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5・始まり

 三日後、アレクサンドラが急なミッションが入ったせいで一緒に病院に行けなくなったと言うので、レヴェッカ一人で病院に向かっていた。しかし、その途中でレヴェッカも部隊から呼び出しがかかり、結局病院に行けなくなってしまう。


(まぁ、どこか痛いわけじゃないし。)


 不安ではあったが、結果を聞くだけならまた別の日に行けばいいのだと、レヴェッカは治安維持部隊の本部に向かった。

 先に着いていたスミレと共に上官から説明を聞くと、今回のミッションはかなり大がかりなものらしかった。大きく三班に分かれて行動するのだが、すでに一班は行動を開始しており、レヴェッカ達は二班に組み込まれていた。一班がルートを調べ、侵入のお膳立てをした後がレヴェッカ達誘導班の出番だった。


「なんだか今回はずいぶん慎重ねぇ。」


 侵入予定のビル近くのトラックで待機をしながら、スミレはつぶやいた。


「監禁されてるのが重要人物なんじゃない?」


 今回のミッションは、監禁されたある人物を救出する、というものだった。一班が調べ上げた経路に救出する三班を誘導するのがレヴェッカ達の仕事だ。レヴェッカ達二班はその要人に会うわけではないので、その人物が誰かは知らされていなかった。


「あらぁ、いつだって救出するのは重要人物じゃないの。」

「知らないよ。じゃあ、最!重要人物なんじゃない?」

「なんだぁ。レヴェッカちゃんならアレク様から何か聞いてるかと思ったのにぃ。」


 そう。今回は三班の救出班にアレクサンドラが参加するらしい。アレクサンドラは治安維持部隊の中でも危険度の高いミッションばかりを担当する特殊課に在籍している為、通常駆け出しのレヴェッカ達と行動する事はない。しかし、今回は救出ターゲットの顔を知っているという理由で参加が決まったらしい。それ以上は娘のレヴェッカも聞いていない。


「まったく、秘密好きの上官ばっかなんだから。」


 母親とはいえ、上官にはかわりない。部隊では漏洩を恐れ、重要な情報は下には伝えられず、厳しく秘密が守られる。兵は駒の一つ。余計な事は考えず、指示通りに働くだけでいいという事なのだろう。


「まぁいいわぁ。私達はやる事やってさっさと帰りましょ。」


 そう言ったスミレに頷いたレヴェッカだったが、午後になっても延々待機が続き、一向に突入の指示が来ないとなると、だんだん緊張感も薄れてきて、しまいには眠たくなってしまった。


「もうぅ、まだなのかしらぁ」


 プロとはいえスミレも人間。日も暮れて真っ暗になる頃には、さすがに文句の一つも出てくる。


「なんかお腹空いた。」


 レヴェッカがぼやくと、車内にいた後方支援チームの一人が栄養ドリンクをくれた。


「あらぁ、私にはないのぉ?」

「ボビーさん、どうぞ。」

「いやぁん、その名前で呼ばないでぇ~。スミレって呼んで!」


 身をくねらせたスミレに、ドリンクを差し出した隊員は思わず身を引いた。

 その隊員の驚いた顔がおかしくて、レヴェッカは笑いを堪えるのに苦労した。そう。スミレの本名はボビーと言うのだ。

 スミレは差し出されたドリンクを受け取ると、ふたを開けながら言った。


「あなた見ない顔ねぇ。新入り?」

「あ、はい。すみません。」


 青年は意味もなく謝ると、慌てたようにその場から離れていった。

 レヴェッカはチラリとその顔を見たが、確かに見た事のない顔だった。しかし、入隊してまだ1年のレヴェッカはもともと部隊全員の顔を知っているわけではない。知らない顔はいくらでもいた。


「ねぇ、今の子可愛かったわね。」

「そお?」


(また、悪い癖が始まった。)


 そう思いながら、レヴェッカはドリンクを飲み干した。

 ちょっと体格のいい男を見ると、すぐにスミレはそういう事を言うのだ。部隊には体格のいい男はたくさんいるから、スミレにとっては天国かも知れない。

 それからすぐ、七時過ぎに一班からの通信が入り、レヴェッカとスミレの出番がやってきた。


「さぁ、ミッションスタートよん。」

「はいはーい!」


 待ちに待った出番に元気よく返事をすると、レヴェッカは手袋をはずした。任務には能力が必要になるからだ。

 愛機クラウソラスに乗ると、スミレと共にビルに近付く。

 

 海底公園には月など無い。夜ともなれば街灯だけが頼りなのだが、一班によってすでにこの一帯の街灯はすべて消されていた。闇に紛れ、二人は音もなくビルに潜入する。

 一班の指示通り、レヴェッカは警備システムを解除しながら進む。スミレはその護衛役だ。このまま警備室に行ってビル内の警備システムをすべて無効にした後、さらに管制室に行ってビルのすべての制御システムを乗っ取る。そこまでが今回レヴェッカ達に与えられた任務だった。


(ドアロック解除。)


 スミレに合図を送り、警備室のドアを開けると間髪入れず二人で警備室に乗り込んだ。


「?」


 勢いよく乗り込んだレヴェッカ達は、部屋を見回し思わず顔を見合わせた。情報では警備員が最低二人はいるはずなのだが、誰もいないのだ。


「ガセネタ?」


 首をかしげるスミレに肩をすくめてみせ、レヴェッカは警備システムに触れた。休憩なのか交代の時間なのか、なぜかはわからないがいないのなら好都合だ。


(カメラ解除、ロック解除、モニター通信解除、通報システム解除、自動復帰システム解除、だぁぁぁー全部解除!)


 呆れるほど厚い警備システムに、レヴェッカはルビーのように赤い髪を逆立てた。この警備システムを作ったエンジニアは相当ねちっこい性格らしい。何重にも重ね掛けされた監視システムと、さらにその動きを監視するシステム。一つの命令を解除すれば、別の命令が自動的に発動する仕組みだ。


(なんかこの部屋暑いな。)


 イライラと額の汗を拭い、さすがのレヴェッカも苦戦していると、ふいに後ろでドタッと音がして床が揺れた。何事かと振り向くと、どうしたのかスミレが倒れていた。


「スミレちゃん!?」


 誰かが部屋に入って来たわけでもないのに、突然倒れたスミレに、レヴェッカは焦った。何が起こったのか理解できない。


「スミレちゃん!スミレちゃん!」


 いくら呼んでも返事が無いスミレに、レヴェッカは不安になり右手を伸ばした。左はコンピューターに触れたままだ。警備システムの解除が終わらないまま手を離せば、残ったシステムが動き出してしまう。しかし、これでは倒れたスミレに手が届かない。


(どうしよう!)


 レヴェッカは焦ったが、とにかくシステムの解除が先だと判断し、作業に集中した。


(早く、早く!)


 自分を急かしながら警備システムを全て解除し、急いでスミレに駆け寄る。声を掛け返事がないのを確認すると、レヴェッカは手でスミレに触れた。

 レヴェッカは意識のある人間には触れないように、堅く自分を戒めている。触れればこの忌まわしい能力で、身体の構造ばかりでなく、感情を読み取ってしまうからだ。この能力のせいで、過去に山ほど辛い思いをしたのだ。昨日まで親友だと笑っていた友人が離れていった事も、一度や二度ではない。それを繰り返さない為にレヴェッカは常に力を押さえる特殊な手袋をはめ、人に直接触れないようにしてきたのだ。

 しかし、今はそんな悠長な事を言っている場合ではない。本人に意識がない今なら、感情を読み込まずに体調を探る事が出来る。


(義手、義足には異常なし。でも・・・脈拍が遅い?それにこれは・・・薬物反応!?)


 スミレは何かの薬物によって脳の動きを強制的に鈍くさせられ、意識を失っていた。おそらく命に関わる事はないだろうが、かと言ってスミレを置いていくわけにはいかない。


(どうしてこんな・・・。)


 この部屋には誰もいないし、ビルに入ってからだって誰とも接触していない。それ以外だって、今日はほぼ一日中トラックの中で一緒にいたのだ。スミレにだけ症状が出るのはおかしい。それに、部隊の用意したトラックの中で、薬物を盛られる機会なんて・・・。


「あの時!」


 レヴェッカは後方支援チームの見慣れない男を思い出していた。もしかして、あの男がくれた栄養ドリンクが・・・?


(でも、あれは私も飲んだけど。)


 今のところ何でもないが、いつスミレのようになるかわからない。レヴェッカは急いで一班に連絡を取る。


「こちらレヴェッカ。誰か聞こえますか?・・・こちらレヴェッカ。・・・誰か聞こえますか!」


 少し待ってみたが何の応答も帰ってこない。


(なんで?なんで・・・。)


 レヴェッカは何度も呼びかけたが、通信が途切れているのかなんなのか、ともかく返事が返って来ないのだ。レヴェッカは混乱した。こんな事は初めてだった。機械がレヴェッカの思い通りにならない事なんて今までなかった。任務が途中で行き詰まる事もなかったし、ましてベテランのスミレが倒れる事なんて一度もなかったのだ。


「ど、どうしよ・・・わ、私。あ、ちょっと待って。なんで?・・・なんで!?」


 おろおろと部屋を歩き回っていたレヴェッカだったが、助けが呼べないのなら自分で何とかするしかないと気付き、足を止めた。ともかく一度このビルから出るしかないと、クラウソラスを掴んでスミレの側まで持ってきた。スミレを乗せて行くつもりだった。

 しかし、二メートルを越す巨体の、しかも重量武装したスミレがレヴェッカの力でどうにかなるはずもない。必死で持ち上げようとしたレヴェッカだが、わずかに浮きもしないとなると、最後の手段を思い立つ。


(義手と義足、装備も置いていくしかない。)


 幸いスミレは四肢を機械化した強化人間だ。パーツは後でどうにでもなる。四肢のない状態で隊に戻るのは屈辱だろうが、命を失うよりは良いはずだ。背に腹は替えられない。


(離れて!)


 レヴェッカは決断するとスミレの四肢を外し、胴体部分から装備を外してなんとかクラウソラスに乗せようとした。

 と、その時。突然ドアが開き、武装した誰かの足が見えた。その武装は治安維持部隊のものではない。気付いたレヴェッカはとっさにクラウソラスのハンドルを掴んだ。同時にドアが閉まり目の前で閃光が生まれる。


「!!」


 爆音と共にクラウソラスごとレヴェッカ達は吹き飛ばされた。反射的にクラウソラスの防護障壁を張ったが、爆発の勢いは殺せない。レヴェッカ達はそのまま背後のコンピューターに激しく叩き付けられた。

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