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13・依頼

 翌朝、寝ているところをアレクサンドラに無理矢理起こされ、レヴェッカは支度をさせられた。


「お母さん、何なの?」

「とにかく話だけでも聞いてやっておくれよ。いくら断ってもしつこくてどうにもなりゃしない。」


(理由を聞きたいところだけど・・・触らぬ神に祟りなし、ってね。)


 とりあえず、苛立った様子の母に黙ってついて行くことにした。

 意味がわからないままリビングに行くと、そこにはアレクサンドラの上官であるスパルタク大尉と、黒髪の女性がいた。

 振り返った女性の顔を見て、レヴェッカは愕然とする。その女性はマシューとそっくりの顔立ちをしていたのだ。


「レヴィ、ボケっとしてないでおいで。」


 口を開けたまま立ち尽くしていたレヴェッカに、アレクサンドラは声を掛けた。

 レヴェッカは女性から目が離せない。

 スパルタク大尉に目礼すると、ソファに腰をおろした。


「レヴェッカですね?はじめまして。私はシモーヌ。神都イェルメラディアから来ました。」


 その顔に見入ったまま差し出された手を取りそうになり、レヴェッカは慌てて手を引っ込めた。手袋をしていなかったのだ。


「すみません。私、握手が出来ないんです。」

「いいえ。気にしないで下さい。」


 わずかに微笑を浮かべたその顔は、やはりマシューと瓜二つ。髪は黒、瞳はヘーゼルで、マシューと色合いは違っていたが、顔立ちは酷似していた。

 挨拶がすんだのを見計らったかのように、スパルタク大尉は咳払いをすると自慢の髭を撫でる。

 レヴェッカは直接話をした事はなかったが、隊員達には親しみを込めて髭大尉と呼ばれていた。黒い肌に頭髪はなく、かわりにフサフサとした白髪混じりの立派な口髭。警察から引き抜かれた歴戦の猛者で、気さくで親しみやすく部下達に慕われていた。何を隠そうアレクサンドラも、昔海賊をしていた頃に世話になったとかで、頭が上がらないらしい。


「今日私達が来たのは、君に頼みがあったからだ。すでにアレク特査には断られたがね。諦めきれなかったと言うわけだ。」

「頼み・・・ですか?」


 レヴェッカがアレクサンドラに目をやると、アレクサンドラは肩をすくめてみせた。


「君に神都へ行ってもらいたいのだよ。」


(神都へ?)


 何か新しいミッションの話なのだろうか。それにしても、大尉自ら家まで来るなんて普通では考えられない。

 レヴェッカはスパルタク大尉とシモーヌの顔を見比べるように眺めた。


「それは任務ですか?」

「いや、任務ではない。お願い、かな。」


 スパルタク大尉は即答する。


「レヴェッカ、君は行った事があるかわからないが、行ってもらいたいのは神都の神殿でね。君の力を使って、やってもらいたいことがある。」


 困惑し母を見上げると、母はため息を一つつき、苦笑いで言った。


「大尉は強制じゃない、って言ってるからね。あんたの気持ち次第だよ。」


 母の言葉に大尉も頷く。


「くどいようだが、これはお願いだ。それで、内容についてだが・・・実はそこに局長・・・マシュー殿がいるのだよ。その・・・局長は治療中でね。彼を見に行って欲しいのだ。」


 マシューという言葉に、レヴェッカは顔を上げた。

 マシューがどうかしたのだろうか。それとも、神都で事件でも起こったと言うのだろうか。

 どちらにしろ、こうやってスパルタク大尉自ら頼みに来る位なのだから、何かあったのには違いない。


「神都で何か、あったんですか?」

「そうではない。神都は平和そのものだよ。君にも危険はない。」


 レヴェッカに気を使っているのか、言っている事が要領を得ない。歯切れの悪い大尉に痺れを切らし、レヴェッカは尋ねた。


「じゃあ、どうして私に?私に何をしろと言うんですか?」

「それは私がお話します。」


 シモーヌが切り出すと、スパルタク大尉は髭を撫で、頷いた。


「マシューはミッションで怪我を負いました。それはすぐに直したのですが、意識が戻らないのです。」

「ええっ!?」


 言われた言葉の意味はわかるのだが、理解が追いつかない。


(意識が戻らない?)


 言っている意味がわからなかった。マシューはアンドロイド。身体が元通りになったのなら、意識が戻るも戻らないもないではないか。

 アンドロイドだから大丈夫だという兄の言葉を信じてそれほど心配していなかったことが、マシューに対するひどい裏切りのような気がして罪悪感を感じてしまう。マシューはあれほど親身になって通ってくれたというのに、自分は彼が大怪我をしたことを知っていながらのほほんとくつろいでいたのだから。


「怪我は治ったんですよね!?どこかに・・・その、異常でも起こったんですか?・・・ええと・・・?」

「神都で調べたのですが、私達ではわからなくて。」

「でも、神都にはすごいドクターがたくさんいるんですよね。設備も他より進んでるって聞くし。」

「えぇ。手は尽くしたのですが、やはりソール様でないと・・・あぁ、ソール様は私達の設計を手がけた方なのですが、そのソール様がいない今、もうあなたに頼る他ないのです。」


 レヴェッカは戸惑っていた。

 シモーヌが私達、と言うからには、シモーヌもマシューと同じアンドロイド、いや、女性型だからガイノイドなのだろう。そして、ドクターソールと言う人物が彼らを設計した。そこまでは話がわかる。

 問題はその後だ。


「私は医者でも科学者でもないのに・・・行って何をすればいいんですか?。」


 レヴェッカが尋ねると、シモーヌは手を差し出した。


「話すと長くなりますので、直接。読んでみて下さい。」


 そう言ってシモーヌは、手を差し出した。

 レヴェッカは躊躇した。しかし、相手はアンドロイドなのだと自分を納得させると、恐る恐る手を重ねた。

 ひんやりとした手に触れた瞬間、レヴェッカはシモーヌとリンクした。

 発展した街の風景、巨大な建造物、微笑む白い髪のアンドロイド、黒髪の男性、どこかの病室、立ち並ぶカプセル。

 様々な映像がレヴェッカの脳に流れ込み、レヴェッカはそのうちの一つに注目した。

 どこかの病室・・・いや、病室と言うより手術室か。そこにあるベッドに横たわるマシュー。その身体には何本ものケーブルが繋がれ、周りを取り囲んだ機械と結ばれていた。白衣の医師達が歩き回る中、マシューは微動だにしない。


(マシュー?)


 その姿がまるで死んでいるかのように見えて、レヴェッカは怖くなった。

 同時に、同じ感情でマシューを見つめる存在に気付く。シモーヌだ。シモーヌは恐れていた。むしろ、レヴェッカよりも強い気持ちでマシューの死を恐れていた。アンドロイドが、アンドロイドの死を恐れているのだ。

 そして、レヴェッカはそれ以外のシモーヌの感情にも気付く。苛立ちや不安、焦り、それからマシューに向ける穏やかな愛情。


(シモーヌも・・・マシューの時と同じだ。シモーヌからも感情のようなものを感じる。・・・アンドロイドなのに。)


「レヴェッカ。お願いです。あなたの能力については聞いています。マシューの状態を探って欲しいのです。それで、もしマシューが目覚めなくてもあなたを責めたりするつもりはありません。ただ、出来る限り手を尽くしたいのです。お願いです。マシューに会いに行ってもらえませんか?」

「・・・わかりました。」


 こんなに必死なシモーヌを拒絶することはできなかった。それに、レヴェッカ自身もマシューに会いたかった。


「ありがとうございます。」

 シモーヌが頭を下げる。


「レヴィ、ホントにいいのかい?」


 心配そうなアレクサンドラにレヴェッカは頷く。


「だって、マシューにはいろいろと助けてもらったから。今度は私の番だと思う。」


 自分に何ができるのかわからなかったけれど、このままではきっとマシューともレヴィとももう会えなくなる。それが嫌だった。ここで行かなかったら必ず自分は後悔する。医者でもなければ科学者でもない。だから、マシューを助けられるかどうかなんてわからない。

 でも、ただマシューに会いたいと思った。


(マシュー。死なないで。)


 レヴェッカは祈るように強く目を閉じた。

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