迷探偵スカーレットと参謀三号 1
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「イザーク殿下、お話があります!」
学園に到着するなり、わたしはベルンハルト様にお願いしてイザーク殿下を理事長室に呼びつけてもらった。
エレン様に危害を加えた人を探すにしても、学園初心者で、考えることが苦手なわたしが一人で解決できるはずもない。
かといって、この件はベティーナさんにも頼めない。
ベティーナさんにお願いしたらリヒャルト様に筒抜けになって、余計なことをするなと怒られちゃうからね!
では、リヒャルト様に筒抜けにならなくて協力してくれそうな人は……と考えた時、わたしは真っ先にベルンハルト様とシャルティーナ様の顔が浮かんだ。というか、学園で知り合いが少ないわたしが頼れるのはこの二人しかない。
ベルンハルト様とシャルティーナ様に、エレン様がこのままだとイザーク殿下とお別れする道を選ぶかもしれないと告げ口すると、お二人は目に見えて慌てだした。
どうやら、わたしが思っている以上に、エレン様とイザーク殿下がお別れするのは問題らしい。
そこで、エレン様にイザーク殿下を見なおしてもらい、イザーク殿下にもエレン様はいかに素晴らしいかを理解してもらうために、イザーク殿下を巻き込んでエレン様を傷つけた犯人捜しをしたいと言ったら、ベルンハルト様は面白そうに手を叩いて「理事長権限で許可する!」と、とっても気前のいいことを言ってくれた。
シャルティーナ様は「あとでリヒャルト様に怒られても知りませんからね」とベルンハルト様にあきれ顔をしていたけれど……うぅ、やっぱり怒られるのだろうか。ベルンハルト様を盾にして逃げられないかな。
リヒャルト様のお説教は怖いけれど、わたしはエレン様の幸せのために、その恐怖を克服する……ように頑張ることにした。
運良くお説教が回避できそうなら回避するとして、無理そうならベルンハルト様と一緒に怒られよう。二人一緒なら恐怖も半減するはずだ。
学園ではわたしには護衛のハルトヴィッヒ様がついているのだけど、ベルンハルト様がハルトヴィッヒ様も巻き込んでしまおうと言ったので、彼からリヒャルト様に報告が行くことはない。
ハルトヴィッヒ様はリヒャルト様のお友達だけど、王国に仕える騎士である。王太子殿下の婚約破棄の危機ともなれば、協力しないはずがないのだ。
理事長室に呼び出されたイザーク殿下は、ちょっとでも迫力を出そうと腰に手を当てて仁王立ちするわたしに、目をぱちくりとさせた。
「スカーレット、そんなに口をとがらせてどうしたの? 何か嫌なことがあったのかな?」
……わたしは怒った顔をしているつもりなんですけど、迫力がないのだろうか。
ベルンハルト様とシャルティーナ様、そして扉の近くに立っているハルトヴィッヒ様が揃って肩を震わしているのも解せない。
……皆さん、わたしは真剣なんですよ?
腑に落ちないものを感じながらも、わたしはわざとらしくこほんと咳ばらいをした。
「イザーク殿下を、わたしの参謀三号に任命しますっ」
「……うん?」
イザーク殿下が困惑顔になって、ベルンハルト様の方を見た。
「叔父上、これは何の遊びですか?」
遊びだなんて失礼な! だからっ、わたしは真剣なんですっ。
参謀一号がベティーナさんで、参謀二号がヴァイアーライヒ公爵領にいるアルムさんなので、イザーク殿下は参謀三号に任命したんです!
参謀とは、わたしのかわりに頭を使ってくれる人のことを指すんです!
ベルンハルト様はくすくす笑いながら、首を横に振った。
「遊びじゃない。イザーク、お前には今日からスカーレットの参謀三号を命じるよ。……ククク、三号。なんで三号。面白すぎる……」
おっと、三号の意味を説明した方がいいですか?
だけど、その話はわたしの妻計画までお話しする必要が出てくるので長くなると思います。だからまた今度で!
「スカーレットの参謀って、いったい何をさせる気ですか?」
「それはスカーレットが説明するよ。ね?」
「はい!」
イザーク殿下には一度! しっかりと! エレン様がいかに大変な目に遭っているのかを理解していただく必要がありますからね!
わかっていますか? 本来、婚約者を守るのはイザーク殿下の役目なんですから!
イザーク殿下のことは嫌いじゃないけど、エレン様がお別れしようと考えるまで追い詰めた殿下のことは、怒っているんです。
エレン様のために一肌脱いで、そしてしっかり反省してください!
「イザーク殿下、エレン様はものすっごく大変なんです!」
「妃教育のことかい? だけどエレンは妃教育の大半を終えているけどね」
そうじゃない!
ここで妃教育とか言い出す時点で、イザーク殿下が、エレン様がこの学園でどのような状況に陥っているのか理解していないことがわかる。
頓珍漢にもほどがありますよ!
「エレン様は、この学園で、とっても大変な目に遭っているんです!」
「そうだとしても、それはエレンがまいた種だろう?」
むかっ!
「エレン様はとっても優しい素敵な女性です!」
「スカーレットは優しいけれど、騙されやすいみたいで心配だよ」
むかむかっ!
「エレン様は! イザーク殿下の婚約者の立場だからこそ、とってもとっても苦労しているんです!」
「それは僕にも言えることだけどね」
むかむかむかっ!
全然話が通じなくて、「きーっ!」って叫びそうになると、ベルンハルト様が「あちゃー」って額を抑えて息を吐いた。
「あー、やっぱりやめよう。説明は私がするよ。スカーレットは、うん、説明向きじゃない。……それから、スカーレット。地団太を踏むのは、この部屋だけにしておきなさい。外でやってはいけないよ」
腹が立ってダンダンと足を踏み鳴らしていたら、ベルンハルト様に止められた。
「スカーレットがこんなに怒るなんて、よほど腹が立っていたのねえ」
シャルティーナ様がおっとりと頬に手を当てて、わたしの肩に手を回す。
「立ち話もなんだから、ほら、座りましょう? クッキーがあるわよ」
シャルティーナ様に促されてソファに腰を下ろしたわたしは、もそもそとクッキーを食べる。怒ったからか、ものすごくお腹がすいた。
わたしがむーっとしながらクッキーを食べている間に、ベルンハルト様がエレン様が怪我をした時のことを説明してくれる。
イザーク殿下は本当に知らなかったのか、驚いたように目を見開いていた。
「え? 突き落とされた? エレンが誤って階段を踏み外したんではなくて?」
まだ言いますか!
今日のわたしはむかむかしているので、喜んで応戦しますよ! すぱこーんって頭叩いてもいいですか⁉
「どうどう」
シャルティーナ様が暴れ馬をなだめるみたいに、わたしの肩をぽんぽんと叩く。
ベルンハルト様も、わたしの怒りが振り切れそうなのを感じ取ったのか、「スカーレットは怒ると厄介だな」と呟きながら、イザーク殿下に滾々とエレン様の置かれている状況を説明した。
イザーク殿下は戸惑いながら、何度も首をひねっている。
「そんな話は、はじめて聞きました。むしろエレンの方が多方で危害を加えている側では?」
……なんですと⁉
「スカーレット! ミルクティーよ。蜂蜜たっぷりの、あまーいミルクティーを飲みましょうね!」
わたしが腰を浮かせかけると、慌てたようにシャルティーナ様がわたしの両肩を押さえる。
……イザーク殿下! もしわたしが猫なら、フーッて毛を逆立てているところですよ! わたしだって、怒ったら引っ掻くくらいするんですからね! 覚悟はいいですか⁉
だんだん、やっぱりエレン様はイザーク殿下とお別れした方が幸せなんじゃないかなぁと思えてきた。
だって、イザーク殿下、これっぽっちもエレン様を見てない。知らない。ここまでひどいとは思わなかったよ!
……むぅ、でもエレン様が悲しい顔でお別れするのは嫌だから、やっぱり頑張るよ。
その上で、エレン様がやっぱりお別れすると言うのであればわたしは止めない。
だけど、もう一度イザーク殿下の隣で頑張りたいってエレン様が思いなおすのなら、もちろん応援するよ。
エレン様のことをちっとも見ていないダメダメな婚約者だけど、エレン様はイザーク殿下のことが大好きだもんね。
イザーク殿下も、優しい人であるのは間違いないのだ。ただ、いろいろ問題ではあると思う。
口の中にぽーんと三枚のクッキーを放り込んで、苛立ち紛れに咀嚼しながらイザーク殿下をじっとり睨んでいると、わたしの視線に気づいたのか、殿下がちょっとひるんだみたいだった。
今度は怒っている顔がちゃんとできたらしい。
「スカーレット、そんなに口にクッキーを詰めるから、ほっぺたがリスみたいになっているわよ」
クッキーを詰め込みすぎたせいで、頬がぷっくりと膨らんでいるみたい。シャルティーナ様の指摘に頬を押さえると、ハルトヴィッヒ様が視線を反らして肩を震わせていた。
ベルンハルト様がわたしを見て苦笑した後で、イザーク殿下にちょっと厳しい目を向ける。
「イザーク、人の意見を取り入れるお前の姿勢を、悪いと言うわけではない。だがお前は、自分に近しい人間の意見を鵜呑みにしすぎる。意見を聞くことと、真偽を調べずにすべて信じることは別物だ。お前は王になるのだから、そのあたりを間違ってはならないよ」
「僕の友人たちが、僕に嘘をついていると?」
おっと、どうやらエレン様の悪口を吹き込んだのはイザーク殿下のお友達なんですね! いえ、なんとなくわかっていましたけど! だって、前に昼食をご一緒したときにも、散々エレン様の悪口を言っていましたからね!
……あの時のことも、まだ怒っているんですよ、わたし。
イザーク殿下は、婚約者よりも、友人の言葉を信じるんですね。その時点で減点ですよ! リヒャルト様なら、わたしの方を信じてくれるはずだもんね! もしくは、わたしが何やらかしたと思ったら、ちゃんと真実を確かめてくれるもん。頭からお友達の発言を信じて婚約者をないがしろにしたりなんてしない。
「それを確かめるのも必要なことだと言っているんだよ。お前は確かめたのか?」
というかそれは、王様にとって必要な事じゃなくて、誰もが必要なことだと思いますよ。ええ、口ははさみませんけどね!
まあ、誰もが公平に物事を見ると言うのは、難しいには難しいんだと思う。
わたしだって、エレン様とイザーク殿下なら、エレン様を信じるだろうし。
だけど、イザーク殿下はエレン様の婚約者なんだから、最低でも真偽は調べるべきだ。
イザーク殿下は眉を寄せて黙り込んでしまった。
うん、調べてないんだね。わかってたよ。調べたら、絶対にエレン様がそんなことしないってわかったはずだもん。
「エレンが学園の生徒に危害を加えられ怪我をしたのは真実だ。スカーレットとシャルティーナがその場に駆けつけてエレンを癒している。お前がお前の友人の発言を信じたいと言うのならば、そちらについてはひとまず置いておこう。だが、エレンが傷つけられたのは事実なのだ。それを調べるのは、エレンの婚約者であるお前の仕事ではないかな?」
イザーク殿下はしばらく沈黙して、そっと息を吐いた。
「それが真実だと言うのなら、確かにその通りですね。エレンは僕の婚約者だ」
「ならばその目で、何が起こったのか、エレンはどのような立場に置かれているのか、きちんと調べて判断するといい」
「その口ぶりでは、叔父上はある程度情報を持っているのではないですか?」
「もちろん。私は理事長だからね」
ベルンハルト様は肩をすくめた。
「だが、私から聞かされて、お前が信じるとは思えない。だから自分で調べて自分で判断するんだ。……人の意見に耳を傾けるのは長所かもしれないが、傾聴しすぎれば短所になる。いい加減、お前もそれに気づいてもいいころだ」
イザーク殿下は、まだ思うところがあったのか、それに対しては何も返さなかった。
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