宝の地図
慈水竜オケアニル。
水を司るスピリット・ドラゴンにして、海のただ中に神殿を構える神様。
僕が彼女について知るのは、今のところその程度の知識だ。
◇
僕はオケアニルを連れて暗黒竜神殿まで戻った。
以前はボロボロだった神殿も、魔狼族やほかの魔物たちと協力して屋根を直し、内装も少しだけ整えてある。だから少しだけ見られるものになったと思う。
とはいえチビニルの卵の破片だとか、亜人村の子供にもらったきれいな羽根だとか、ちょっとした宝物が隅っこにそっと置かれているだけで、わりと中はがらんとしている。
そんな中、かつてレヴニルが座っていた場所で、僕はオケアニルと膝をつき合わせていた。
「えっと、オケアニル」
「はぁ……い」
オケアニルはとろんとした目のまま、ぼんやりと返事をする。
その膝の上ではチビニルが気持ちよさそうに眠っていた。
チビニルにはレヴニルだったころの記憶がない。
それでも同胞だと分かるのか、オケアニルから離れようとしなかった。オケアニル自身がそれをどう思っているのかは……ちょっとまだよく分からない。
船から下りてからずっと、彼女は夢の中にいるみたいに気が抜けている。
ともかく僕は改めて、ちゃんと名乗るところから始めてみた。
「僕は暗黒竜レヴニルの継承者で、レインっていうんだ」
「そう……」
オケアニルはふわーっとした調子で会釈する。
「我氏はオケアニ……ル。よろしくね……え」
「うん。よろしくね」
我氏、ときたか。
エキドゥニルは我ちゃんだし、レヴニルは我輩だし。
……ひょっとして、ほかのスピリット・ドラゴンも一人称は全部そんな感じなの?
「それで、こっちの子竜はチビニル」
「うん……レヴニルの転生体……ね」
オケアニルは眠ったチビニルをそっと撫で、目を細める。
「また……昔みたいに……よろしく……ね」
「ぴぃー……」
チビニルがそれに寝言で返事をする。
なんだか微笑ましい光景だけど……僕はさっそく状況確認に取りかかる。
「オケアニルはどうして宝箱に入っていたの?」
「うん……っと……ね……」
オケアニルはのんびりと言葉を紡ごうとする。
僕はそれをじっと待った。
神様が宝箱に入っているなんて、聞いたこともない。
いったいどんな事情があるんだろう。
何かから逃げてきた? 隠れなきゃいけない理由がある?
謎は尽きないけど……そんな可能性を口にした僕に、ヴォルグはうーんと唸ってからあいまいな渋面でこう言った。
『坊ちゃまがご心配めされるような逼迫した事態は、おそらく万に一つもございませぬ』
『えっ、でもスピリット・ドラゴンが宝箱から出てくるってよっぽどのことじゃない?』
『あー……それはわたくしの口よりも、オケアニル様から直接おうかがいください。いやはや、もうそんな時期ですか……』
そう言ってヴォルグはかぶりを振った。
なんていうか、小さい子のイタズラを見守るみたいな……そんな様子だった。
ちなみにそのヴォルグは、ネルネルと一緒に船長さんたちを漁村まで送ってくれている。
クラーケンの他に魔物が出ないとも限らないので、ボディーガードに付いてもらったのだ。
船もボロボロで今にも沈みそうだったしね。
水が入らないようにネルネルが隙間を塞いで、ヴォルグが船を牽引してと、立派なチームプレイであっという間に地平線の彼方へ消えていった。
それはともかくとして。
僕がじーっと待っていると、オケアニルはとうとう核心を告げた。
「宝箱を開けたレインには……資格がある」
「資格?」
「これを……」
そう言ってオケアニルは右手をかざす。
するとまばゆい光が手のひらからあふれ出し、光が消えたあとには一枚の丸めた羊皮紙があった。それをずいっと差し出してくるので、受け取って広げてみて……僕は目を丸くする。
「なにこれ、地図?」
「そう……だよー」
オケアニルはゆるーく手を振る。
そこに描かれていたのは、この周辺の海図だった。おそらく地形からして僕の山――その北側に広がる大海原に、三つの赤いバツ印が付いている。
いたってシンプルな地図だった。なんでまた急にこんなものを?
目を白黒させる僕に、オケアニルはにんまり笑って言う。
「そこに書かれているのは……我氏の大財宝が眠る……場所」
「つまり宝の地図!?」
僕の大声に、オケアニルは満足げにうなずいた。
そうして両手を広げ、厳かな声で言う。
「地図を頼りに、我氏の宝を探して……そうすれば……あなたはすべてを手に入れ……る」
「えええっ!?」
なんだかとんでもない話になってきたよ!?
地図とオケアニルを前に、僕はうろたえるしかない。
(大海原を舞台にした宝探しだって!? そんなの大冒険の予感しかしないけど……)
僕は万感の思いを込めて、静かに口を開いた。
「……なんで?」
「『なんで』……って?」
「いや。この地図にある宝物って、全部オケアニルのものなんだよね」
「う……ん」
「その隠し場所を書いた地図を、なんでわざわざ僕にくれるのさ。そもそもオケアニルが宝箱に入ってたことにも説明が付かないし。ねえ、いったいなんでなの?」
「それは……ねえ……」
「それは……?」
「……すぴー」
「この一瞬で寝ないでよ!?」
オケアニルは座ったまま、堂々と居眠りをはじめる。
マイペースにもほどがあった。
僕は疲労感を覚えつつも、地図を広げてうーんと唸る。
「本当にどういうことなんだろ。オケアニルのこともよく分かんないままだし……」
じっとオケアニルのことを見つめてみる。
なんだか不思議な存在だ。
ちゃんと目の前にいるはずなのに、蜃気楼のように気配が感じられない。おそるおそる手を伸ばせば、ぷにっとほっぺたに触れたのだけど、その触感もどこか作り物みたいだった。
「ただののんびり屋さんなだけなのかな……?」
僕の知ってるスピリット・ドラゴンとは真逆だ。
そんなことを考えていると、神殿の扉がバーンっと開かれた。
「やっと帰ってきたのね、レイン!」
「あっ、エキドゥニル」
噂をすればなんとやら。
現れたのは炎のスピリット・ドラゴン。エキドゥニルだ。
目を思いっきり吊り上げて、紅蓮色の髪もゆらゆら揺らめいている。なんだか分かりやすくご立腹らしい。エキドゥニルはそのままずかずかと神殿の中に入ってきて、僕の鼻先にびしっと人差し指を突き付ける。
「我ちゃんはもうお腹ぺっこぺこよ! 早くご飯を作りなさいな!」
「スピリット・ドラゴンって、お腹が減らないんじゃなかったの?」
「気持ちの問題よ。とにかく今日はラーメンの気分だわ。それとおにぎりがあれば完璧よ!」
エキドゥニルは目を爛々と輝かせる。
このまえ食べさせてあげてから、ずいぶんと気に入っているらしい。
そうかと思えばブスッとむくれた顔をして、低い声で凄んでくる。
「こんなに遅くなるなんて聞いてないわ。これからはもう海なんてくだらない場所、行っちゃダメよ。分かった?」
「無茶言わないでよね……そんなにお腹が減ったなら、自分の神殿に帰ったらどう?」
「レインのご飯じゃなきゃヤだもん!」
「神様がそんなワガママ言わないでよ」
いや、むしろ神様らしいのか?
僕が半眼を向けているのも気にせず、エキドゥニルは得意げに言う。
「まったくもう。あんたは遊び場がほしいんでしょ? だったら我ちゃんに任せなさいな。溶岩のプールとか、灼熱アスレチックとかなら、ちょちょいのちょいで作ってあげなくも…………」
「どうかしたの?」
エキドゥニルは目をカッと見開いたまま、ピシッと凍り付いてしまう。
完全に瞳孔が開いていた。しかも、トカゲみたいに縦型だ。ちょっと怖い。
視線を追うと、オケアニルが目を覚ましていた。オケアニルはゆるーい感じで片手を上げる。
「やっ……ほー」
「なんでこのクソドラゴンがいるのよおおおおおおお!?」
「うわあっ!?」
エキドゥニルが怒号とともに、その身から灼熱の炎を噴き出した。
炎の勢いは凄まじく、天井をどっかーーーんと粉砕せしめるほどだった。
ぽっかり空いた大穴から、突き抜けるような青空が覗く。
一巻好評発売中!加筆修正もりもりやりました!
また、現在発売中のドラゴンエイジでオリジナルの漫画連載も始まっています。
もろもろ詳しくは活動報告まで。
次回は明日の夕方ごろ更新予定です。
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