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3・ソン・ミジャ

 翌日、学校の昼休み、いつも通り屋上で座り込みパンを食べながら、レヴェッカはため息をついていた。


「レヴィ、ため息止めてよ。ウザイんだけど。」

「うぅ、だってさぁ〜〜。」

「どうせ、また部長さんの事なんでしょ?ホントしつこいよねぇ。」


 顔をしかめるソン・ミジャは、黒髪茶目の地味顔。学校ではレヴェッカの唯一の友人だ。目は小さいがよく見れば整った顔をしている。短所は少々毒舌な所だろうか。


「しつこいって、酷くない?・・・まぁ、しつこいか・・・。」


 同じ相手に何年も片思いをしているのだから、そう言われても仕方がない。

 ソン・ミジャとは去年は同じクラスだったが今は違う。いや、クラスどころか学年も違う。レヴェッカは仕事で授業に出られないせいで、留年してしまったのだ。

 学校でレヴェッカは有名人だった。なぜなら、本来治安維持部隊は軍隊経験者や軍事学校の卒業生、名を馳せた傭兵や警察からの引き抜きで結成されたエリート部隊だからだ。学校に通いながら治安維持部隊に所属しているのはレヴェッカぐらいだ。学校で浮いた存在のレヴェッカだったが、ソン・ミジャはそんなレヴェッカに友人として接してくれる貴重な存在だった。


「家族の気持ちわかるよ。レヴィに普通に幸せになって欲しいんだって。」

「普通に、って何?すでに普通じゃない生活なんだけど。」


 そもそもこんな二重生活をしているのはその家族のせいだ。アレクサンドラやイアソン、ミカールが部隊に所属していなかったら、自分は部隊に入る事もなく、普通の学校生活を送っていられたかも知れないのだ。放課後も休みの日も返上して訓練や任務に明け暮れているのは、彼らが部隊にいるから。普通を求めて家で一人でいるのは嫌だったからだ。

 ソン・ミジャは肩をすくめた。


「仕事のことも普通じゃないけど。まぁ、私はどうせ学校出たら働かなくちゃなんだから今から働かなくても、って思うけどね。別に部隊の仕事が悪いって言ってるわけじゃないし、あんたの親だってそこは納得してるんでしょ?私が言いたいのはそうじゃなくて、あんたの恋愛にかんしてって言うか・・・普通の人間と結婚して欲しいって思ってるんだよ、親はさ。」

「んー・・・。」


 結婚・・・なんて言われてもよくわからない、というのが正直な気持ちだ。レヴィには何回も、結婚して、などと言っているけれど、物心ついたときには父はすでに亡くなっていたし実際の夫婦関係というものがどういうものなのかを知らないのだ。

 だからレヴェッカにとっての結婚、とは一つ屋根の下で暮らす、と言う意味だ。そして、レヴィとそうなりたいと思っている。

 だが、現実主義のソン・ミジャは的確に事実を突きつけてきた。


「わかるでしょ?アンドロイド相手じゃ子供も作れないんだよ?」

「うん。わかってる。」


 この年になればいい加減「世間の常識」とやらはわかってくるし、考えたことはある。でも、好きになったのは十歳の時だったから、子供を作るとかそんな事は考えもしなかったのだ。初恋だった。今は、少しは現実がわかってきたけれど、だからと言ってレヴィを好きだという気持ちは変わらない。

 そんな私を呆れたように見ながらソン・ミジャは前髪をかき上げた。


「まぁ、いいんじゃない。そのうち好きな人が他にできるって。」


 お決まりの台詞で締めくくったソン・ミジャに、レヴェッカは反論をする。


「他に好きな人なんてできない。だって、レヴィが一番カッコイイもん。」

「だぁぁぁ!バカでしょ。もう!」


 ソン・ミジャはイライラと地面を叩いた。


「そんなんだから他に好きな人もできないんでしょ?好きとかじゃなくて、もうただの思い込みなんだって。わかる?恋に恋してる、ってやつよ。好きな気がしてるだけ!もうさぁ、レヴィ、一回振られてきなって!そしたらスッパリと諦めつくじゃん。」

「えええっ!!」


(こ、告白!)


 会うたびに「結婚して」と言っているレヴェッカだが、実は真剣に告白した事は一度もない。と言うか、レヴィに気持ちは伝わっていると思っていたから、今さら告白なんて考えもしなかったのだ。


「振られる前提なの?私。」


 レヴェッカが尋ねると、ソン・ミジャは心底呆れた顔をした。


「本気で聞いてんの?だったらはっきり言うけどねぇ、アンドロイドに恋愛感情なんてあるわけないじゃん。」


 言われてレヴェッカはショックを受けた。


(そんな!・・・そうなの?)


 今まで、自分がレヴィを好きだという気持ちだけで一喜一憂してきたけれど、冷静に考えればそういう事なのだ。アンドロイドは機械。プログラムで動いているのだ。笑顔やその他の反応もすべてプログラムにしたがっているに過ぎない。プログラムに感情、まして恋愛感情なんてあるはずないのだ。

 突きつけられた現実に無言になってしまったレヴェッカの肩を、ソン・ミジャはポンポンと叩いた。


「気付いてなかったの?」

「うん。」


(私・・・バカ?)


 そんな誰でもわかるような事に気付かなかった事が、自分でも不思議だった。笑いかけてくれる笑顔も、優しい言葉も、すべて心のないただのプログラムだったなんて・・・。

 その後の授業も、次の日も、レヴェッカはその事ばかり考えて勉強に身が入らなかった。部隊で働きながらも、奇異の目に晒される学校を辞めないのは、学校を出たらタワーで働きたいからだった。タワーで、レヴィの側で働けるのなら、どんな地味なつまらない仕事でも良かった。しかし、タワーに就職するなら学校を卒業し試験に合格しなければならない。だから留年してまでも頑張っていた。それなのに・・・。


(頑張っても、無駄なのかな。)


 一生受け入れてもらえない思いを抱えて、生きていくのだろうか。そう思うと、ソン・ミジャの言うとおり、他の誰かを好きになった方が良いような気もする。手の届かない相手なんかではなく、もっと普通の人で・・・。兄が結婚したら家を出て行かなければならないだろうし、そうなればずっと一人きりなのだ。そんなのは寂しすぎる。


(そう・・・だよね。レヴィの事は・・・諦なくちゃいけないんだ。レヴィが私の気持ちに答えてくれないなら、迷惑だって言うなら、その方が良いんだよね・・・。)


 デザートに買った大好きなプリンを頬張ったが、なぜか今日は少しも甘く感じなかった。


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