表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

2・団らん

 タワーには海底都市の様々な行政機関や企業の本部、図書館やレストランに娯楽施設まであるが、レヴェッカがそれらを利用することはほとんどなかった。レヴェッカがここに来る目的はただ一つ。大好きなレヴィに会うことだ。勝手知ったるなんとやら。タワーに到着したレヴェッカはエスカレーターに乗り込むと、いつもの階のボタンを押した。


(何日ぶり、だったかな。レヴィに会うの・・・。)


 レヴィを思い出すだけで、知らず頬が緩んでしまう。

 彼の姿は海に沈むこの「海底公園」を模したような色合いだ。つややかに肩を覆うのは人にはありえない紺色の髪。シミ一つない白皙の美貌。長い睫毛に縁取られたその瞳は、深い海に光が差したような瑠璃色。波のない穏やかな海の色。見上げるほどの長身は、細身でありながら脆弱さを感じさせない見事なバランスで成り立っており、それがいっそう彼を人でないものとして確立させていた。人にしては美しすぎるのだ。

 レヴェッカが十歳の頃から少しも変わらない美貌は、まさに人外のもの。そう、レヴィは人間ではない。アンドロイドなのだ。

 美し過ぎる外見に向けられるのは人々の愛情ではなかった。芸術品としてなら賞賛や羨望を集めたかも知れないが、それが動き話すとなれば人々が抱いたのは恐れを含んだ違和感だった。人外のモノに対する拒絶だった。そういった理由から、レヴェッカの想い人は「人形」と揶揄され、同僚や彼を知るものたちからは一定の距離を置かれていた。


 だが、そんな周りの空気を全く読まない者がいた。レヴェッカだ。

 彼女だけは周囲の視線などお構いなしにひっきりなしに彼の職場を訪れてはまとわりつき、 幸せそうな笑みを浮かべていた。それが彼女を周囲に「変人」と認識させたのは仕方のないことだった。アンドロイドへの好意を隠さないレヴェッカは、学校や部隊でだけでなく、もちろん彼の職場でも変人呼ばわりされていた。


 しかし、軽い足取りで廊下を進むレヴェッカに迷いはない。彼女にとっては、周囲の冷ややかな視線を避けることよりもレヴィに会うことの方が大切だったからだ。



 財務部を覗くと、いつもの部長席にレヴィがいない。レヴェッカは紺色の髪を捜して辺りを見回す。


「あ、いた!」


 その姿を見ただけで、とたんに気分が高揚してしまう。レヴェッカは胸を高鳴らせ足早に近寄ると、レヴィに飛びついた。


「レヴィ、ただいま!」


 飛びつくように抱きついたレヴェッカをわずかに慌てたふうに抱きとめて、レヴィは微笑んだ。優しく暖かな微笑み。そんなレヴィの瞳に見つめられると、いつも包み込まれるように安心できた。レヴェッカはこの綺麗な瑠璃色の瞳が大好きだ。


「ああ、おかえり・・・って、ここはあなたの家ではありませんよ。レヴィ。」

「じゃあ、結婚して!」

「はいはい。レヴィが大人なったらね。」


 レヴェッカは不満そうに口を尖らせる。


(もう結婚できる歳なんだけどな。)


 職場に飛び込んできた目立つ赤毛のレヴェッカに、財務部の職員達は驚いた風でもない。それどころか職員達は、レヴェッカと部長であるレヴィとの遣り取りにも少しも動じていない。なぜなら、レヴェッカが財務部に来るのはいつもの事で、この遣り取りもレヴェッカが十歳の頃から繰り返されてきた事だからだ。職員達にしてみればごく見慣れた日常風景の一つでしかない。


「レヴィ、今日の任務はどうでした?何も壊さずに出来た?」

「ええと・・・。」


 レヴェッカが目を泳がせると、レヴィは笑った。


「また壊したのですね?隠しても無駄ですよ。」

「次は壊さないように頑張る!」

「ふふ、頑張って下さい。」


 レヴィの微笑みだけで、レヴェッカは幸せな気持ちになれた。とたんにやる気になって心に誓う。


(よし!次こそ壊さないんだから!)


 レヴィは作業の続きに戻り、機械のボタンを押したりカバーを開けたりしていた。


「何してるの?」

「最近調子が悪いんですよ。焼き付けがうまくいかないみたいで、すぐエラーが出て・・・。」

「見ようか?」

「ええ、お願いします。」


 何の機械なのかは知らないが、触れさえすれば機械の事でレヴェッカにわからない事は無い。レヴェッカは手袋を外すと機械に触れた。静電気が起こったように、その赤毛がフワフワと漂う。とたんに脳にリンクした機械の情報を読み取り、レヴェッカは手を動かす。


「何か挟まってる。」


 レヴェッカは機械のカバーの下、いくつかの部品を取り外すと、問題の「挟まっている何か」を取り出そうとして慌てて手を引いた。


「やだ〜!虫ぃ!」


 うっかり見てしまったレヴェッカは、情けない悲鳴をあげた。

 精鋭揃いの部隊に所属する特殊能力保持者。怖いもの知らずのように周りからは思われていたが、レヴェッカは虫が大の苦手だった。見ただけで手が震え、身体中が痒くなるような気がするのだ。レヴィに泣きつくと、レヴィはなんでもない事のようにティッシュで掴んで捨ててくれた。しかし、半泣きのレヴェッカは、虫が入っていた部分に触るのも嫌だと拒否したので、結局レヴィが部品をはめ直して機械を元通りにすることになった。


「レヴィ、もう大丈夫ですよ。虫はいませんから。」

「うん。」


 周りを見れば、注目の的だった。


(しまった。みんなに私の弱点広めちゃった・・・。)


 情けないところを見られて、レヴェッカは恥ずかしくて顔が赤くなった。

 そんなレヴェッカを優しく見やりながら、レヴィが声を掛ける。


「原因はさっきの虫の死骸だけですか?」

「あと、電源コードが何かにはさまれて断線しかかってるから、交換したほうがいいと思う。」

「そうですか。ではさっそく手配しておきましょう。いつも悪いですね。ありがとう。レヴィ。」

「ううん、いいの。私これくらいしかできないから。」


 レヴェッカは、自分がレヴィの役に立てたのだと思って嬉しくなった。レヴェッカはここの職員でも修理屋でもなかったが、機械の調子が悪い時にはそのたび直していた。もしかしたら、職員達もそれで部外者のレヴェッカを追い出そうとしないのかも知れない。


「レヴェッカ、もう少ししたら送りますから、待っていてください。」

「うん。」


 レヴェッカは部長席の横に置かれた応接用のソファに腰掛けた。アンドロイドであるレヴィが部長だからなのか、財務部に来る客もいないので、すっかり彼女の定位置になっていた。

 レヴェッカは席に着いたレヴィを眺めた。


(レヴィ、今日もカッコイイなぁ。)


 見慣れたはずでもつい見とれてしまうほどに、レヴィは他の誰よりも綺麗だった。

 レヴェッカは人間で、レヴィはアンドロイド。誰もがレヴェッカの気持ちを知るとやめておけと言うのだが、レヴェッカはレヴィが大好きだった。ため息の出るほど美しい美貌だけではない。レヴィの穏やかな物腰が好きなのだ。一緒にいるとホッとして、安らぐ事が出来る。レヴェッカの家族にも周りにも、そんな穏やかな人はいない。しいて言えば、幼い頃に亡くなった父が同じような雰囲気を持っていたかも知れない。


(はぁぁぁ、片想いって辛い。)


 今日もプロポーズを断られてしまった。すでに挨拶と化しているとはいえ、レヴェッカは本気なのだ。断られればガッカリもする。レヴェッカは、学校がある日は無理でも、今日のように時間が空けばレヴィに会いに来るようにしている。単純に会いたいという理由もあるが、要は不安なのだ。今のところ、レヴィは親密な交際相手もいないようだし、もちろん結婚もしていない。レヴェッカには一番親しいのは自分ではないかという根拠のない自信があったが、これからもそうだとは限らない。レヴィはカッコイイし、仕事も出来て、そのうえとても優しい。レヴェッカ以外にも、アンドロイドでも構わないと言うものが現れないとは言い切れない。だから、レヴェッカは頻繁にここに来てしまう。たとえ結婚してもらえないとしても、レヴィを独占していたいのだ。

 たいがいレヴィを待っている間にレヴェッカは寝てしまうのだが、今日もそうだった。レヴィの仕事が終わると、いつものようにレヴィの車で家の近くまで送ってもらう。レヴェッカはこの時間はとても大切に思っていた。なぜなら、まるで恋人同士みたいな気分になれるから。

 だが、楽しい時ほど時間が早く過ぎてしまう。たわいのない話でももっと一緒にいたい。そう思っても、これが片想いの限界だった。

 ありがとう、と手を振って車を見送ると、レヴェッカは家の中に入った。


「おい、レヴィ、今の誰だ?」


 リビングからぬっと顔を出したのは、大好きなレヴェッカの叔父、ミカールだった。


「叔父さん!来てたの?」


 レヴェッカは満面の笑みを浮かべてミカールに飛びついた。


「おかえり。」

「おかえり、レヴィ。」

「ただいま。」


 見れば母アレクサンドラと、兄イアソンもリビングにいた。レヴェッカの家庭では、レヴェッカとイアソンだけでなく、アレクサンドラもミカールも治安維持部隊で働いている。それぞれ部署は違うが、仕事柄めったに一緒に夕食を囲む事ができないので、全員揃うのは稀だ。


「すごい。今日は珍しく揃ったね。」


 レヴェッカが言うと、イアソンはレヴェッカをじろりと睨んだ。


「話を逸らすなよ。」

「いいじゃん。誰でも。」


 言い返すが、ミカールも食い下がる。


「誰でも良くはないだろ。」

「そうだぞ。叔父さんはレヴィを心配してるんだからさ。」


 イアソンまでミカールに加勢する。

 レヴェッカは見た目が親子のようにそっくりな二人を見比べ、口を尖らせた。

 叔父ミカールは亡き父の弟。金髪も空色の瞳も父と同じミカールは、同じ髪の色と瞳を持ったイアソンとも良く似ているのだ。ミカールもイアソンも部隊にいて身体を鍛えているせいか、むしろ医者でほっそりとしていた父より似ているかも知れない。

 似ているもの同士気が合うのか、どちらもレヴィを嫌っている。二人ともレヴェッカがレヴィと一緒にいた事をわかっていて、わざとこんな事を言っているのだ。


「私もう大人なんだから、ほっといてよ。」


 レヴェッカが言うと、返事は二倍になって返ってくる。


「いや、まだ子供だね。」

「そうそう。初恋を引きずってるようじゃまだまだだね。」

「ちょっと二人してなんなの?」


 レヴェッカは悔しくて、イアソンの先日の失恋話を持ち出した。言い返すイアソンと、加勢するミカール。いつまでも続きそうな三人の言い合いをよそに、黙々と料理を作っていたアレクサンドラだったが、見るに見かねて拳をテーブルに叩きつけた。


「あんた達。いいかげんにしないと料理ぶちまけるよ。」


 静かだが怒りを含んだ口調に、三人とも口を閉じる。緑の瞳にジロリと睨まれて、三人はそそくさと料理をテーブルに並べ始めた。


(お母さんならやりかねない・・・ううん。絶対やる。)


 アレクサンドラの過去の歴戦風景を思い出し、レヴェッカはゾッとした。

 料理を全て並べ終わると四人とも席につき、それからはレヴィの話にも触れず、楽しく食事が始まった。


(なんだかホントの家族みたいだな。)


 レヴェッカは夕食を食べながら思った。叔父であるミカールも家族には違いないのだが、似ているとはいえ父ではない。父が死ななければ、今その席に座っていたのは父だったはずなのだ。

 数年前に父が亡くなった頃、アレクサンドラは任務で無茶をして生傷が絶えなかった。怪我をするたびに、それを諌めにミカールが尋ねてきては大喧嘩をしていた。アレクサンドラは今ではもう落ち着いているが、それでもミカールはたびたび家にやってくる。


(このまま住んじゃえばいいのに。)


 口に出した事はなかったが、レヴェッカは心の中でそう思っていた。ミカールはアレクサンドラとも仲が良いし、レヴェッカもイアソンもミカールが大好きだ。他にミカールの同居に反対するような人物も思い当たらない。


 夕食を終えると、レヴェッカはシャワーを浴びようと浴室に向かった。鏡の前で裸になった自分の身体をしげしげと眺める。


(どこにも変わったところ、無いよね。)


 レヴェッカは特にお腹周りをじっと見つめた。身体をねじって横からも見てみるが、以前と同じように見える。実は、レヴェッカには最近気になる事があった。生理がこないのだ。一,二ヶ月なら単なる遅れとも思えたが、もう半年も生理がない。かといって、妊娠するような心当たりもない。


(お母さんに言った方がいいのかな。)


 病院に行って、もし決定的な言葉を言われたら、と思うと怖かったし、家族にも心配をかけたくなくてここまできてしまったが、何かの病気だったら早く診てもらった方が良いに決まっている。


(後でお母さんに相談してみよう。)


 風呂から上がったレヴェッカは、早速アレクサンドラに話を聞いてもらい、後日一緒に病院に行く事になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ