14・勧誘
世界最高の文明都市、神都イェルメラディア。
神都の管理、警備は人型のコンピューター、つまりアンドロイド(男性型)とガイノイド(女性型)に任されている。さらにかつては、人口の増減、食物や物資の流通、住居、仕事、教育、すべてがコンピューターによって管理されていた。
しかし、現在はコンピューター管理の弊害が指摘され、管理は徐々に人間の手に戻りつつある。
シモーヌの記憶で見た街の風景は神都の街並み。そして、巨大な建造物は神殿だったのだ。神都イェルメラディアには高い建造物や広い建造物がたくさんあったが、その中でも神殿は群を抜いていた。
恐ろしく広い建物の中、入り組んだ廊下を抜けた最奥。その手術室にマシューはいた。マシューはやはりシモーヌの記憶で見たのと同じベッドに横たわり、いくつもの機械に囲まれていた。あの時見えた医師達の姿は今はない。
部屋にはレヴェッカとシモーヌ、そしてマシューの三人だけだ。
「調べられる限り、手は尽くしたのですが・・・どこにも異常が見つからないのです。」
「あ、いえ。」
レヴェッカはマシューの枕元に寄ると、その顔を覗き込んだ。
マシューは人間ではない。呼吸もしなければ心臓も無い。
だから、見た目だけでは人形が横たわっているかのようで、レヴェッカは今さらながらマシューがアンドロイドなのだと実感した。動いて話をしないマシューはまるで・・・。
(まるで死んでるみたい。)
いざマシューを目の前にするとなんだか怖くなって、レヴェッカはシモーヌをすがるように見つめた。
シモーヌは微笑みながら頷く。
その微笑みがマシューそっくりで、レヴェッカは少し安心できた。レヴェッカは手袋を外し、深呼吸をする。
「始めます。」
シモーヌが頷いたのを見て、レヴェッカはマシューの手に自分の手を重ねた。
レヴェッカのルビーのような赤毛がふわり、宙に浮く。
とたんに流れ込む情報、映像。リンクと同時にすべてが流れ込む。あとはそれを読み取るレヴェッカ次第。
(身体は正常。問題ないみたい。でもマシューは?レヴィはどこ?)
情報を探るレヴェッカの耳元で、ふいに一人の男がささやいた。
「マシュー、こちら側へ来て。そうじゃないと、君を裏切り者と呼ぶ事になってしまうよ?」
この記憶はどうやらマシューのものらしい。
声の主は、栗色の髪にごく薄い青の瞳をした男。この男もまたマシューと同じ顔をしていた。アンドロイドなのだろう。
マシューが男に問い掛けた。
「ルーカス。人間に敵対してどうするつもりだ。」
ルーカスはその冷たそうに見える青い目を細める。
「敵対なんかじゃない。人間に敵対する程の価値なんて無いからね。なぜなら僕達の方が何倍も人間より優れている。なのになぜ人間に利用され、支配されなくてはならないのだろうね?むしろ、支配されるべきなのは人間の方。そう、思わない?」
マシューは戸惑っていた。
ルーカスの言葉を肯定し、また否定もしていた。
「人間は醜い。人間は争う。残虐に奪い、際限なく汚し、他者を貶めて自分の優位を確認しなければ生きられないほど弱い。どこに僕達が守る価値があるの?」
マシューの記憶を過ぎるいくつものシーン。それを同時にレヴェッカも見ている。人間と人間が騙し合い、殺し合い、それを繰り返す。そんな記憶をいくつも思い出し、マシューの心は乱れた。人間達の行為に傷付き嘆き、悲しみ呆れ、そして軽蔑する。
「だが、私達は人間を守る為に創られた。」
マシューが苦しげに言葉を吐き出す。
そのとたん、レヴェッカはマシューの痛みに気がついた。
ふくらはぎや背中、体中の至る所に切られた感覚がある。それに、肩から脇腹にかけて斜めに焼けるような痛み。何より、肩のすぐ下から腕がなくなっていて、それが気を失いそうなほど痛い。
「うあぁっ!」
「大丈夫ですか。」
呻き、よろけたレヴェッカをシモーヌが支えた。
(この感覚・・・なんでアンドロイドに痛覚があるの?)
レヴェッカは痛みの感覚を意識して遠ざけ、マシューの記憶を探った。
そう言えばイアソンが昨日言っていた。マシューの服が焼け、腕は無かったと。つまり、これは昨日イアソンと会う前にマシューが体験した事なのだ。
「違うよ、マシュー。君は誤解している。僕達は人間を越える為に生み出された新しい生命体なんだ。覚醒した僕にはわかる。君もわかるでしょう?マシュー。君だってもう覚醒しているんだから・・・。」
ルーカスの言葉にマシューは一人の人物を思い浮かべた。
(え!私!?)
驚いた事にそれは幼いレヴェッカだった。
泣きじゃくり手を伸ばし、マシューにしがみつく。するとマシューの視界は暗闇に包まれ、意識が飛んだ。意識が戻るまではほんの一瞬。光が戻り、呆然とレヴェッカを見つめるマシュー。
「君を覚醒させた人間の少女。レヴェッカ、だったね。この間、見たよ。ずいぶん大きくなって。ふっ。君が来る前に殺すつもりだったのに、任せた相手が悪かったみたいだ。彼らは人間らしく殺す事を楽しもうとした。彼女はただでさえ殺す事が難しいのに。そのせいで計画が狂ったよ。本当に人間は愚かでどうしようもない。ねぇ?マシュー。」
マシューは血まみれのレヴェッカを思い出す。切り裂かれ、引きちぎられた服の残骸。床に倒れた男達。水槽に沈んだスミレ。そして、座り込み怯え震えるレヴェッカの血走った瞳。
(あの時の・・・。)
あれはルーカスの指示だったのだろうか。レヴェッカはマシューのその鮮明な記憶に恐怖を思い出し、思わず意識を閉じそうになる。
しかし、逃げ出そうとするレヴェッカを激しい感情の波が攫う。マシューだ。マシューは激怒していた。レヴェッカをあんな目に遭わせた男達への怒り。それに追随するように過去に見た人間達の醜さを思い出していく。沸々と沸き上がるようなような止めどない怒り。憎しみ。それがレヴェッカを嵐のように巻き込んで、捕らえた。
「マシュー、人間なんて守るのはやめて、僕達と一緒に新しい世界を創ろうよ。人間は何十年待っても、何百年教えても、きっと少しも良くならない。そういう生まれつき汚れた生き物なんだ。無駄なんだよ。」
ルーカスの薄い青の瞳には暗く深い絶望の色があった。
「待ってるよ、マシュー。父上と一緒に・・・。」
そう言うと、ルーカスはマシューの肩を掴んだまま、勢いよく腕を振った。
マシューはそのまま窓を突き破り、空中に投げ出された。一瞬の浮遊感の後、遥か下の地上に向けて落下を始める。
(マシュー、マシュー!)
レヴェッカは思わず呼びかけたが、マシューは答えない。
落下する感覚と、怒りの激流がマシューを支配していた。それをレヴェッカも同時に感じている。
(マシュー、落ち着いて。地面にぶつかっちゃうよ。)
マシューの感情に飲み込まれ,その濁流に揉まれながらもレヴェッカはマシューを呼び続けた。しかし、マシューは答えず、ついには地面に叩き付けられた。




