会議は芝生の上で起こっている
「はい!」
まっすぐ手を挙げた雪代。
勢いもいいことだし、「じゃあ雪代からどうぞ」と俺は言った。
「新しく出てきたサービス通販っていうのを見て思い出したんだよね」
サービス通販。
【サービス通販】
◆整体 ――800MP
◆美容院――カット 500MP
――カラー 500MP
◆ホームクリーニング 2000MP
◆家庭教師 2時間 500MP
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とあったけど、何が気になったのだろうか。
集まった8世帯+アンドラスも雪代に注目する。
「鳴瀬君! 君、学校行ってなくない?」
「え?」
注目が鳴瀬に映る。
鳴瀬は目をぱちぱちさせて、何言ってるんだこの人?という空気だ。
他の人達も突然かつ予想外の発言に戸惑った様子だが。
なるほどたしかに、理解してみれば腑に落ちた。
「鳴瀬君って小学生でしょ、まだ? いくら世界崩壊してるからって、なんも勉強しないのはまずいと思うんだよねー、小学生くらいは」
言われてみればそうだな。
危急の事態ならそんなことは言ってられないが、今は生活に余裕ができて音楽聴いたり本を読んだりマッサージ受けたりもできるようになってきた。
そういう風に娯楽ができるなら、教育についても考えるべき時期だろう。
「たしかにそうだな。最低限はこんな状況でも受けといた方がいいかもしれない」
「でしょ? 鳴瀬君まだ小学生でしょ? さすがにそれくらいの勉強はちゃんとやった方がいいと思うんだよねー」
雪代が言うと、日出も頷いた。
「たしかにその通りですね! 雪代さんからその意見が出るというのは驚きました!」
「いやなんで私が言うと驚くのよ」
「ははは! 素晴らしいアイディアですよ! でしたら、そのMPはたしかにみんなで出すべきですよね。義務教育ですし」
勢いで誤魔化したな日出。
だがまあ、異論はない。家庭教師をつけるからってその金額を鳴瀬くんに支払えっていうのは違うな。
俺以外にも、全員がそのアイディアには反対は出なかった。
すると、皆がそうしようと言うのを聞いていた橘が涙を目に浮かべていた。
「皆さん、本当に優しい方ばかりで……ごめんなさい、私感動しちゃって。こんな時なのに子供のこと考えてくださるなんて……実は昨日ね、鳴瀬君に家庭教師で学校の代わりの勉強しよう、私が学費は出したげるからって話をしてたんですよ。でも皆さんも同じように思ってくれて、私ね、本当に感動しちゃって……」
目頭をハンカチで押さえる橘。
いい話だ……と皆がなっているなか、俺は隣で体育座りをしている当の鳴瀬が微妙な表情をしていることに気付いた。
その表情が何を言わんとしてるかすぐにわかった。
そうだよな、小学生からしたら家庭教師つけてまで勉強させられるとか、別に嬉しくないよな。
しかし、橘やその他みんなが自分のためを思ってやってくれてるのはわかるので、それはありがたいし、いやでも勉強するのはありがたくないし……という葛藤が表情に見て取れる。
手を伸ばして鳴瀬の肩をぽんと叩いた。
(子供も大変だよな、頑張れ)
まあ、勉強したくないなあと思ってる鳴瀬を救うわけではないが。大人として、そこは心を鬼にさせてもらう。頑張れ。
というわけで話がまとまりそうだが、もう一人いる。
「楓も家庭教師頼んだらどうだ? 家庭教師」
楓も地元の高校に通っていた高校生だったわけで、義務教育ではないけど、子供には変わりないしな。
教育を受けさせるのは大人の義務というものだろう。
「え……いえ、私は……」
「そうですよ楓さん! 高校生だって同じですよ! ねえ皆さん!」
楓はやはり性格的に遠慮しようとするが、日出が後押しする。
こういうとき、とりあえず勢いだけで押していく日出は頼もしい。
「申し訳ないですし、その」
「一人ならMP高くても全員で割れば微々たるものだし、遠慮しなくていい。こんな世界とはいえ、一応俺たちは大人だしな。たまには大人らしいことさせてくれ」
遠慮しがちだが、しかしその場の皆から押されては、遠慮しきるのも無理な話だった。
楓は「あの、皆さんありがとうございます!」と頭を下げて受け入れてくれた。
大事なことを決められたし、これだけでも会議をやったかいがあった。
最初に口火を切った雪代はいい仕事をしたな。
と雪代を見ると、雪代は自分自身を指さして私も私もと何かをアピールしている。
「どうかした?」
「私も学生だったんですけれど」
「ああ、そうだな。まあそれはいいとして次の議題だが……」
「っておい! 私はオチ担当ですか!?」
「いや、悪い、冗談だ。だけどどうしようもないんだ」
「どういうことですか? 雪代さんはどうしようもないって?」
楓が気を使ったように尋ねる。
「家庭教師っていうのが、どういうものを教えてもらえるのか気になって確認したんだ。そしたら対応しているのは、高校生までの主要五教科だけだった。もしかしたら大人の生涯学習とかそういうのもあるかと思ったが、それは無理らしい。そして大学のことも対応してないので、雪代にもと思ってもそもそも無理なんだ」
「ああ、そうなんですね。それならどうしようもないですね、たしかに。言われてみれば、大学生で家庭教師をやる人は聞いたことあるけど、受ける人はあんまり聞いたことないかもしれません」
「えーっ! そうだったの? マンションの落とし穴だよー」
「まあ、しかたない。そもそも崩壊前から塾も家庭教師も高校生までで、大学生がいくものってなかったしな」
それこそ、資格を取るための予備校みたいなのだけで、一般的な学習塾や家庭教師なんてなかった。まあ、大学は専門分野に分かれるから教えられる人がめったにいないからしかたないのだろう。
「はあ、やれやれ。世の中は大学生に厳しいね」
「そもそもノリで乗っかっただけだろ雪代は。自分で家庭教師の欄見てなかったってことは」
「へっへへ、まあいいじゃない細かいことは。次いこ次」
というわけで、鳴瀬と楓の家庭教師をみんなで雇うことになって丸く収まった。
時間とか曜日はまた後で詰めていくが、まずは有意義なことが決まったな。
「じゃあ、次のことだけど」
「はあい」
と手を挙げたのは天音だった。
「芝生に木が植えてあって、いい感じになってるでしょ? ここ。で、裏はいい感じだから表もいい感じにしたらいいと思うの。つまり、門からエントランスまでの石畳のサイドに花壇を作るのってどう? 毎日マンションに出入りする日常が華やぐこと間違いなしよ」
以前やった、マンションの周りの土地をきれいにする計画の続きみたいなことを天音は提案した。
これは悪くないな。あの頃はMP不足でそこそこやっただけで終わらせていたが、いずれもっとやっておきたいと当時から思っていた。
「自分も賛成ッス。花があると心が和みまスッから」
ほら土屋も言っている。
……土屋?
俺と同じことを思ったのか、住民達の視線が土屋に集中する。
人は見かけによらないというのは真実らしい。
土屋のおかげかどうかは定かではないが、花壇を作る案も満場一致で可決した。
そこからはどの花を植えるとか、新しい木も欲しいとか、花だけじゃなくて観葉植物をエントランスに飾りたいとか、そんな話が盛り上がり、マンションをどう華やかにするかの喧々諤々の議論が続いたのだった。




