迷探偵スカーレットと参謀三号 3
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右よ~し、左よ~し、前も後ろも問題なしっ!
「あ~……スカーレット、目立ってる、目立ってるよ……」
廊下の壁に張り付いて、教室から出てきたエレン様を尾行すべく壁に張り付いていたら、イザーク殿下が両手で顔を覆ってうつむいた。
一時限目の授業中、職員室に残っていた授業を受け持っていない先生たちへ突撃し、わたしは有力情報をゲットした。
ハルトヴィッヒ様の推測通り、エレン様は階段から突き落とされた以外にも、度重なる嫌がらせを、どこかの誰か(犯人が特定できていないから、いじめっ子さんとお呼びしよう)から受けていたと言うのだ。
なんでも、エレン様が教室を移動している隙に、机に残していた教科書が破られたり、音楽の授業でエレン様の使うヴァイオリンの弦が斬られていたりしたらしい。
ほかにも、外を歩いているときに上から植木鉢が降ってきたり、水が入ったバケツが降ってきたりしたこともあったとか。
なんで植木鉢、とかなんでバケツ、とか思うけど、やられた方は迷惑極まりないし、当たり所が悪ければ大怪我もする。
エレン様はそれらの嫌がらせを黙認していたようだけれど、さすがに教師の間では情報共有がなされていて、いつ、何が起きたのかというものは、把握できているものはすべてメモを取っていたそうだ。
そのメモを見せてもらったけれど、エレン様が学園に入学してから三年で、五十回くらいの嫌がらせを受けていることが判明した。特に今年に入ってからが多い。
先生たちも、ベルンハルト様を通して、エレン様にどうにかした方がいいのではないのかと進言したこともあるそうなのだけど、エレン様は一貫して「わたくしが自分でどうにかいたします」と言っているという。
エレン様にそう言われたら、教師たちもどうすることもできない。
いくら教師であろうとも、クラルティ公爵令嬢の意向を無視し、お節介を焼くのは難しいそうだ。
そして、ベルンハルト様も、これまではエレン様の意思に従うようにと教師たちに指示を出していた。
……ベルンハルト様がそんなことを言うのは、なんか解せないんだけどね。
ベルンハルト様は優しい。
そんな優しいベルンハルト様がエレン様が危険な目に遭っているのに何もせずに放置していると言うのがどうにも腑に落ちない。
けれど、貴族には貴族の面倒くさい問題がある。
きっとわたしにはわからない貴族がらみの案件なんだろう。
……でも、わたしはベルンハルト様に許可貰ったもんね!
つまりは、とうとうベルンハルト様が放置をやめたと言うことだ。
「スカーレット、聞いているかな? 目立っているから、ほら、こっちにおいで。というかそのへんてこな仮面はどうしたの? さっきはそんなものつけてなかったよね?」
「さっき報告に行った時に、ベルンハルト様……じゃなかった、お義兄様にいただきました! 仮面怪盗みたいでカッコイイです!」
「叔父上め、余計なことを……」
先生たちから情報を得たわたしは、ハルトヴィッヒ様から「ホウレンソウも大切です」と言われてベルンハルト様の元に情報をお届けに行ったのだ(そのついでに、お腹がすいたからお菓子もたくさん食べてきたよ!)。
ホウレンソウとは、報告とか連絡とか相談とか言う意味らしいんだけど、お野菜にそんな意味があったなんて知らなかったよ! 今度からホウレンソウのソテーが出てきたら、報告と連絡と相談っていうお野菜だって思いながら食べよう。
その時に、どうしてそうなったのかは覚えていないけど、話の流れで仮面怪盗の話をしたら、ベルンハルト様がちょうどいいものがあるよってこの黒い仮面をくれたのだ。
カッコいいから喜んで頂戴し、さっそく身に着けたのである。
……ふふふ、これでわたしだってエレン様も気づかないよね!
ちなみに、わたしがベルンハルト様に報告に行っている間に、イザーク殿下は「スカーレットがいない間がチャンスだ!」とか失礼なことを言ってどこかへ出かけて行ったから、わたしがこの仮面をもらったことを知らなかったらしい。
待ち合わせ場所に行ったら仮面をつけたわたしが現れて、イザーク殿下はさっきからこの仮面が気になって仕方がないみたいだった。
カッコいいからね! でもあげませんよ、これはわたしの!
「ハルトヴィッヒ、どうして止めなかったんだ」
「仮面のあるなし関係なくスカーレット様は目立ちますから、一緒ですよ」
「お前、面白がっているだろう」
「……ちょっとだけ」
ふふ、とハルトヴィッヒ様が笑う。
「ともかく、スカーレット、ここにいたらものすごく目立つ! 授業が終わる前にここから離れるよ!」
「もうすぐエレン様が出て来るのに?」
「大丈夫だよ、特等席を見つけてきた」
……特等席! 素敵な響き!
その言葉の響きに釣られて、わたしはイザーク殿下に案内されて屋上へ向かった。
学園の屋上に来るのははじめてだ。
「わ、高い!」
屋上なのにちょっとした庭園みたいに造られていて、転落防止のための柵がぐるりと張り巡らされている。
見上げれば、高さの分だけ空が近くなった気がした。
「スカーレット、こっちだ。ここからなら、エレンの教室がよく見える」
「本当ですか?」
イザーク殿下が格子状の柵の前に向かったのでついて行くと、確かにエレン様が授業を受けていた教室が見えた。だけど、距離があるから、ちょっとわかりにくい。
「スカーレット、これを……、仮面の上からでも使えるかな?」
イザーク殿下が金色のオペラグラスを渡してくれる。
……おおっ! 頼りないと思っていた参謀三号、なかなかやりますね!
オペラグラスを受け取って覗くと、さっきよりもずっとよく見える。
「ここでエレンの様子を探ろう。さすがにこの距離だと気づかれないだろうし、犯人にも気取られないはずだ」
なるほど、いじめっ子さんも、わたしたちがここから監視しているとは思わな……って、ちょっと待って。
「イザーク殿下、これだとエレン様が怪我をしそうになった時に颯爽と助ける作戦が……」
「そんな作戦は最初からなかったけど……、エレンの側には、僕の護衛を一人つけさせた。あの護衛は隠密を得意としているから、エレンにも気づかれない」
……隠密! これまたカッコイイ! リヒャルト様、今日はカッコイイがたくさんです‼
リヒャルト様に報告したいことがたくさんできたけれど、今日のこの行動はリヒャルト様には内緒だ。報告したら怒られる未来しか見えないので、残念だけど、お話しできない。
「そろそろ時間ですね」
ハルトヴィッヒ様が懐中時計を確認して言った。
ハルトヴィッヒ様はオペラグラスを使っていない。視力がとてもいいそうで、オペラグラスがなくてもはっきりと見えるらしい。
一時限目の終了を告げるベルがカーンカーンと鳴り響いて、少しして教室の扉が開く。
ほかの生徒たちに交じって、教科書を抱えたエレン様が教室から出てきた。エレン様は、次は帝王学とか言う、名前からしてとっても難しそうな授業を取っているそうだ。
イザーク殿下も取っている授業だけど、殿下の場合はお城の教育係から、より深い授業を受けているからいいんだって。
「帝王学は出席率がかなり評価に影響していたと思いますが……」
「なんでハルトヴィッヒが知っているんだ?」
「リヒャルト様と同学年でしたから。リヒャルト様がこの授業のときだけはものすごく面倒くさそうな顔をしていらっしゃったので訊いたら、公務で欠席する代わりに大量のレポートを書かされていると言っていましたね。それで欠席をチャラにしてもらえると。それに味を占めて、公務でもないのに帝王学の授業を欠席して、こっそり騎士科の模擬試合に出たりもしていらっしゃいましたよ」
リヒャルト様は最初から騎士科に入学していたけれど、帝王学の授業は取らされたらしい。
「そんな小技知らないぞ!」
「たぶん、リヒャルト様が交渉なさったんじゃないですか?」
「……僕も今度交渉に行こう」
イザーク殿下はレポートと成績を天秤にかけてレポートを取ったらしい。
わたしだったら成績が悪くなったってレポートなんて難しいものは回避するけどね!
お二人が離している間にも、わたしはエレン様から目を離さない。
イザーク殿下も、なんだかんだ言って真剣にエレン様を見守っていた。
……エレン様のことを全然見てくれない殿下だけど、こういうところは真面目だよね。
エレン様はお一人で、ぴんと姿勢を伸ばして優雅に廊下を歩いている。
「エレンは友達がいないんだな」
ぽそりと呟いたイザーク殿下に、わたしはちょっとムッとした。
「殿下に合わせて入学したから、エレン様と年齢が近いご令嬢がいないって聞きましたよ!」
そのせいじゃないんですか、と言ってやると、殿下がうっと言葉に詰まる。
エレン様は、イザーク殿下のためにたくさんのことを犠牲にしてきた。
学園のことだってそう。
ほかの貴族令嬢たちが入学するのと同じくらいの年に入学していたら、エレン様にもたくさんのお友達ができたはずだ。年上の公爵令嬢として遠巻きにされなかったはずである。
……イザーク殿下は、もっとエレン様の献身を知るべきなんですっ!
もし、エレン様の今までの献身が「当たり前のこと」だと思っていたのなら、わたしはイザーク殿下を軽蔑しますよ。減点一どころか減点百です。即退場!
だけど、イザーク殿下に退場を言い渡すより前に、エレン様の方に動きがあった。
エレン様が歩いている背後から、挙動不審な二人の女の子が急ぎ足で近づいてきたのだ。
「殿下!」
「ああ……」
イザーク殿下は戸惑ったような声を上げていた。
エレン様に危害が加えられ散るという現状を、いまだに信じ切れないでいたのかもしれない。
挙動不審な女の子二人は、それぞれが両手で抱えるくらいの箱を持っていた。
そのままエレン様に近づけるだけ近づくと、突然、その箱をエレン様の背中に向かって放り投げた。
箱の中身は、授業で使うのだろうか、たくさんのビーカーが詰まっていた。
放り投げられた箱は、ビーカーを宙にまき散らしながらエレン様の元へ。
……あれはだめ‼
さすがにあれが直撃したら大怪我をしてしまう。
わたしは咄嗟に駆けだそうとしたのだけれど、ハルトヴィッヒ様に腕を取られた。
「大丈夫です」
何が大丈夫なのだろうかと教室の方を見たら――唐突に、エレン様の姿が消えた。
「えっ⁉」
オペラグラスを痛いほど目元に押し付けて、転落防止の柵に張り付く。
「消えた⁉」
「僕の護衛だろう。ああ、あそこだ」
イザーク殿下が指さしたのは、さっきまでエレン様がいた場所のずっと前方だった。
エレン様も何事かと目をぱちくりとさせている。
……殿下の護衛さん、すごいっ!
目にもとまらぬ速さでエレン様を移動させ、すぐに姿を消すなんて……。
「プロです‼」
「……スカーレット様、一応俺もプロですけど」
「ハルトヴィッヒ様も隠密奥義が⁉」
「いつ奥義になったのかは知りませんが、俺は暗部所属じゃないんでさすがにあれと同じことはできませんよ」
……暗部? よくわからないけど、これもカッコイイ響き!
「暗部ってどうやったらなれますか?」
「それは特別な訓練を……って、まさかスカーレット様、暗部に入りたいんですか?」
「わたしでも入れますか⁉」
「あー……、無理ですね」
なんだ、がっかり。
エレン様が無傷で、しかもとっても華麗にカッコよく助けられたことに興奮していると、イザーク殿下が誰もいない背後に向かって声をかける。
「あの二人の令嬢の身柄を拘束しろ。……秘密裏にな」
『は‼』
「⁉」
何もないところから声がして、わたしはびくっと後ろを振り返った。
だけど、やっぱり誰もいない。
……暗部すごい‼ 透明人間の奥義まで使える‼
「あー……スカーレット様、たぶんものすごく勘違いを……って、聞いていませんね。……この勘違いをそのままにしておくと、俺がリヒャルト様に怒られそうな気がするんで、聞いてほしいんですけど。スカーレット様?」
ハルトヴィッヒ様が何か言っているけど全然耳に入ってこない。
「ハルトヴィッヒ様、やっぱりわたしも暗部に入りたいですっ」
入れなくても、せめて透明人間の奥義を! あれは楽しい!
「無理ですから! そしてくれぐれも、くれぐれも! リヒャルト様の前でそのような発言はしないでくださいね! 何を見せたのかって俺が怒られますから!」
リヒャルト様は狭量な方じゃないからその程度で怒りませんよ……って、そうでした。今日のことがばれたらさすがに怒られるだろうから、暗部のことも言えませんね。はあ……残念。
「スカーレットに変わったものを見せるのは危険だな……」
イザーク殿下までそんなことを言い出した。
いえ、見ていませんよ。だって見えなかったもん。そして、見えないのがカッコイイんです。
「殿下は透明人間さんの護衛がついているんですね!」
「透明人間ではないが……まあ、一応、この国の王太子だからね。ちなみにこのことは誰も知らないから秘密にしておいてね」
「わかりました!」
……王族の秘密ですね、わかります!
イザーク殿下の護衛の方がエレン様を守ってくれたので、エレン様に怪我はなさそうだ。
廊下にビーカーの破片が散乱していて、誰かが呼んだのだろうか、先生たちが慌てて駆けつけてくるのが見える。
女の子二人はいつの間にかその場からいなくなっていたけれど、イザーク殿下の透明人間さんたちが身柄を確保してくれるので一安心だ。
「これにて一件落着ですね!」
いじめっ子さんたちが捕まれば、エレン様も安心して学園生活が送れるだろう。
そう思ったのだけれど――
「……だと、いいね」
イザーク殿下は、とても歯切れの悪い返事をした。
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☆お知らせ☆
「転生悪役令嬢は破滅回避のためにお義兄様と結婚することにしました 1 ~契約結婚だったはずなのに、なぜかお義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~ 」
12/25クリスマスに発売です!
エピソードをたくさん追加して、レーベルのページ数ギリギリまで詰め込みました!
どうぞよろしくお願いいたします(*^^*)
出版社 : オーバーラップ (オーバーラップノベルスf)
発売日 : 2025/12/25
ISBN-10 : 4824014573
ISBN-13 : 978-4824014573
あらすじ:
乙女ゲーム本編開始前の悪役令嬢に転生したマリア。
しかし、気付いた時にはこれまでの傲慢な言動のせいですでに周囲から嫌われてしまっていた!
このままでは断罪ルートまっしぐら。
焦ったマリアは「攻略対象以外のキャラと先に結婚しておけばゲームの役割から解放されるはず!」と迷案(?)を思い立ち、義兄・ジークハルトに求婚することに!!
仮初の契約結婚を提案したつもりだったのだが――
「学園卒業までにとある条件を満たせなければ、本当の意味で私の生涯の妻だ。どうだ、悪くないだろう?」
どうやらお義兄様の方はマリアを手放す気がないようで!?
お義兄様に振り回されながらも破滅回避を目指して突き進むマリアの行動は、やがて物語に少しずつ影響を与えていき……。
なぜかヒロイン不在のままイベントが次々と発生!?
解決に奔走するうちに、マリアを嫌っていた攻略対象達まで態度を変え始めて――?
ちょっぴりポンコツな愛され悪役令嬢による破滅回避ラブファンタジー!









