20・侵入
(マシュー、いつになったら解放されるのかな。)
一週間か、一ヶ月か、それ以上なのか。
マシューが解放される為には事件が解決してルーカス達が捕まるか、もしくは・・・人間側が降伏して彼らの支配下に入るか、どちらかだろう。
アレクサンドラやイアソンはもしかしたらルーカス達に対抗する為の専用チームに入る為に呼び出され、出かけていったのかも知れない。
(私はどうしたらいいんだろう。)
レヴェッカはじっと自分の手を見つめた。
力はある。
人間が相手でも、機械が相手でも対抗できる力。
でも、もう人間に触れるのは嫌だ。思考も感情も読みたくない。読むのが怖い。読めばまた、感情のままに相手を殺してしまうかも知れない。
それに、今の自分にはパートナーがいない。
自分には確かに特殊な能力があるが、スミレのような純粋な戦闘能力ではない。護衛役がいなければ任務に出られないのだ。
そうやって思い悩むうちに三日が過ぎた。
刻一刻と変わる情勢は、人間側にとって良くなるどころか、悪くなる一方だった。
アンドロイドを排除した為に、神都を始めとした多くの都市で物流や移動の遅延が起こり、さらに破壊宣告を受けた海底公園から次々と人々が逃げ出し始めたのだ。
世界の経済を動かしている海底公園がこういった事態になれば、問題は海底公園のだけでは済まなかった。降伏を考え始める国も出てきているらしく、混乱が混乱を呼び、今や世界中がルーカスの手によってかき乱されているような状況だった。
アレクサンドラやイアソンからは時々連絡が入ったが、部隊の方もルーカス達反乱組織IDEAに相当手を焼いているようだった。
捕らえようと万全の体制で踏み込めば、すでにルーカス達の姿はない、といったように、IDEAは次々移動を繰り返して場所が特定できないのだそうだ。
そう言った世界の状況を聞きながらも、レヴェッカが考えるのはマシューの事ばかりだった。
いっこうに良くならない事態に焦りが募る。
早くマシューが解放されるようにと祈りながら、心配で仕方がなかった。マシューの精神がいつまで拘束され続ける事に耐えられるか、それが不安だった。
マシューの戦闘能力は並ではない。
戦車に匹敵する破壊力と、強化人間以上のスピード。さらにコンピューター並の計算速度、分析力と判断力。今はあくまで、マシューが囚われている状況を許しているだけなのだ。逃げようと思えば逃げられるはず。
だが、一度逃げればマシューは追われる立場になってしまう。
人間側がマシューの言い分を聞く可能性は少ない。
(マシュー、お願いだから頑張って。)
レヴェッカがそんな風に思い悩んでいると、電話が鳴った。
ソン・ミジャからだった。久しぶりの会話に心が和む。聞けば、学校も一時休校になっているそうで、最近顔を見せないレヴェッカを心配してくれたのだ。
「で、結局告白したの?」
聞かれて、そう言えばレヴィに告白すると言っていた話を思い出す。
レヴェッカは、レヴィは自分が生み出した父の擬似プログラムだった事、マシューが捕らえられていて悩んでいる事などを掻い摘んで話した。
「ふ〜ん。それでグジグジまた悩んでんだ。レヴィってば。」
「グジグジって酷くない?」
「だって、そうじゃん。」
相変わらずの厳しいツッコミに、レヴェッカはうなだれた。
だが、レヴェッカがどんな状況になっても、いつでも変わらない態度のソン・ミジャがとても嬉しかった。
「だぁ〜もうレヴィってばイライラする!部長がいなくなって、マシューの事が好きになったんでしょ?親にも了解もらったんでしょ?」
「え?す、好き?私が!?」
そう言ったつもりはないのだが、そう聞こえたのだろうか。
(私がマシューの事を好き?)
意識した事はなかったが、言われてみればそんな気がしてしまう。
(私、マシューの事が好きなのかも・・・。)
呆然とする私を、ソン・ミジャはいつものように叱り飛ばす。
「いい?今レヴィのやる事は一つ。今すぐ着替えて、マシューの所に行く事!わかった?」
「え、でも、マシューは拘束されて・・・。」
「んもぅ!何の為の特殊能力なの?レヴィの得意な任務は?」
「せ、潜入捜査・・・あっ!!」
そうだ、それしかない。
ソン・ミジャに言われて答えが見つかったレヴェッカは、お礼を言って電話を切ると、急いで仕事用の隊服に着替えた。目立つ赤毛を隠すように深く帽子を被り、手袋をはめる。
(もう、なんで三日も思いつかなかったの!?)
型破りな考えだってことはわかる。組織の人間だったらしてはいけない、ということも。
でも、だからと言ってマシューを放置して自分だけヌクヌクと守られていて良いわけがない。辛い状況にいる彼を、自分に言い訳しながら指をくわえてただ見ているだけなんて。
(今度は助けたいとか、一緒にいたい、だなんて私ってば口だけじゃない!)
自分に歯ぎしりする思いで家を飛び出し、レヴェッカは治安維持部隊の本部へ向かった。
マシューに会ったことが見つかれば、治安維持部隊を首になるかも知れない。
いや、それくらいならまだましだろう。良くて留置場に放り込まれ、悪ければ危険分子だと処分されるのかも知れない。
(それでも、行かなくちゃ。一緒に拘束されてもいい。マシューに会わなくちゃいけないの!)
内部はいつもと違い、擦れ違う隊員も足早でせわしない雰囲気だった。気を配る余裕もないのか、レヴェッカに声を掛ける者もいない。
それならかえって好都合だと、レヴェッカは手袋を外した。
マシューがどこにいるのは知らなかったが、本部のコンピューターに触れればすぐにわかった。
(私を消して。)
セキュリティプログラムに命令を出せば、レヴェッカの潜入は無かった事になる。レヴェッカは本部の地下に降り、マシューが囚われている部屋を目指した。
(マシュー、逃げてないよね。まだ、待っててくれてるよね?)
レヴェッカは不安を抱えながらも、辺りに気を配り誰にも見つからずにそこにたどり着いた。
しかし、扉の前に立ったとたん怒りで拳を握り締めた。
(こんなの酷い!)
そこは、刑が執行されるまで重犯罪を犯した人間をいれておく為の独房だった。
レヴェッカは本部の見学の時に一度見ただけだったが、清潔ではあるが部屋はとても狭く、ベッドもないトイレと床だけの空間なのだ。
取り調べが無ければ、一日中誰の顔も見る事なく過ごし、寝る時は冷たい床の上で一晩中寒さに震えなければならない。そんなところに犯罪を犯してもいないのに、マシューは監禁されている。
レヴェッカは腸が煮えくりかえるような怒りを覚えた。
(マシューは他のアンドロイドとは違う!感覚だって人間と同じなのに、こんな寒い場所で拘束するなんて!!)
一息吐いて震える手でドアを開けば、マシューがいた。
うつむき目を閉じて椅子に座るその姿に、レヴェッカは腹立たしさのあまり涙ぐんだ。マシューは金属のイスに座らされ、四肢と首、胴をがっちりと金具で固定されていたのだ。その上センサーやセキュリティが張り巡らされ、レーザーに狙われ続けていたのだから、もし逃げても無事ではすまなかっただろう。この扱いには到底納得がいかないけれど、マシューが逃げようとしてこれ以上傷つかずに済んだ事にホッとする。
(良かった、間に合ったんだ。)
レヴェッカがマシューに近寄ると、マシューは顔を上げ、驚いたように目を見開いた。
「ごめんね。来るの遅くなって。」
レヴェッカが声を潜めて言いながら、マシューの背後のイスに触れて、拘束しているすべてを取り去る。レヴェッカは何も悪い事をしていないマシューがこんな風に扱われた事が悔しくて、涙を流した。
イスに座ったまま何も言わずに見上げるマシューを、レヴェッカはそっと抱きしめた。そうすれば、マシューの感情がレヴェッカに流れ込んでくる。
なぜここにレヴェッカがいるのかという疑問と、戸惑い、そして安堵と溢れるほどの喜びの感情が。
「マシュー、ごめん。」
涙のせいで声が震える。マシューがまだここにいてくれた事に安心した。
好きな人を無くさずに済んだ事を確かめるように、レヴェッカはギュッとマシューの頭を抱きしめる。
顔を離して彼の体の様子を見れば、幸い拘束されていただけで、虐待された様子はない。それに安心する。
マシューの性格なら疑いを晴らすために無抵抗で暴力を受け入れてもおかしくはなかった。混乱に乗じて、治安維持のためという大義名分で彼をいたぶる輩がいなかったことは不幸中の幸いだった。
「レヴィ?なぜここにいる?」
「遅くなっちゃったけど助けに来たんだよ。マシュー、早く行こう。」
レヴェッカがマシューの腕を引くと、マシューは抵抗した。
「だめだ。ここから出るわけにはいかない。」
「なんで?」
「逃げれば人間に敵対するつもりだと疑われる。」
予想通りの反応にレヴェッカは小さく息を吐いた。マシューは無抵抗でいる事で、人間に敵意がない事を証明しようとしているのだ。
「それはわかるよ。でも、マシューはいつまでここにいるつもりなの?」
「わからない・・・事件が解決するまでか、アンドロイドたちの処分が決まるまでか。ともかく、私は自分から出るつもりはない。それより、見つかったらまずい。レヴィは家に戻るんだ。」
そう言ってマシューは立ち上がると、レヴェッカをドアの外に押しだそうとした。




