クラルティ家のお茶会 5
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「……何度見ても不思議だわ。いったいどこに入るのかしら?」
エレン様が優雅にティーカップを傾ける目の前で、わたしは一心不乱にケーキを口に運んでいた。
……もぐもぐもぐ、おいし~い‼
お茶会ははじめてだけど、最高かもしれない!
世の中のお嬢様は、こんな素敵な習慣があったんだね!
「なんとなく勘違いしていそうだから忠告いたしますけど、他家のお茶会……というより、他のお茶会ではこのように大量のお菓子は出ないわよ。今日は二人だけですし、お礼も兼ねていますから特別ですわ」
「むぐぐぐぐ?」
「口の中のものを飲み込んでから喋りなさいな」
口の中一杯にフレジエを詰め込んでいたわたしは、急いで咀嚼して、ごくごくと紅茶を飲み干した。
……ごくごくごく、ぷはあ! フレジエはバタークリームを使ったイチゴのケーキだから、特別紅茶が合う気がする!
口の中が空になったところで、わたしは再度言った。
「そうなんですか?」
「ええ。多少は用意されていますけど、このようにテーブルが埋まるほどのケーキはないわよ。変に期待しないように、覚えておいた方がいいですわ」
なるほど、それだとわたしにはお菓子がたりないな。途中でお腹がぐ~って鳴りそう。
「じゃあ、お菓子を持参するのはいいんですか?」
「それはやめたほうがいいわね」
「じゃ……じゃあ、事前にお腹いっぱい食べて臨むしかない……?」
「あなたの燃費の悪さも大概ね」
エレン様が額に手を当ててあきれたように嘆息した。
わたしの食欲をはじめて目撃したエレン様の侍女さん二人は、目を真ん丸にして棒立ちになっている。
「リヒャルト様とご結婚なさったら、お茶会や夜会に招待されることも増えるでしょうけど、その点はリヒャルト様がうまく選別なさるでしょう。あなたを妻に迎えると決めた時から、その程度のことは想定していると思いますわよ」
「つまりリヒャルト様にお任せしていたら大丈夫なんですね」
「そうですけど、知識としては知っておいた方がいいわよ。今度、普通のお茶会にも招待しますわ。わたくしと、そうね、わたくしの母やシャルティーナ様あたりの、少人数からはじめるのがよろしいかもしれませんわね。……期待しているところ悪いけど、普通のお茶会と言ったでしょう? そのときにはこんなにケーキは用意しませんわよ」
うっ、期待が顔に出てたみたい。
……だって、このケーキとっても美味しいんだもんっ!
衝撃から回復したらしい侍女さんが、紅茶のお代わりを淹れてくれた。
「普通のお茶会はお菓子を楽しむものではなくて、おしゃべりを楽しむ場なのよ。まあ、楽しむと言っても、上級貴族のお茶会になればなるほど、いろいろな思惑が散りばめられているものですけどね。……食べていいわよ。そんなに悲しそうな顔をしないでちょうだい」
おしゃべり中に食べるのはだめだよねとフォークを握りしめてケーキを見ていたら、エレン様が許可をくれた。
待ってましたと食べかけのフレジエにフォークを刺すと、エレン様が紅茶のお代わりに口をつける。
わたしがケーキを食べる様子をしばらく見ていたエレン様が軽く手を振った。
二人の侍女さんが一礼して温室を出て行き、エレン様と二人きりになる。
「食べながらでいいから聞いてくれるかしら?」
「むぐっ」
大きく頷くと、エレン様がじみじみと、「あなたのほっぺたはどこまで伸びるのかしら?」とぱんぱんに膨らんだわたしの頬を見て言う。
聞いてほしいって、わたしのほっぺたのことが知りたいの?
でも、わたし、リスみたいって言われたことはあるけど、自分の頬の事情なんてよくわかんないよ?
首をひねっていると、エレン様がくすりと笑う。
「わたくしがあなたくらい純粋だったなら、イザーク殿下もわたくしの言葉を聞いてくださったかしら」
「むごむぐむぐ?」
イザーク殿下? と言おうとしたけどまともな言葉にならなかった。
リヒャルト様からも口の中に食べ物を入れたまま喋ったらダメって言われているけど、これだけたくさんのケーキがあって、口の中に食べ物が入っていない状態を作るのは、わたしには至難の業だ。だって食べたい。
「何を言っているのかわからないから、ひとまず聞いてくれるだけで返事は結構よ」
「んぐっ」
わかりました、と頷くとエレン様がまた笑う。でも、その笑みはどこか寂しそうだった。
「わたくしはこれまで、王妃になることが使命だと思って生きてきましたわ。イザーク殿下とも、結婚すればわかりあえると、そう思い続けて……。でも、信頼し合っているあなたとリヒャルト様を見ていて、思ったの。イザーク殿下はきっと、結婚しても、わたくしのことを信頼してくださるようにはならないのかもしれないと」
エレン様が手を付けていなかった自分の手元のショートケーキにフォークを刺す。
けれども、フォークを刺しただけで、口に運ぼうとはしない。
「わたくしが何を言っても、イザーク殿下は、わたくしが悪意があるように受け取るの。わたくしの話を聞いているようで、本当は全然聞いていない。この状況で、結婚すれば変わるなんて、夢を見すぎていたわ。わたくしたちは変わらない。ずっと、平行線のままなのよ」
それは、わたしもちょっと思う。
どういうわけか、イザーク殿下はエレン様のことを意地悪だと思っている。
だからエレン様が何を言っても、そしてわたしが何を言っても、エレン様の優しさを認めない。エレン様が優しいと言えば、言ったわたしが優しいと言われるよくわからない現象まで起きるほどだ。
……でも、エレン様はイザーク殿下が好きだよね。
色恋沙汰には疎いけど、エレン様はイザーク殿下のことを大切に思っていると思う。そして、向き合おうとしているとも思う。だけど、イザーク殿下がそっぽを向いたまま、エレン様を見ようとしない。
なんでこんなにすれ違っているのかが、わたしにはよくわからない。
なんとなくだけど、イザーク殿下が優しい人が好きなのはわかった。
でも、イザーク殿下の周りにいるお友達より、エレン様の方がずっと優しいのに、それに気づいていない。
……少なくともエレン様は、人の悪口なんて言わないよ。
イザーク殿下とランチを取った時のことを思い出す。
正直言って、あの時は気分が悪かった。エレン様を悪く言うイザーク殿下のお友達にも、そしてそれを咎めないイザーク殿下にも、ムカッとした。
イザーク殿下にとってあの場にいた人たちはお友達なのだろうけど、エレン様は婚約者だ。お友達の言うことばかりを聞いて信じて、エレン様を信じないのは絶対におかしい。
……わたしは世間知らずだから変なことをすることもあるけど、リヒャルト様は、ちゃんとわたしを見てくれるよ? わたしの言葉を信じてくれるよ?
もちろん、おかしいと思ったときは指摘も入るけど、リヒャルト様はちゃんとわたしに向き合ってくれる。
貴族でもなく、親もいない、神殿育ちのわたしのことを、ちゃんと対等に見てくれる。
でもイザーク殿下は、わたしとリヒャルト様が出会ったころよりずっと前から一緒にいるエレン様を見ようとはしない。
エレン様が寂しそうな笑顔のまま、ゆっくりと、小さく切ったケーキを口に入れた。
……エレン様は、もしかしなくても、疲れちゃったのかな。
いくら言っても、どれだけ向き合おうとしても、決してこちらを見ないイザーク殿下に。
だから、終わらせようとしているのかな。
そんな気がする。
……でも、本当にそれでいいの?
「わたくしが、学園でわたくしを害する人たちを咎めれば、恐らく殿下との婚約は解消に向けて動き出すと思うわ。お父様は怒るかもしれないわね。陛下も……卒業まであともう少しなのだから、我慢するなり、イザーク殿下と協力して対処するなりすればよかっただろうとおっしゃるかもしれない。でも、殿下はきっと協力してくださらないし……、これ以上我慢するのも、もう嫌なのよ。あなたとリヒャルト様を見ていたら、余計にそう思うの」
いつの間にか、わたしは自然とフォークを置いていた。
呑気にケーキを食べていられるお話じゃなかった。
「エレン様はそれでいいんですか?」
わたしに貴族の結婚問題は難しい。
だけど、エレン様はずっと一途にイザーク殿下を想い続けてきたんでしょう?
今のエレン様は、たくさんのことをぎゅうっと我慢して、一生懸命飲み込もうとしているように見える。
イザーク殿下とこのまま結婚するのとお別れするの、どちらがエレン様にとって幸せなのかはわからないけれど……エレン様が苦しそうな顔をして決断しなければならない状況なのは、なんか嫌だ。
もしお別れするのでも、エレン様がすっきりした顔で、何の未練もなくすぱっとお別れできないと、わたしは納得できない。
わたしが口を挟む問題ではないのは、もちろんわかっている。
リヒャルト様にもダメって言われた。
だから、わかっているのだ。
わかっているんだけど――
……というか、イザーク殿下はエレン様がこんなに悩んでいるのを知らないんだよね。む! なんかそれも納得いかない!
どうせなら、イザーク殿下にわからせてやりたい。
エレン様がいかに可愛くて優しいか。
ずっとエレン様を見ようとしてこなかったイザーク殿下に、ごめんなさい、僕が間違っていましたって謝らせるくらいに、エレン様の可愛いところを叩きこんでやりたい。
……でも、エレン様が決めたってことは、残されている時間は少ないよね。
エレン様の決意は固いだろう。
わたしが何を言っても変わらないと思う。
だけど、ここでお別れしたら、イザーク殿下には何の打撃もないんじゃないだろうか?
政治的には打撃があるのかもしれないけど、わたしにはわからないし、正直そんなものはどうだっていい。
エレン様だけが傷ついて、イザーク殿下はノーダメージというのが気に入らない。
……ここはやっぱり、思い知らせてやるべきだよね!
そうなると、無視できないのはやはりエレン様が怪我をした案件だろう。
エレン様は自分で解決すると言っていた。
手出しは無用だとも言っていた。
でもごめんなさい。
エレン様の解決方法がイザーク殿下とのお別れなのなら、わたしはこのまま黙って見ていられない。
……こうなったら、イザーク殿下を巻き込んで、徹底的にエレン様がどれだけ素晴らしいのかを思い知らせてやるんだから!
わたしは思いつめたような顔をしているエレン様を見ながら、密かに悪だくみをはじめたのだった。
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