1・日常
施設の廊下、扉の前に音も無く忍び寄った人影が二つ。片方は身長二メートルを越す重量武装の歩兵。もう片方はツルリと透明に光る乗り物に乗った、見事な赤毛の女。
赤毛の女、レヴェッカは扉の操作パネルに触れた。と同時に、ふわり、と赤毛が空を漂う。パネルに触れた指先から流れ込んだ情報が、瞬時にレヴェッカの脳とリンクした。
(監視システム解除。侵入者チェック解除。ドアロック解除。)
スミレに目配せをすると、レヴェッカは指を立て、三・二・一とカウントダウンする。
合図と共にレヴェッカがドアを開け、スミレが管制室に突入した。突然前触れも無く部屋に入ってきた巨漢の重装歩兵に、驚き戸惑う職員達。スミレは巨体に似合わず、敏捷な動きで次々と職員を昏倒させていく。ところが、倒れたはずの一人がムクリと起き上がり、スミレの後ろから近付いていた。
(あいつ、強化人間!)
気付いたレヴェッカは、乗っていた愛機クラウソラスを加速させる。それごと体当たりすると、強化人間の首を掴んだ。その瞬間、強化人間の機械構造が脳裏に浮かぶ。
(離れて!)
レヴェッカが命じると、強化人間の機械仕込みの両腕が付け根からゴトリ、と落ちた。
「うわぁぁあ!!」
叫ぶ職員をそのままモニターに突っ込ませると、スミレを振り返る。
「大丈夫?」
と、どうやらそちらも片付いたらしく、スミレはパンパンと手をはたいてレヴェッカを振り返った。
「オーケーよん!」
しなを作り色っぽく答えたスミレは、筋骨隆々、重量武装の頼れるパートナー。ちなみに性別は男、である。
「は〜い、じゃあ次は〜・・・。」
レヴェッカが話し出した瞬間、突然部屋に警告音が鳴り響き、レヴェッカは慌ててコンピューターに手を触れる。
(警報解除。原因は・・・。)
レヴェッカはモニターに突っ込んだ職員を引き剥がす。モニターがコンピューターにめり込んでいた。
「うわ・・・。」
レヴェッカは思わず顔を引きつらせた。
「イヤ〜ン、壊さないでぇ〜。」
スミレちゃんは身体をくねらせた。
「また器物破損で報酬減額ぅ〜。」
「ごめ〜ん!」
(またやっちゃったよ〜。)
スミレとこなしたミッション五十二件中、器物破損、損壊の苦情、請求件数は合わせてなんと百件以上。毎回少なくない額が、弁償と事後処理代に消えてゆくのだ。ガックリと肩を落としうなだれたレヴェッカだったが、すぐに気持ちを切り替えると顔を上げる。
(今は任務中。落ち込むのは後で!)
レヴェッカは突入班に連絡をとる。
「突入班イアソンへ。こちらレヴェッカ。管制室制圧しました。」
『了解。いつでもどうぞ。』
兄のイアソンから返事が返ってきた。
「五秒後、突入どうぞ。五・四・三・二・一・・・。」
レヴェッカはカウントダウンと同時に、突入経路の扉を順に開けていく。今この建物は、レヴェッカの持つ特殊能力「リンク」によって、管制室を制圧したレヴェッカが掌握していた。レヴェッカは、手の平を介して、機械を自分の身体の一部であるかのように操る事が出来るのだ。レヴェッカがリンクしている間は、機械は他の制御を受け付けず、レヴェッカの意のままになる。管制室を制圧すれば、作戦の半分は成功したも同然だった。
レヴェッカ達はモニターに映った突入班の作業が終わるのを待つ。
「はぁぁぁ。イアソン様素敵!」
スミレは悩ましげなため息をついた。
「私にはどれが誰だかわかんないけど。」
モニターを見ても、同じように武装しヘルメットをかぶった六人では、どれがイアソンなのかさっぱりわからなかった。
スミレはモニターの一つを指差す。
「ほら、これよぉ。体つきでわかるじゃないの。」
「そう?」
言われて見れば、イアソンかも知れない。でも、その程度だ。
「愛の力ね!きっと!」
「・・・そだね。」
今はゴーグルで見えないが、きっとスミレの薄紫の瞳はキラキラと輝いているに違いない。
スミレの事は好きだが、レヴェッカは正直複雑な気持ちだった。イアソンは確かに客観的に見てかっこいいと思う。しかし、スミレの心がいくら恋する乙女でも、身体は立派な男なのだ。しかも、良く日に焼けて筋肉隆々たくましい、とても男らしい外見なのだ。レヴェッカは二人が寄り添う姿を想像して、思わずブルッと震えた。
(ご、ごめん、スミレちゃん。応援できない・・・。)
***
世界最大規模の海底都市「海底公園」。
地上における世界最大の都市は最北にある神都イェルメラディアだが、海底に造られた都市の中では、ここ「海底公園」は桁違いの規模だった。しかし歴史はまだ浅い。百五十年ほど前に高名な科学者ドクターファントムによって設計されたこの新しい都市は、今では海底にありながら地上の、世界の経済を左右する商業都市となっていた。
もともと、この新都市に移り住んだのは、地上で行き場を無くした者達や、新天地を求めた野心家達だった。そういった理由もあって、海底公園は地上の他都市とは一線を画している。独自の理念、主義を持った住人達による都市の運営、政治体制。彼らによれば、「信じるは神にあらず。己にあり。」神への信仰心が薄く、他都市のように神都イェルメラディアを崇め立てる事はなく、むしろ海底公園こそが世界の中心だと思っている者達が多かった。
住人達は今日も、ある者は地道に、ある者はそつなくあくどい商売に励んでいた。しかし、富める者あれば貧しき者が生まれ、光有る所には必ず闇が生まれる。そんな闇を駆逐する事が、レヴェッカ達の所属する海底公園治安維持部隊の仕事だった。
(よし!ミッションコンプリーートッ!)
時計を見ればまだ三時。思いのほか仕事が早く片付いたけれど、これから学校に行くには少し遅い。そうだ、今日は・・・。
ムフフ、とレヴェッカが笑うと、スミレにつつかれた。
「レヴェッカちゃん、今日もタワー行くつもりなのねぇ?」
「あ、ばれた?」
タワーとは海底公園の中心にある中央管理局の通称だ。海底公園の行政が集中する巨大な建造物であり、地上に通じる巨大なエレベーターを有する為、海底公園を縦に貫くその姿からタワーと呼ばれているのだ。
「どうしてレヴェッカちゃんが、そんなに彼がいいのかわからないわぁ。いい男ならもっと他にいるじゃないのぉ。」
「いいの!私が好きなんだから。」
レヴェッカが行こうとしているタワーでは、レヴェッカが何年も片想いをしている憧れの人、レヴィが働いているのだ。レヴィはスミレのタイプではないようだが、むしろ趣味がかぶらなくて良かった、と思う。パワフル乙女なスミレがライバルだったら勝てそうも無い。
「じゃ、スミレちゃん、私先行くね。お疲れ様!」
「はぁい、お疲れ様。」
手を振ってスミレと別れると、レヴェッカはタワーに向けて上機嫌で愛機クラウソラスを走らせた。
しかし、鼻歌混じりでクラウソラスを飛ばすレヴェッカの前に、突然装甲車が割り込む。
「ひゃっ!」
危うくぶつかりそうになって慌てて止まると、降りて来たのは兄のイアソンだった。
「こら!暴走娘。」
(あたた・・・。見つかっちゃった。)
レヴェッカはガクリと肩を落とした。
「回収!」
そう言ってイアソンは親指でクイッと装甲車を指した。
「え〜〜!」
「え〜、じゃない。」
「ブゥ〜。」
「ブーでもない!」
レヴェッカは口を尖らせながら、しぶしぶ愛機を装甲車に乗せた。クラウソラスはレヴェッカの為の専用機とはいえ、部隊の所有になっているのだ。任務で使う事はあっても、その他一切の私用は認められていない。
(どうやってタワーまで行こうかな。)
手袋をはめながらレヴェッカは考える。
「レヴィ、乗ってくか?」
レヴィ、とはレヴェッカの愛称だった。家族や親しい人はレヴェッカの事をレヴィと呼ぶ。大好きなレヴィと同じ名前のこの愛称を、レヴェッカはとても気に入っていた。
「ううん。寄ってく所あるからいい。」
本当なら乗せていって欲しいところだが、レヴェッカはイアソンの誘いを断って歩き出した。なぜならイアソンは、レヴィに会いにタワーに行くと言えば反対するに決まっているからだ。イアソンはレヴィの事をなぜだか嫌っているらしい。
(レヴィ、あんなにいい人なのに、お兄ちゃん何が気に入らないんだろ?)
走り去る装甲車に心の中で舌を出し、レヴェッカは大通りに向かって歩き出した。




