10・イアソン
(気にいらねぇ。)
キッチンを後にしたイアソンは、そのまま家を出て車を走らせていた。
特に目的地はなかったが、無性に腹立たしくてとにかく家にいたくなかったのだ。
(なんだよ。そんなにあいつがいいのかよ!)
あの男を見て微笑んだレヴェッカ。
あの男に抱きついたレヴェッカ。
あの男の腕の中で泣くレヴェッカ。
あの男をかばって立ちふさがったレヴェッカ。
それなのに、助けに駆けつけた自分を拒絶したレヴェッカ・・・。
レヴェッカが生まれた時から見守ってきた自分より、あの男の方がレヴェッカの事をわかっているとでも言うのか。俺が何をしたって言うんだ?レヴェッカに恐怖を抱かせるほどのことを、いったいいつしたって言うんだ!?
イライラとハンドルを叩きつけ、感情のままにアクセルを踏み込む。
しかし、それで進行方向が変わることも、スピードが上がることもなかった。
車は今やこの世の中で一番安全で快適な乗り物だ。完全な自動運転と道路の監視システムが事故率ゼロパーセントを達成してもう何十年と経っていた。ハンドルもアクセルも、単なる懐古趣味のファッションに過ぎなかった。
(あいつはアンドロイドだぞ?この車と同じ。機械じゃねえか。)
怒りはしだいに妹からそれて、アンドロイドの男へと向かった。
レヴェッカを傷付けた男達への怒りや、レヴェッカに拒絶された痛み、部隊内の混乱など、うまくいかないすべての原因をあの男に押し付けてしまいたかった。
マシューは人間ではない。アンドロイドだ。そもそも人間同士の問題に機械ごときが首を突っ込むのはおかしいではないか。
レヴェッカの事をよりわかっているのは自分の方だ。同じ人間で、一緒に育った誰よりも近い存在のこのオレだ。
(どうすればいい?どうすればあいつを諦める?)
妹は愚かにもアンドロイドに恋をしている。
だが、それは間違っているのだ。
自然なことではない・・・そう、異常なことだ。
あいつと一緒にいたって幸せになんかなれるはずがない。
夢を見ているようなものだ。騙されているのだ。綺麗なだけの、あの男に。
男は人間の気持ちなど理解できない機械だ。部隊で、任務の中で、その冷徹さは嫌と言うほど知っている。
それなのにあの笑顔は何だ?レヴェッカに向けた笑顔は、人格は。
明らかにマシューとは別人だった。
穏やかで優しげな雰囲気。誰かを思い起こさせるような・・・どこか既視感を覚える眼差しと口調。
それにレヴェッカは騙されている。
実際、男が変化した後は、自分でさえマシューに応対していたときの緊張感を失っていた。つい気がゆるみ、感情をあらわにし、相手をからかってやろうなどと馬鹿なことを言った。
だが、どんなに上手に周りに偽っても、もう自分は騙されない。
(この目で見たんだ。マシュー特査から変化する現場を。)
別々のアンドロイドだと思っていたが実は同じだった。つまりは・・・装っていたのだ。
(くそっ!なんで今まで気がつかなかったっ!)
思わず歯をかみしめるが、今更言っても仕方がない。レヴェッカと男が出会う前に遡れるわけではないのだから、これからどうにかするしかない。
(とにかくレヴィに事実を話して・・・って同一人物だってわかってるんだよな、あいつ。じゃあ、なんで。)
混乱して、あまり手入れされていない金髪をグシャグシャとかき回す。
しかし、それで考えがまとまるはずもない。
(とりあえず、酒だ。)
腹を満たし、どこかに落ち着かなくてはどうにもならない気がした。
イアソンは目的地を決めると、繁華街へと車を向かわせた。




