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22・切望

「叔父さん、久しぶり。」



 レヴェッカは愛想笑いを浮かべたが、ミカールは誤魔化されなかった。

 険しい顔をして、じっとローブを着たマシューを見ている。


 ローブを着込み、フードを被ったマシューの顔は見えないはずだが…?



「そいつは、まさか…レヴィ、お前やらかしてくれたな?」



 鋭い指摘に、レヴェッカは目を泳がせる。

 ミカールはフード付きのコート姿でもわかるマシューのスラリとした立ち姿を見て。なにより無謀な姪ならやりかねない、とその男の正体を見抜いてしまったようだ。



「な、何の事?」


「ったくどいつもこいつも・・・そんなにあの顔がいいのか?前にもそうやってついていったヤツが・・・。」


「誰の事言ってんの?」



 首をかしげたレヴェッカに向けて大げさなため息をついてみせ、ミカールは親指でクラウソラスを指差した。



「これ、取りに来たんだろ?」


「叔父さん?」


 てっきり叱られると思っていたのに、ミカールは笑っていた。



「まったくとんでもねぇ事しやがる。ま、それでこそアレクの娘だな。やっちまった事を言っても仕方ねぇ。どうせ止めても行く気なんだろ?持っていきな。改良して前よりいいはずだ。どこが変わったかは・・・まぁお前には説明不要だよな。行けよ。急いでるんだろ?」


「ありがとう!」



 レヴェッカは礼を言うと、クラウソラスに駆け寄った。

 素手でハンドルに触れれば、リンクの能力でどこがどう改良されたのか瞬時に理解できる。



「叔父さん、すごいじゃん!」


「おうよ!今回のもかなりの自信作だぜ?クラインボトルの量を増やしてあるからな。それに・・・あぁ、急いでるんだったな。後で感想聞かせろよ。あと、今回は壊すなよ?それから。」



 そこでミカールはいったん言葉を切ると、レヴェッカの背中を叩いた。



「必ず無事で帰って来いよ。」


「うん!」


 レヴェッカは大きく頷き返事をすると、ミカールに手を振ってクラウソラスを走らせた。

 フード姿のマシューがミカールに向かって小さく頭を下げ、レヴェッカの後を追った。



 そのまま治安維持本部の敷地を抜け、二人はタワーを目指した。


 近付くにつれ、辺りの混乱が酷くなっていく。

 道路はタワーの崩壊から逃げようとする人や野次馬達で溢れ、車は渋滞し止まったように動かない。救助隊や部隊の車がひっきりなしに空を飛び交う中、レヴェッカとマシューの二人はタワーから離れようとする人々の流れを逆流し、進んだ。


 しかし、タワーのすぐ側まで行くと、道が封鎖され治安維持部隊によってバリケードが張ってあった。

 隊員達が逃げまどう人々を誘導し、群がる人々を押しとどめている。



「レヴィ、どうする?」


「突破する!」



 レヴェッカは叫ぶように言うと、クラウソラスでバリケードを飛び越える。


 唖然とする人々を置いて、二人はタワーに近付くと建物の中に入った。

 中は全ての職員が避難した後らしく、誰もいない。緊急時でエレベーターも止まっている。



「レヴィ、こっちだ。」



 レヴェッカはマシューについて階段を上へと向かった。



(部隊のみんな、どこにいるんだろう。)



 レヴェッカは階を上がる度周囲を見回したが、誰の姿も見えない。

 もっと上の階に行ったのだろうか。それともまさか・・・?悪い想像を頭を振って追い払う。まだ、誰かの姿を見たわけではない。アレクサンドラやイアソンもどこかにいるはずだ。



(タワーのコンピューターを調べれば何かわかるかも知れない。)



「マシュー、ここの警備ってどうなってんのかな。」


「5階にエレベーターの動作管理室がある。そこへ向かおう。レヴィなら状況がわかるはずだ。」



 レヴェッカの考えを察したマシューと二人で五階まで上がると、タワー内の状況を掴む為に管理室に向かった。



「レヴィ!」



 マシューは中に入ろうとしたレヴェッカを止め、手招きをした。

 聞き耳を立てていたマシューが囁くように言う。



「中に・・・三人いる。アンドロイドだ。私が行く。」



 レヴェッカが頷き、下がると、マシューは部屋の中に飛び込んだ。

 目に入った部屋の中のむごい惨状に、レヴェッカは顔をしかめた。タワーの職員達が血まみれで折り重なるように倒れていたのだ。


 一方飛び込んだマシューは右腕を一閃させ、腕を銀色に光る刃物に変化させた。


 向かってくるアンドロイド達にそれを振るうと、四肢を切り取り、首をはね、あっという間に三人のアンドロイドを床に叩き伏せた。その間わずかに一分もかかっていない。


 その鮮やかさにレヴェッカは息を呑む。

 パートナーのスミレも巨体に似合わず敏捷な動きで敵を仕留める。しかし、マシューのスピードはそれとは比べものにならない。やはり、人間ではないのだ、と実感させられた。

 しかも、相手もアンドロイドだというのにそれをものともしない戦闘力。この能力をルーカスも持っているのだと思うと、胸を暗い予感がよぎった。部隊の誰がルーカスに対抗できると言うのだろう。



(みんな大丈夫かな。)



 レヴェッカは部隊の仲間が心配になった。すでにこのタワーのどこかにいるだろう仲間が、まだ倒されていないとは限らない。

 床に倒れた職員やアンドロイド達を見たまま動かないレヴェッカに、マシューが歩み寄る。



「どうした?」


「ねぇマシュー・・・ルーカスもマシューと同じくらい強い?」


「そうだ。」



 それを聞いて黙り込んだレヴェッカの顔を、マシューが覗き込む。



「怖いか?だが心配するな。ルーカスとは私が戦う。」



(そうじゃない!)



 レヴェッカは顔を上げた。

 心配しているのは自分の事じゃない。マシューの事だ。マシューが自分で戦うつもりだという事くらいわかっていた。



「でも・・・同じくらい強いんでしょ?だったら、マシューまたこないだみたいな怪我するかも知れないじゃん!」


「仕方ない。使徒は人間が敵う相手じゃない。」



 だから、自分が犠牲になる。マシューはさも当然のようにそう言うのだ。自分を拘束し、閉じこめるような人間達の為に・・・。

 しかし、このあいだマシューはルーカスと戦って負けたのだ。それにマシューとリンクしても体感した痛みの感覚がレヴェッカを怯えさせた。



「マシュー、あの時みたいに痛い思いするかも知れないんだよ?」


「そうだな・・・どうした?なぜレヴィがそんな顔をする。」



 泣きそうな顔をするレヴェッカの頬に、マシューはそっと触れた。



「だって、マシューが痛い思いするの嫌だ。」



 駄々をこねているのはわかっている。誰かがやらなければならない事なのだ。ここまで来て戦うなとは言えない。



「私を心配してくれるのか?」



 そう言ってマシューはレヴェッカをそっと抱き寄せ、力の加減に気をつけ抱きしめた後、離した。



「心配してくれて嬉しい。だが、そう言うな。自分の身を庇いながら戦えばルーカスには勝てない。」


「・・・うん。」



 きっと、マシューは全力で、捨て身で戦うつもりなのだ。



(だったら私がなんとかするしかない。私がマシューを守る!)



 レヴェッカはコンピューターに近付き、手で触れた。リンクし情報を読み取る。



(どこにいるの。ルーカス?)




 ***




 見事な調度品に囲まれた一室。優雅にクラシック音楽の流れる中、窓辺のソファに腰掛けた男がつぶやく。



「ルーカス、君にはもっと自由に生きて欲しいのですよ。」



 その言葉を受け、ルーカスはワインをグラスに注ぐ。



「僕は自由ですよ?すべてうまくいっていますから、父上は心配しないで下さい。」



 どうぞ、とルーカスがグラスを差し出すと、窓際に座った男は黒髪を揺らして振り返った。



「どうして街を壊すのです?世界を乱してどうするつもりですか。」


「世界を乱す、とは酷い言い様です。父上。世界は膿んでいる。このままでは人間が星を殺してしまう。でも、世界は何も人間の為だけにあるわけじゃない。膿は排除しなければ。そうではありませんか?」


「えぇ、それは・・・そのとおりです。」



 ルーカスは男に歩み寄り、背後に立つと肩に手を置き後ろから覗き込む。



「世界は変わるのです。父上もこんな身体は捨てて、元の身体に戻って下さい。」


「元の身体、とはおかしいですね。この身体が本当の私の身体なのですから。」



 男の言葉にルーカスはため息をついた。



「人間の身体に入って、心まで老いたのですか?父上は変革を嫌って怠惰になってしまわれた。きっとこの人間の身体のせいです。この身体は死んでゆく身体なのですから。」



 ルーカスはそう言って、男の黒髪に触れ指先で弄ぶ。



「僕は父上の虹色の髪が好きでした。お願いですからあの身体に戻ってください。そして、あの頃のように僕を側に置いてください。僕は幸せだったあの頃に戻りたいだけなのに・・・どうしてそれがいけないんですか?僕は…僕たちアンドロイドは自身の幸せを望んではいけないのですか?」


「っ!・・・痛い、ですよ。」



 男はルーカスの手を掴み、その指に絡みついた自分の髪を外してゆく。外し終わるとその手を握ったままルーカスを振り返り、澄み切った薄青の瞳を見上げた。



「ルーカス。変革を望んでいないのはむしろ君でしょう?でも、君は変わった。覚醒したのです。昔のように私と一緒にではなく、もっと別の生き方ができるはずです。だから、こんな馬鹿な事はやめて・・・。」


「馬鹿な事!?」



 ルーカスは激昂し、言いかけた男の言葉をさえぎると、手を振り払った。



「父上にとっては馬鹿な事かも知れませんが、僕にとっては違う!これだけは譲れません。僕らだって生きている!僕らにだって幸せになる権利があるはずだ!僕は絶対に諦めない!!」



 そう激情のままに言い捨てると、ルーカスは部屋を出て行った。


 男は立ち上がり、後を追おうとしたがやはりドアは開かない。仕方なくソファに戻り、男は再び窓から外を眺めた。



 物憂げな漆黒の瞳に映るのは、遠くにたなびくタワーからの煙だった。

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