れと、「よくも妻に粗悪品を掴ませようとしたな」という静かな怒りが滲み出ている。  


 その顔は、もはや処刑執行直前の死神のようだ。


『すっげぇ! 奥様の名推理とご主人様の顔面凶器、最強のコンボだ! この商人、もうライフゼロだよ!』


 グラムが腹を抱えて笑っている。  


 私はボルドー氏に優しく(に見えるように)言った。


「命までは取りませんわ。その代わり……わかっていますね?」


「は、はい! 最高級の品を! 定価の半額で! いえ、原価で納品させていただきますぅぅッ!」


 ◇


 結果、ボルドー氏は涙目で「最高級のカーテン」や「羽毛布団」を格安で置いていき、逃げるように帰っていった。


 彼の中でオルステッド領は『全てを見通す魔眼の辺境伯夫人と、無慈悲な魔王がいる恐怖の地』として刻まれたことだろう。


 その日の夜。  私の寝室には、運び込まれたばかりの新品のベッドが鎮座していた。


「……どうだ」


 ジークハルト様が、部屋の入り口でソワソワしながら立っている。私は靴を脱ぎ、ベッドで横になってみた。


『うわぁん! 奥様! 会いたかった! 私、王都の倉庫でずっと出番を待ってたの! 最高のふかふかをお届けするわ!』


 新品の羽毛布団が歓喜の声を上げ、私を優しく包み込む。まるで雲の上にいるような寝心地だ。


「すごいです、ジークハルト様! とっても柔らかくて温かいです!」


「……そうか。よかった」


 彼は安堵の息を吐き、名残惜しそうに踵を返そうとした。  


 その時。


『ちょっと旦那様! 帰るの!? もったいない!』 『そうよそうよ! このキングサイズのベッド、一人で寝るには広すぎるわよ!』 『ほら旦那様、勇気を出して! 「寝心地を確認したい」とか何とか言って隣に座っちゃいなさいよ!』


 家具たちの余計な(ナイスな)野次が飛ぶ中、ジークハルト様の足がピタリと止まった。


「……あー、その」


 彼が振り返る。顔が赤い。


「……俺も、その……か、確認を……してもいいだろうか。不良品だと、困るからな」


「ええ、もちろんです」


 私は上半身を起こし、端に寄って場所を空けると、彼はガチガチに緊張した動きで、ベッドの反対側に腰を下ろした。  


 沈黙。  


 二人の距離は1メートル以上空いている。  


 しかし、羽毛布団が『えーい、じれったい!』とばかりにふわりと盛り上がり、私たちを真ん中へと滑らせた。


「あっ」 「……!」


 肩と肩が触れ合う。  ジークハルト様の体温が、薄い寝間着越しに伝わってくる。


『ヒュー! 密着! 密着!』 『照明落としましょうか? ムーディーにします?』 『俺、空気読んで黙ってるわ(笑)』


 部屋中の家具が盛り上がっているせいで、甘い雰囲気というよりはお祭り騒ぎだ。  


 ジークハルト様は真っ赤な顔で、しかし逃げようとはせず、ボソリと言った。


「……悪くない」


 それがベッドの感触のことなのか、この距離感の心地よさのことなのかは、聞かないでおくことにした。


 こうして、オルステッド領の夜は更けていく。  


 窓の外では、月が綺麗に輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ