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21・告白

(さっきは会えたのを喜んでくれたのに。)



 頑なに拒むマシューに、レヴェッカは抱きついた。



「嫌!一人じゃ戻らない。」


「レヴィ・・・。」



 困惑するマシューを見上げ、レヴェッカはその瑠璃色の瞳を見つめた。



「マシューがここにいるって言うなら、私も残る。だって、一緒にいるって約束したでしょ?」


「今はあの時とは状況が違う。私の側にいてはダメだ。レヴィの家族が心配する。」



 レヴェッカはマシューの優しさに胸が締め付けられた。


 マシューは自分だって辛いのに、レヴェッカの事を優先させようとするのだ。


 おそらく、一階で家族と言い争いになったやり取りが、二階にいたマシューの耳には聞こえていたのだろう。自分のことで揉めているのを気にして、迷惑を掛けまいと出て行ったに違いないのだ。



「大丈夫だよ。お母さんもお兄ちゃんも私の話ちゃんとわかってくれたから。マシューの所に行ってもいいって。」


「本当か?」


「うん。」



 微笑み、しっかりと頷いたレヴェッカを見て、マシューは困ったような顔をした。



「そうか・・・だが、やはりレヴィは帰ったほうがいい。ここにいればレヴィまで疑われる。レヴィの家族も立場が悪くなる。」



 そう言って、マシューは少し笑った。



(無理して笑わないで。)



 レヴェッカはそんなマシューの顔が寂しそうで、悲しそうで、ひどくやりきれない気持ちになる。

 マシューは人間に敵対するつもりなんてない。自分がこんな風に閉じ込められても、泣き言一つ言わずにレヴェッカを思いやって。その優しいマシューを、どうして誰も信じてくれないのか。マシューが何をしたと言うのだ。


 ただ、ルーカスと同じアンドロイドだったというだけだ。


 それだけで、長い間ずっと人間の為に働いてきたマシューがこんな仕打ちを受けている。

 そう思うと、レヴェッカは腹立たしさで一杯になった。



「世界中の誰もマシューを信じなくたって、私はマシューを信じるよ?だから、マシューはこんなとこにいる必要ない。あんなイスに座らされて閉じ込められてるなんて、おかしいんだよ。・・・マシューが良くても、私は嫌。私許せない!事件が解決するまでマシューがどうしても行かないって言うなら、私が一人でルーカスの所に行く。私がルーカスを止めてくる!」



 誰よりもルーカスを止めたいと思っているのはマシューかも知れない。触れていれば、レヴェッカにはそれがわかった。

 それでも人間側のわがままに付き合って、この独房で一人、耐えていたのだ。


 言うなりきびすを返したレヴェッカを、マシューが慌てて引き止める。



「レヴィ!何を考えている。」


「だって、マシューがこうなったのはルーカスのせいじゃん。ルーカスをどうにかしないと、マシューはずっとここにいなくちゃいけないんだよ?だから、私はルーカスの所に行くの。止めないでよ!」


「わかったから、待て。」


 マシューは逃れようとするレヴェッカの腕を掴み、引き寄せると自分の腕の中に囲った。



「なぜ、私の為にそこまでする必要がある?私の事など放っておけばいい。みんなそうしている。レヴィがそうしたとしても、誰も責めたりしない。」



 レヴェッカは一瞬迷ったが、思い切って口を開いた。



「私、マシューの事が好きみたいなの。」


「・・・何を言っている?」



 困惑するマシューの顔を見上げ、レヴェッカはその瞳を見つめた。



「友達とかの好き、じゃないよ。マシューの事を男の人として好き、って事。意味わかる?」



 マシューが黙ってしまうと、レヴェッカは急に恥ずかしくなった。

 マシューは覚醒し、感情を持つようになった。とは言っても、恋愛感情を理解できるかどうかまではわからない。それでもじっと見つめられると恥ずかしくて、レヴェッカは目を伏せた。

 そのうち頬が熱くなってくる。きっと赤くなっているに違いない。



「私は…お前の好きだったレヴィじゃない。」


「うん、知ってる。」


「私は人間じゃない。アンドロイドだ。」


「わかってる。」


「私ではレヴィを幸せにできない。」


「そんなのわかんないじゃん!」



 レヴェッカはマシューに気持ちを否定された気がして悲しかった。

 それがマシューの思いやりだとわかっていても、自分の幸せは自分で決める。マシューに否定されるのは違うと思った。



「レヴィはわかっていない。そんなに簡単な問題じゃない。」



 決めつけるようなマシューの言い方に、レヴェッカはマシューの胸を叩いた。



「わかってるよ!ちゃんとわかってるよ?友達にも言われた。マシューとじゃ普通の結婚はできない、って。子供も作れないって。でも、そういう事わかっても、それでも好きなの。しょうがないじゃん。気が付いたら好きになってたんだから。・・・そんな風に否定しないでよ・・・。」



 最後には涙声になりながらも、離すまいとしがみつくようにマシューを抱きしめる。


 好きだと気が付いてしまったら、もう自分でも気持ちを押さえられなかった。離れたくない。側にいたい。

 マシューが一人で辛い思いをしているなんて耐えられない。少しでもマシューの為に何かをしたい。

 そんな気持ちでいっぱいだった。



「マシューは私が側にいないほうがいいの?ホントに放っておいて欲しい?」



 そう聞くと、マシューは一瞬視線をさまよわせ、そのあとで表面上はなんでもないことのように肯定する。




「・・・そうだ。」


「嘘つき。」


「嘘じゃない。」


「嘘だよ!わかるんだから…。私にはわかるんだから!」



 マシューが自分の気持ちに反して搾り出すように言った言葉も、レヴェッカを騙す事はできなかった。


 なぜなら、触れた掌から、マシューの心がレヴェッカを求めているのがわかってしまうから。それが恋愛感情かはわからないけれど、好きだと告げるレヴェッカの言葉を嬉しいと思っている事は確かだった。


 本当は、もっと側にいて欲しい、自分をわかって欲しいと思っているという事も。



「マシューが本気で心から私の事いらないって思わないと、私、離れないよ?」



 そう言って、レヴェッカはマシューを見上げた。今度は目を離さずに、負けない、とばかりに見つめ返す。



「レヴィ、本当なのか?…本当に、その、私を…。」


「うん。ホントだよ。ホントに好き。マシューが好き。」


「レヴィ……。」



 はっきりと言いきっておいて、その瑠璃色の瞳にじっと見つめられると急に恥ずかしくなる。火を噴いたように熱くなった顔をその胸に押しつけ、いっそうきつく抱きしめた。




 しばらくの沈黙の後、結局、折れたのはマシューの方だった。



「レヴィ、顔を上げて。」


「…うん。」



 収まりきらない頬の火照りはもう仕方がない。

 意を決して顔を上げると、瑠璃色の瞳が穏やかにこちらを見つめていた。


 もう悲しい色は見えなかった。



「嬉しい。」



 そう言って微笑んだマシューに、レヴェッカも微笑み返す。

 すると、突然マシューがレヴェッカをきつく抱きしめた。レヴェッカの背中がコキリと音を立てる。



「痛っ!」



 レヴェッカが抗議の声をあげると、マシューは慌てて腕の力を抜いた。



「・・・すまない。」


「マシュー、力の加減してよ!」


「これからは気をつける。」



 困っているマシューがなんだかおかしい。

 何でも人間以上にそつなくこなせるアンドロイドのはずなのに、不器用なマシューが可愛くてレヴェッカは笑った。前にもこんな事があった。

 もしかしたら、マシューは誰かを抱きしめた事なんて無いのかも知れない。



「マシュー、ルーカスを止めに行きたいんでしょ?行こうよ。」


「だが、ここを出たらおそらく誰かが追って来る。」


「セキュリティは私が何とかする。誰かがここに直接見に来るまでは大丈夫だよ。それに、思ってたより戦況が悪いの。これ以上のん気に待ってるわけにいかないでしょ?海底公園が沈んじゃうよ。」


「・・・わかった。」



 マシューの姿を誤魔化す為に、途中で砂漠用の防塵耐熱ローブを調達した。

 フードをかぶってしまえば、遠目には誰かわからないだろう。


 二人は警戒しながら廊下を抜け、一階に出る。

 しかし、来た時はあれほど隊員が行き交っていたはずなのに今はなぜか人気が無い。レヴェッカとマシューは顔を見合わせ、走り出した。



 外に出ると、やっと事情が飲み込めた。


 見れば、遠くにそびえるタワーからもうもうと煙が上がっている。地上とを結ぶ巨大エスカレーターが、途中で途切れてしまっていた。

 何百人もが働く中枢機関であるばかりか、地上への脱出口でもあるタワーを攻撃したのは、おそらくルーカス達の仕業だろう。

 言うまでもなく大惨事に違いない。それで治安維持部隊の皆はほとんど出動してしまったのだ。



「マシュー、行こう。」


「あぁ。」



 頷いたマシューはレヴェッカの腰を掴み抱えると、長時間拘束されていたのが嘘のようなスピードで走り始めた。



「あ!待って。クラウソラス取りに行く。」



 スミレのいない今、戦闘能力のない自分には愛機クラウソラスがどうしても必要だ。自分のこの身一つでは明らかに足手まといになる。マシューが酷いダメージを負って戻ってきた事を考えても、ルーカスと戦う為にはそれ以上の戦力が必要なのだ。


 レヴェッカ達は、本部とは別棟の兵器開発棟に向かった。ところが、いつも置いてあるはずも場所にクラウソラスが無い。



「うーん、おかしいな。私以外は使いこなせないから、持って行くはずないんだけど…。」


「待て、誰かいる。」


「え?整備の人かな。」



 声を潜めて探し回り、やっと見つけた場所に現れたのは運悪くよく知る人物だった。



(うわ、やば・・・。)



 慌てて隠れようとしたが、時すでに遅し。



「誰だ!?」



 誰何の声にしぶしぶ出ていくしかなかった。

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