文化祭翌日 星海光 その一
今うちは少し浮かれていた。
ただ人を待ってるだけなのに、こんなに嬉しいとは思ってなかった。
だって生まれて初めて、彼氏が出来て……ううん、違う――前世を含めても、初めて彼氏が出来たんだ。
うちは俗にいう、転生者……ってやつ。
前世では、夢だったパティシエを目指すために受けた専門学校の合格通知をもらったその日に、頭の上に落ちてきた鉢植えにあたってポックリ逝ってしまった。
…………それまでも、天気だったのにうちが外に出た瞬間雨が降り始めたり、家族旅行前日にインフルエンザにかかったり、外食しようと向かったお店が臨時休業だったりと、運が悪いのは自分でも理解してたけど……そんな死に方なんて、本当に自分でも不運すぎると思う。
そして気が付いたらこの世界に転生していた。
初めはよくわからないけど、自分の夢は変わっていなかった。
せっかく生まれ変わったのだから、小さなころからしっかり勉強して、今度こそ悔いのない人生を送ろうと思った。
だけど生まれ変わっても運の悪さはさほど良くなってなかった。
確かに前世よりはマシにはなったけども、それでも「あー○○さんに会いたくないなぁ」とか思っちゃうと、真っ先に遭遇したりした。
それだけならまだしも、うちは気づいてしまった。
自分がいる世界が乙女ゲームの世界だと!
だって学校案内ですごく珍しい名前の高校を見つけてしまったんだもん。
政治家の名前とかだってすっごい見たことあるんだもん。
よく考えたらうちの名前って、ある乙女ゲームの主人公の名前なんだもん。
ほんと、運の悪さもここに極まる……ってその時は思った。
そして運命にあらがえることもなく、うちはその高校に転校することになった。
でもいざそのゲームのキャラと触れ合ってみると、悪い印象は持たなかった。
……あ、いや、違うね。
最初はうちに話しかけてくるゲームのキャラが嫌いで仕方なかった。
だって、その中の誰かと付き合う事がほとんど確定しているようなものだし、うちの記憶が正しければ、誰と付き合う事になっても、自分の夢は追うことが出来ないエンディングだったはずだから。
だから、最初から自分の夢を宣言して、その後もなるべくゲームのキャラクターに会わないように気を付けてた(それでも持ち前の運の悪さで遭遇してばっかだったけど)。
……でも……友達が……転校して、男子の中では初めて出来た友達が、うちに諭してくれたんだ。
『みんな――生きてるわけだし』
その時に初めて考えさせられた。
うちがゲームのキャラだから嫌だとか考えてたけど、その男子の言うとおり、皆生きてるんだ。
そんな当たり前のことを、この時のうちは忘れてたんだと思う。
そこからは心機一転、普通に接してみた。
そしたらみんな結構いい人だった。
でもうちがその中の誰かと付き合う事はなかった。
……転校してからの短い間で、他の人を好きになっちゃったから。
その人は友達が多くて、しかも美人な女の子の友達も多い人。
この学校に来て初めて出来た友達の幼馴染だった。
何度か話しているうちに、その人に友達が多いことの理由がわかった気がした。
友達として、いろんなことを話しているうちに、気が付いたらうちの視線はその人を向いていることばかりだった。
そこではっきり自覚した。
うちはその人――緋山遥人君が好きなんだって。
そこからは色々あった。……うん、ほんとに色々あった……うちの運の悪さだけが理由じゃない気がしてくるくらい色々……。
そんなこんな、紆余曲折あって……昨日の文化祭で、告白……されて、うちも、して……恋人になった。
恋人になった次の日、うちは朝、遥人の家まで迎えに行った。
ただそれだけなんだけど、うちは浮かれてたし、そしてそれ以上にすごく緊張した……。
チャイムを鳴らして出てきたのは、前に一度だけあったことのある、菜月ちゃん。
その後すぐに遥人も降りてきて、兄妹仲良く言い合ってた。
と言うか、遥人が菜月ちゃんにからかわれてばかりだったんだけどね。
そして遥人と菜月ちゃんの会話が『友達さん』と言う人の話題に。
……まあ、誰かは予想がついているので、うちも会話に参加してみた。
ただ、少し気になるのは、その会話の流れで、菜月ちゃんが『今友達さんは誰とも付き合ってないんです!』と真剣な顔で言い切ったこと。
遥人は気づいてなかったみたいだけど、それって菜月ちゃんはその『友達さん』に恋人がいないということを強調してるわけで……。
そしてその『友達さん』はうちが考えた通りなら一人しか該当者がいないわけで……。
「え……え?」
困惑するうちに気付いて遥人が声をかけてきたけど、それを遮るように菜月ちゃん遥人を急かすように言い、足早に学校に行ってしまった。
遥人もそのまま焦って準備しに行っちゃったし……。
…………考え出すのもあれ何で、大人しく遥人を待つことにした。
うん、いまここ。
ちょっと待ってると、すぐに遥人が降りてきた。
「ごめんお待たせ!」
「全然待たせて無いの分かってて言ってる?」
そのまま二人で一緒に登校。
そういえば、二人で登校なんて前に偶然会った時以来だ。
……あの時はいろいろ探りが入って大変だったなぁ……。
なんてことを思い返していると、遥人がそういえばと前置きして聞いてきた。
「さっきなんか言おうとしてたみたいだけど?」
「え、あー…………」
さっきの菜月ちゃんの発言の件だ。
……言ったらまずいのかな……菜月ちゃんがわざわざ遮るくらいだし……。
と少しだけ悩んでいると、
「おや、お二人さんお付き合いを始めた途端に一緒に登校とは現金なものですな」
まさかの本人登場だった。
大きなあくびをしながら「おはよう」と挨拶してきたので、反射的にうちも挨拶しかえしていると、遥人が詰め寄っていた。
「よー! 随分とうちの妹様に色々と吹き込んでくれたみたいで!?」
「ああ、礼には及ばない。と言うか挨拶位返したらどうだ。星海さんを見習え、お前の彼女である星海光さんを」
「お・は・よ・う! ……ったく、お前は今みたいな調子で菜月にペラペラと話したんだろ」
「失礼な。ほぼほぼ妹さんからの質問だったぞ。昨日は疲れてたからさっさと寝たかったのに、おかげで寝不足だ」
その言葉がちょっとだけ気になったうちは、とりあえず会話に参加することにした。
「あの、さ。寝不足って……そんなに菜月ちゃん、うちらの事聞いてきたの?」
そう、なんとなくだけど、寝不足になるくらいうちと遥人の事を菜月ちゃんが聞いていたとは思えなかった。
「ん? ああ確かに、二人の事はそんなに聞かれなかったかも。まあ、俺がお前さんらの情報を知ってるとは妹さんも思ってないだろうしな」
……ほんとは結構知ってるよ、みたいな言い方に聞こえるんだけど……とりあえずおいておこう。
「じゃあ、なんで寝不足になるまでメールしてたんだよ」
遥人が不思議そうな顔で、うちの質問の続きをした。
「世間話的な感じ。途中からはほとんど俺のこと話してた気がするな……そういや。つかメールどころか、なんか最後の方は電話になったし」
「なんだそりゃ! どんだけうちの妹と仲良くなってんだよ」
「我ながら同感だな」
二人してそう言いながら笑ってたけど、うちは苦笑いだよ。
遥人ってば、菜月ちゃんの事に関しては鈍感なのかなぁ……?




