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12・お見舞い

 結局その日も自分で昼食を用意して、食べ終わるとソファに横になった。そして、いつの間にか眠っていたらしい。

 揺り動かされて目を覚ませば、目の前にイアソンがいた。


「あ、お兄ちゃん・・・おかえり。どうしたの?こんな時間に。」

「あいつに頼まれた。レヴィをスミレのとこに連れて行けってさ。」


 イアソンは不服そうな顔で言う。


「あいつって誰?」

「マシュー特査だよ。」

「マシューが!?」


 飛び起きたレヴェッカに、イアソンは嫌そうな顔をした。それにかまわず、レヴェッカは早口で尋ねる。


「何で?お兄ちゃんどこで会ったの?マシュー今何してるの?」

「会ったのは本部で。何してんのかは知らないけど、酷い格好だったぜ。なんかボロボロって感じ。服はズタズタで焼けてるし、腕なんかスッパリ切られてなくなってたし。それで代わりに俺に・・・。」

「なんで!?」


 言葉を遮り、心配そうな顔で詰め寄るレヴェッカに、イアソンは身体を引く。


「だから、知らないって!」

「どうしよう。」


(何か大変な事になってたんだ。だから来れなかったんだ!)


 おろおろと動揺するレヴェッカに、イアソンは呆れたように言う。


「おいおい、そんなに心配する事ないって。あいつら壊れたら替えりゃあ済むんだからよ。」

「そんな言い方酷いよ!」


 レヴェッカはカッとなって叫んだ。


「酷いって、ホントの事だろ?」

「・・・そうだけど。」


 実際イアソンの言うとおりなのだが、マシューを物のように言われてなぜだか無性に腹が立ったのだ。


(マシュー。)


 レヴェッカはマシューの事が心配でたまらなかった。マシューはアンドロイドで、人間なんかよりよっぽど強い。何度かミッションで一緒になったから、マシューの強さは知っている。でも、そのマシューがボロボロになるくらいなのだ。相当大変なミッションに関わっているのかもしれない。


「で?行くの?行かないの?」

「え?」


 どこに、と言いかけて、スミレのところだと気付く。マシューの事は心配だったが、自分にマシューを治療できるわけでもない。駆けつけたい衝動を抑えて考える。

 冷静に考えればわかる。イアソンの言うとおりマシューはアンドロイドだ。完全に破壊されたのでなければ再生されて元通りになる。

 しかし、スミレはそうではない。スミレは人間だ。レヴェッカにとっては教師であり、友人であり、兄とも姉とも思える存在だった。

 心配をかけたままでいたくなかったし、マシューが会いに行けと言ったならマシューは無事なのだろう。


「スミレちゃんの所に行く。一緒に行ってくれるの?」

「ああ。待ってるから支度してこいよ。」


 レヴェッカは階段を駆け上がると、急いで服を着替えた。忘れずに手袋をはめる。久しぶりの手袋の感覚に、レヴェッカは気が引き締まる思いがした。


(誰にも触れない。もう、一生誰にも触らない。)


 外に出るのは怖かったが、イアソンが一緒なら心強い。

 それに、今はスミレに早く会って安心させたかった。あんなに心配してくれているスミレを、これ以上放っておくわけにはいかない。

 イアソンの車に乗り、病院に着くと、覚悟をしていたつもりでもさすがに車から降りるのは躊躇われた。二週間以上も家族とマシュー以外の人間と会わずにいたのだ。人がたくさんいる場所に出るのが怖かった。


「大丈夫か?」

「お兄ちゃん・・・。」


 脅えるレヴェッカをイアソンが励ます。


「大丈夫だ。オレがいる。・・・それに、世界中の人間みんなが悪い奴なわけじゃない。そうだろ?」

「うん。」


 レヴェッカは震える両手を抱きしめると、勇気を出して車から出た。

 ここは病院で、危険な任務とは違う。イアソンもいるから大丈夫だ。そう自分に言い聞かせて、なんとかスミレの個室にたどり着いた。


「オレはここで待ってるから。行ってこいよ。」

「うん。ありがと。」


 ドアの外にイアソンを残し、レヴェッカは病室に入った。


「レヴェッカちゃん!」

「スミレちゃん。」


 レヴェッカはスミレに駆け寄った。


「来てくれたのね!大丈夫なの?無事なの?」


 勢い良く尋ねるスミレに、思わず涙が出そうになる。


「うん。スミレちゃんも大丈夫?」

「大丈夫よぉ。もう平気よぉ。」


 心なしかスミレも涙声だった。


「スミレちゃん心配したんだよ。意識不明だって聞いてたから・・・っ。」


 話し始めると、涙が溢れてしまった。


「ごめんねぇ。アタシが一服盛られるなんてさぁ。ごめんねぇ。」


 レヴェッカにつられたのか、スミレまで泣き出した。

 二人は泣きながら話をした。レヴェッカが全てを話し終わると、スミレはまた泣いた。


「アタシのせいでレヴェッカちゃんに怖い思いさせちゃったのねぇ。」

「スミレちゃんのせいじゃないよ。私がもっと強かったら良かったの。」

「レヴェッカちゃんは強いわよぅ。結局救出される前に自力で倒せたんでしょう?」

「そうなんだけど・・・。殺すつもりなんかじゃ・・・。」


 その時の事を思い返し、思わず肩が震えた。

 生まれて初めて人を殺したのだ。殺そうと思ったわけではない。あの時はただ必死だった。男達から逃れたい一心で・・・。


「仕方なかったのよ。やらなきゃ死んでたのはレヴェッカちゃんなのよ?それに、そんな奴ら死んで当然よ!可愛いレヴェッカちゃんに手を出すなんて百万年早いのよ!」


 スミレちゃんの剣幕に、レヴェッカはまた涙が出た。

 自分の両手が人を殺せるなんて知らなかった。自分のこの特殊な能力が人を殺すなんて思わなかった。だからもう人に触れたくなかった。周りの人間への恐怖よりも、自分の力への恐怖で外に出たくなかったのだ。


「んもぅ!身体さえ治ればすぐにでも捕まえてボコボコにしてやるわよぅ!」


 スミレちゃんは悔しそうに肩を揺らした。


「レヴェッカちゃん、ごめんねぇ。アタシのせいで任務に戻れないのよねぇ。」

「ううん・・・スミレちゃんのせいじゃないよ。・・・私、部隊辞めようかと思って。」

「ええっ!」


 驚くスミレに、レヴェッカは目を伏せた。

 ミッションの失敗以来ずっと考えていたのだ。スミレちゃんと一緒に仕事をするのは楽しかったし、部隊の仕事はやりがいがあった。でも、今部隊で仕事をしているからと言って、なにもこれから一生この仕事でなくてもいいのではないか。もともと中央管理局に就職したくて学校に行っていたのだ。辞めるのにはこれがいい機会かも知れない。レヴェッカはそう思っていた。


「なんでよぅ。アタシ達うまくやってたじゃない。」

「うん。そうなんだけどさ・・・。」


 残念がるスミレには悪いと思ったが、もう怖くなってしまったのだ。スミレという壁がなくなって、初めて直接敵と向き合った。そして、自分の非力さと弱さと新たな能力に気が付いて、すっかり怖気づいてしまった。


「嫌よぅ。レヴェッカちゃん辞めないでよぅ。レヴェッカちゃんが辞めちゃったらアタシ、誰と組めばいいのよ。それに・・・それに寂しいじゃない!」


 スミレはレヴェッカを引き止めようと説得したが、レヴェッカはとうとう頷かなかった。


「そのくらいにしとけよ。」

「イ、イアソン様!」


 病室のドアが開き、イアソンが顔を出すとそこで話は打ち切りになった。

 スミレも敬愛するアレクサンドラの息子で、さらにスミレのタイプそのもののイアソンの言葉には逆らえなかったようだ。


「レヴェッカちゃん。早まらないで。良く考えて頂戴ね。」


 そう言うスミレに別れを告げ、レヴェッカ達は病院を後にした。


「オレは別に反対しないぜ。」

「え?」


 車を走らせるイアソンの言葉に、レヴェッカは聞き返す。


「部隊辞めるって話。どっちかっつうと賛成。レヴィが危ない目にあわずに済むならそっちの方がいいし。」

「お兄ちゃん・・・。」


 レヴェッカはイアソンの言葉にホッとしていた。イアソンが味方なら心強い。


(だけど・・・。)


 スミレに引き止められて、正直レヴェッカは迷っていた。スミレはあんなにも自分を必要だと言ってくれた。それが嬉しかったのだ。


(レヴィはどう思ってるのかな。)


 中央管理局に入りたいのは、レヴィと一緒に働きたいから。はっきり言って不純な動機だ。今まではそばにいたい一心で、自分の気持ちだけで突っ走ってきてしまったけれど、今になってレヴィの気持ちが気になった。レヴィが迷惑に思うなら、嫌われてまで側にいようなんて思わない。


(レヴィの気持ちが知りたい。)


 この力を使うのは止めようかと思ったけれど、やっぱりもう一度触れて確かめたい。

 しかし、イアソンから聞いたマシューの状況では、仕事に出てはいないのだろう。会えるかどうかもわからない。


(マシュー、心配だな。)


 思い出せば、急にマシューの事が気になりだした。どんな任務に関わっているのだろう。それとも任務ではなくて、治安維持部隊の内部調査で何かあったのだろうか?


(お母さんなら知ってるかも。)


 アレクサンドラはマシューと同じ特別捜査課に在籍している。部隊の情報もある程度は把握しているはずだ。

 帰って来たら聞いてみよう。レヴェッカはそう思っていたのだが、残念ながらその晩アレクサンドラは帰って来なかった。

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