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第94話 怪盗の背後に黒幕がチラつくけど怪盗のくだらない失恋話がノイズすぎてどうでもよくなった

 怪盗って要は泥棒じゃないですか。だけど、なんかかっこいいかもとか思わせるブランディングが必要なんだと思いますね。


 売り出し方は人それぞれかと思いますけど、苦労話メインに据えてる怪盗ってなんか方向性間違ってる気がしますよね……。



〜 〜 〜



 刑事の知り合いが怪盗クラウンってやつを捕まえたいらしくて、私に連絡が来ました。ただの一般人なんですけどって返したら、「あんたは事件を引き寄せるから怪盗も釣れるだろう」って言われて張り倒してやろうかと思いました。エサじゃないんですけど、私。


 平日の深夜というアホみたいな時間に来いとか言われてイラついてたんですけど、警察から会社に事情を説明してくれるみたいなんで、仕方なく行くことにしました。



※ ※ ※



 深夜の美術館に行ってしばらくしたらホントに怪盗クラウンが現れまして、内心めちゃくちゃ舌打ちしました。こいつが来なければ私が事件引き寄せてるって説が崩れたのに。


 バカみたいに仮面とマントとかつけたいかにも怪盗って感じの怪盗クラウンが笑います。


「怪盗クラウン参上。どうだね、大人しく白い光玉(こうぎょく)を差し出す気になったかね?」


 刑事たちがうろたえてたんで、私が対応するハメになりました。


「ここにないですよ。っていうか、怪盗クラウンとかダサいからさっさとやめた方がいいですよ」


 この怪盗とは何回か会ったことあるんですけど、自分の中の怪盗のイメージがカビ臭くて見てられないんですよね。なんでこういう人ってイメージをアップデートできないんですかね?


「私だって忙しい中、白い光玉の噂を聞きつけてやって来たのだ。明日も早番のバイトがあるんだぞ」


「怪盗がバイトしてんじゃないよ。確かファミレスで働いてんだっけ?」


「ふふふ、よくぞ覚えていたな。だが、最近は人間関係がキツくて別のバイトを探している」


「そんな事情どうでもいいんだよ。っていうか定職つきなさいよ」


「怪盗にとって、フットワークの軽さは武器になる。それを捨てさせようとは笑止」


「売れない芸人みたいなことまだ言ってんですか。とにかく、さっさと捕まってください。そしたら早く帰れるんて、私」


 刑事たちがやっと自分たちの仕事を思い出して怪盗クラウンを囲みます。


「こんなことをしても無駄だ、怪盗クラウン!  大人しく捕まるんだ!」


 これで速攻帰ってゆっくり寝て、明日は午前休にしようとか思ってたら、怪盗クラウンが笑うんです。



※ ※ ※



「私だって、こんなことはしたくないのだよ」


 なんか余裕ぶっこいて怪盗クラウンが首を振ります。っていうわりには怪盗としてキャラ作り込みすぎだよね、こいつ。刑事が言います。


「美術館に侵入しておいてそんな言い訳は通じないぞ」


 怪盗クラウンがゆったりと話し始めます。いつも思うんですけど、こういう時にいちいち喋らさせないで問答無用で捕まえればいいよね。


「ある時、私の前にイッセイミヤケみたいな服を着た男がやって来たのだ。彼が語ったのは、白い光玉の秘密だった。白い光玉は水晶の玉だが、その中には重要なデータが収められているらしい」


「データ、だと?」


 刑事が訊くと、どうやら水晶にデータを直接刻み込める技術があるみたいです。そんなんいいから早く捕まってほしいんだけど。明日の朝パンケーキでも食べようかなって考えてんだから、こっちは。とか思ってたら、怪盗クラウンが言います。


「その時、私はファミレスの新メニューを覚えられなくて店長に怒られまくっていた。そんなストレスフルな状況を狙い撃ちしに来たのだろうな、その男は」


「出来の悪いバイトを狙うくらい見境なかったんだろうね」


 って皮肉で言ってみたんですけど、怪盗クラウンが悔しそうに歯軋りするんです。


「給料も少なく、社員が口うるさいくせに、女子のバイトには親しげに距離を詰めるのが嫌だったんだ」


「あんたのバイトの愚痴なんか聞きたくないんだけど」


「だが、とある重要なSDカードの中身を白い光玉の中に移したという話を聞いて、私の怪盗魂に火がついたのだよ」


 こいつに怪盗魂なんてものがあるなんて思いませんでした。刑事がうなずきます。


「それで怪盗行為を繰り返してきたというわけか」


「そのファミレスの社員が、私が密かに想いを寄せていた咲耶ちゃんと休みの日に手を繋いでいたのを見たのが私を駆り立てることとなったのだ」


「ただ失恋しただけじゃねーか」


 思わずツッコミを入れたら、怪盗クラウンが泣きそうな声漏らすんです。


「だって、2年くらい好きだったんだぞ」


「知らないよ。その間にただ遠くから見てただけなら関係性進めなかったあんたが悪いでしょ」


「咲耶ちゃんはそんなに軽々しく距離を詰めていい子じゃない」


「その社員と手繋いでたんなら、咲耶ちゃんは距離詰められるのがよかったんでしょ」


「私を論破しようとするな」


「あんたが言い合いに弱いだけでしょ。普通のこと言ってるだけなんだけど。っていうか、咲耶ちゃんのことなんかどうでもいいんだよ。さっさと捕まって。早く帰りたいんだよ、私は」


 刑事たちが詰め寄ります。怪盗クラウンがステッキを取り出して牽制します。


「私は白い光玉を手に入れて咲耶ちゃんを振り向かせるんだ!」


「そんなんで振り返らないでしょ、咲耶ちゃんは。それ以前にあんた正体隠してんじゃん」


 って私が言ったら、怪盗クラウンが頭を抱えます。


「くそぉ、私は正体を明かすべきなのか……!?」


 まずは白い光玉手に入れてから悩んでほしいんですけど、刑事たちがなんか同情を寄せてる隙に怪盗クラウンが逃げてました。刑事が悔しそうに言うんですよ。


「あと一歩でしたね……」


「あんなアホに同情するからですよ」


 なんの成果も得られないまま帰ることになりました。めちゃくちゃ無駄な時間過ごしました。


 とにかく、怪盗クラウンにはバイト先で問題起こす前にさっさと別のバイト探してほしいもんです。咲耶ちゃんがかわいそうすぎる。っていうか、バイトの子に手出す社員も社員だけと、乗っかる咲耶ちゃんも咲耶ちゃんでやばい奴だよね。

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