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××××年 十月八日
昨日の事があり、部室が使えなくなった旨を、蒼月先輩に知らせるのを忘れていた(他の皆は普通に文化祭準備で来てなかった)。
なので、準備を少し抜け出し、三年教室へ。
行ってみると、蒼月先輩と東野が何やら話していた。
おお、意外な組み合わせ……と思ったが、よくよく考えると、天野先輩つながりかと納得した。
とりあえず用だけ済まそうと、蒼月先輩に用件だけ伝える。
「それは……まあ、当たり前だろう」
って言われた。
蒼月先輩には言われたくないんですけど!?
俺と同じ頻度で部室に来てたくせに!!
と言おうとしたが、その前に東野の方が驚いた顔で尋ねていた。
「つまり……蒼月さんが……文化祭の手伝いを……!?」
ああ、東野もこの先輩の面倒くさがり度合いを知ってるのか。
「もちろんだ」
そんな俺や東野の様子をよそに、そう自信満々に言い切る蒼月先輩。
が、俺も東野も察していた。
蒼月先輩が答えた後にクラス全体から感じる「どの口が言っているんだ……」という空気を。
「と言っても三年生なので、やっぱり時間をかけてられないみたいですね……」
そう言いながら東野が周りを見渡した。
つか東野、話そらしたな。
「そうだな……みんな真剣に進路について考えている。……俺も」
蒼月先輩がその時だけ、真剣な表情を見せた。
もしかしたら、進路について何かしらの進展があったのかもしれない。
そう思って先輩に尋ねようとしたら、今度は蒼月先輩が話をそらしてきた。
「お前たちのクラスは……喫茶だったな。調子はどうだ?」
「ええ、準備も着々と進んでます」
「ほう……あれはどんな感じだ? 星海は」
東野の眉間がピクっと動いた。
俺はこの時点で、傍観に徹するつもりになっていた。
「何故……ですか?」
東野はゆっくりと尋ねる。
――しかし、東野は最近、ライバルの多さに気張りすぎな気がする。
けど蒼月先輩はそんな東野に気付かず(気づいていてスルーしているのか)、答えていた。
「んん? いや、少し気になってな……くく、何せあれは見ていて面白いからな。それに――十分すぎるほど助けられた。気にかけて当然だろう?」
……これもまた、どこかイベントで言っていた気がする……が、全く思い出せない。
その後も少し話して、教室に戻ることにした。
東野もそのころには、さほどピリピリしていなかった。
なんとなく……蒼月先輩の雰囲気がそうさせたのだろう。
そのまま二人で教室に戻ろうとしたとき――――俺は、何者かに口を押えられた。
東野もこちらを見て目を見開いていた。
何事かと思ったとき、俺の口を押えている人物が声を出していた。
「おう、こいつ少し借りる。クラスの奴には教師が用があると言いながら連れてかれたといっておけ。じゃ」
東野が返事をするまもなく、俺は拉致られた。
この時点で、声の主が保健室の先生だとはっきりわかったので、無駄な抵抗はしなかった。
また四葉さんの看病(っぽいこと)させられるのかと思ったが……その通りだった。
「じゃあ、また少しの間頼むわ」
……まあ……一人じゃなかったわけだが。
「あ、こんにちわぁー」
「え!? 部長?」
保健室まで拉致られた俺を待っていたのは、予想通りの四葉さんと、予想外の瀬戸さんだった。
詳しい話を聞くと、単純明快。
たまたま居合わせた瀬戸さんは、保健室の先生に四葉さんを任されたと。
……あの人はやりたい放題だ。
とりあえずあまり引き留めているのはかわいそうなので(放課後のこの時いた時間まで残っているということは、クラスの方の文化祭準備だからだ)、看病を代わろうとすると、
「あ、あの、大丈夫です。四葉先輩とも仲良くなれましたし、それに私、元々帰るところでしたから」
「はい。七番目のお友達です」
帰るところだったのに引き留められているのは、大丈夫とは言わないのだが、本人がいいと言っているなら、それを断るほどの理由もない。
てことで、二人で四葉さんの看病(と言う名の雑談)をすることになった。
放課後のこの時間まで四葉さんが残っていたことについて聞いてみた。
すると、若干言い訳っぽく四葉さんが話し始めた。
――……要約すると、今日は体調がよく、調子に乗って文化祭準備を張り切っていたら、ふらついたとのこと。
「お恥ずかしい限りです……」
「ええ、全くもってその通りですね!」
力強く肯定してあげた。
「うぅ……酷いです」
「……ふふ」
四葉さんが項垂れ、その様子を見た瀬戸さんがクスクス笑っていた。
「ああ、そういえば緋山さんはお元気ですか?」
ふと思い出したように四葉さんが口に出した。
「ん? ああ、もしかして最近休みがちだったんですか?」
「ですねぇ……近頃は調子よかったはずなのですけど」
なんて話をしていると、瀬戸さんが頭に疑問符を浮かべながら聞いてきた。
「え? えーっと……緋山先輩ともお友達なんですか?」
「ええ、彼は六番目のお友達です」
「ちなみに妹さんの方もな」
「え!?」
「ええ、五番目のお友達なのです」
瀬戸さんが、妹さんの交友関係の広さに驚いている間に、少し前の質問に答えた。
「元気ですよ、どっちも。……と言うか、元気かどうかは四葉さんが心配される側です」
「それもそうですねぇ……ふふふ。でも、元気ならよかったです。最近なかなか会う機会もありませんでしたので、また前のようにお話ししたいですねぇ」
四葉さんの言葉に思い出したように呟く瀬戸さん。
「あ、そういえば私も最近、緋山先輩と会う機会減ってるなぁ。大体お休みの日に家に遊びに行ったときに会ったりするくらいかも」
それは妹さんに会いに行って、たまたま会ったという事だろう。
俺もその言葉を聞いて少し考えた。
この二人に限らず、『キミだケに』も『キメわん』も、ゲームで言う、個別ルートに入った場合、入らなかった方のキャラは、こういう感覚なのかもしれないと思った。
なんとなく最近会っていない。
友達として仲がいい。
昔(前世)も確かにこんな感覚になったことはある。
そういう意味では、現実もゲームもそこまで違いがあるわけじゃないのかもしれない。
選択肢が、見えるか見えないかの違いで、それを――ルートを選んでいることには変わりないのだから。
もちろん、ゲームで言うところの主人公の二人、緋山と星海さんが、今誰のどんなルートの中にいるのかは……わからない。
そもそも文化祭で結果がわかるのかさえ分からないのだ。
だからこそ、観察していこうと思う。
……当初観察し始めたときとは、目的が変わってしまっている気がする(小説家になるための足しになればいい。――から――友人の恋愛模様がものすごく気になる。になっている)が、気にしない。
そんな感じで話をしていると、
「お、二人ともすまなかったな。四葉もゆっくり休んだから、そろそろ体調も戻ったんじゃないか?」
保健室の先生が帰ってきた。
「あ、いえ大丈夫です」
「そうですね、少しは」
瀬戸さんと四葉さんが同時に答える。
とりあえず先生に一言だけ「とりあえず拉致るな」とだけ伝え、教室に戻った。
戻ってみると、遅くなったことをクラスメートにしこたま怒られた。
……解せない。




