ドレスのデザインと秘密 4
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「なに? スカーレットが、新しい薬を作った?」
夕方になって帰宅したリヒャルトは、ゲルルフからの報告を聞いてこめかみを抑えた。
ゲルルフは疲れた顔でこくりと頷く。
「お止めできなくて申し訳ありません。気づいたときにはもう作る流れになっておりまして……」
アリセが倒れてから医者が帰るまでの下りを聞かされてリヒャルトは苦笑するしかなかった。
迷いなく薬を作るという選択をするのは、スカーレットらしいと言えばらしい。彼女は自分の価値をこれっぽっちも理解していないのだ。
「手を出すなと言っても手を出しただろうし、むしろ禁止した場合、落ち込むかもしれないからな。まあそれについては仕方がないが……まったく、ハリノ老は余計な情報を与えてくれたものだ。まあ、よかれと思って口にしたのだろうがな」
リヒャルトがまだ城で暮らしていた頃から世話になっていたハリノ医師は、なまじ近くに(友人の妻に)聖女がいるせいか、聖女に対する考えが人と少しずれている。
医者と薬師、それから聖女も加わって全員で医学の発展に貢献すべきだという、この国ではかなり珍しい持論を展開する医者だ。
腕がいいのは確かだし、好々爺然とした雰囲気はリヒャルトも気に入っているが、彼とスカーレットを一緒にすると危険な気がした。
スカーレットはスカーレットで何も考えていない善人なので、ハリノ医師と意気投合しかねない。
ハリノ老と同調して、言われるままに癒しの力や薬を提供する姿が目に浮かぶようだ。
「作ったものは仕方がない。あとで効果を確認してみよう。それから、スカーレットとハリノ老を一緒にするのは危険なので、極力関わらせるな。今のところスカーレットの特異性には気づかれていないだろうからな」
気づかれたら最後、ハリノ医師のことだ、何を言い出すかわかったものではない。
これまで医者には対処困難だった難病患者を治癒するために力を貸せとなどと言い出せば、スカーレットならば受ける。間違いなく。
(スカーレットが特別だということは、外部に漏らすわけにはいかないからな……。本人が無頓着すぎるから、余計に注意しておかなくては)
何せ、傷ついた鳩にさえ惜しげもなく癒しの力を使うようなスカーレットである。何をするかわからない。
彼女の自由意思を抑え込むようなことは本当はしたくないが、彼女を守るためには、彼女の力は極力外部に知られない方がいいのだ。
「薬の確認ついでに、私からもスカーレットに言っておこう。今は特に学園に通っているからな。兄上からスカーレットの薬を医務室に置くと報告も来たし、注意しておく必要があるだろう」
兄のベルンハルトのことだ。充分に注意を払ってくれるとは思っているが、まったく、余計なことをしてくれた。
兄としても騎士科の怪我や薬の確保に頭を抱えていたようなので聖女科の仮設は渡りに船だったのだろうが、出所がスカーレットだということは何が何でも生徒に漏らさないように念を押しておかなくては。
聖女科が正式に設立されれば、もちろん、その授業で作った薬を学園が利用しようと構わないとは思っている。
しかし、スカーレットの薬と聖女科で学ぶ聖女の卵が作った薬では効果に差が出るだろう。それに気づかないものがいないとも限らない。そしてそれがきっかけでスカーレットの特異性にたどり着かれてはたまったものではなかった。
(……まったく、無邪気すぎるのも困ったものだな)
スカーレットは先ほど玄関でリヒャルトを出迎えてくれたが、薬のことなど一言も言わなかった。
ただただ子供のように笑って「お帰りなさい!」とリヒャルトにまとわりついただけだ。
手早く着替えをすませて、ゲルルフと共にダイニングに降りる。
あまり待たせると、お腹をすかせたスカーレットがしょんぼりした顔になるからだ。
あの顔に、リヒャルトはめっぽう弱い。
子犬がご飯をお預けにされてクンクン鳴いている姿によく似ている気がするのだ。
つまり、ものすごく心が痛む。
「待たせてすまないな」
ダイニングでは、スカーレットがそわそわしながら待っていた。
テーブルを挟んでスカーレットの対面に座り、ゲルルフに目配せをする。すぐに食事が運ばれて来た。
薬のことを聞きたかったが、まずはスカーレットの腹を満たすほうが先だろう。
前菜とスープを食べながら、にこにこと笑いながら食事をとるスカーレットを見やる。
楽しそうな食事風景は、何度見ても飽きることはない。
「美味しいか?」
「とっても!」
訊ねれば、元気よく返事があった。
これだけ喜んで食べてくれれば、料理人も作り甲斐があるだろう。
領地のフリッツもそうだが、タウンハウスの料理人たちもすっかりスカーレットと仲良くなっていた。まあ、スカーレットがよくキッチンに遊びに行くからでもあるだろうが。
スカーレットは、キッチンに行っては料理の試作品を食べさせてもらっているらしい。
ついでに、料理中に怪我をした料理人を見つけては癒していると聞いた。最初は注意しようかと思ったが、彼女の気持ちを抑えつけるのもどうかと思って、やりすぎない分には自由にさせている。我が家の使用人は結束が固いので、外で余計なことを言ったりしないからだ。
メインのローストチキンを食べ終えて、デザートが運ばれてくる。
スカーレットの腹も満足したのだろう、機嫌がよさそうに笑っていた。
本人曰く、食後はぽっこり膨れる腹をさすりながら、運ばれて来たミルフィーユに金色の目をキラキラと輝かせる。
「スカーレット、食べながらでいいから教えてくれ」
そろそろ切り出してもいいだろうと、リヒャルトはスカーレットの方に自分のデザートを押しやりながら訊ねる。
「今日、新しい薬を作ったと聞いたが、それは一体どういうものなんだ?」
「もぐもぐもぐ、ゴジベリーの薬ですか?」
「ああ」
「えっと、病気を治すお薬に近いですけど、いつも作るお薬に疲労回復効果がプラスされていると思います。どの程度の疲労を回復するのかはわかりませんが」
「……疲労回復効果、か」
「はい。あ、でも、寝不足とか栄養失調には効きませんよ。あくまで、疲労回復です!」
スカーレットはたいしたことがないように言うが、彼女は規格外なので、その新しい薬にどれほどの効果があるのかは調べてみないことにはわからない。
「スカーレット、その薬はまだ残っているか?」
「もぐもぐ、ありますよ。アリセさんに全部あげようと思ったんですけど、ゲルルフさんがリヒャルト様に見せた方がいいって言ったから取ってます」
(よくやったゲルルフ)
どんな代物かもわからない薬を邸の外に出すわけにはいかない。
「では、アリセには邸の中で飲ませただけか?」
「はい!」
「その時のことを詳しく教えてくれ」
スカーレットはミルフィーユをもぐもぐと咀嚼して飲み込んだ後で、「えーっと」と少し考えるような素振りをして、話し出した。









