第84話 殺人の被害者が鳥に生まれ変わってたんだけど空飛べるようになった感動ばかり伝えてくる
事件に巻き込まれてから動物に生まれ変わって真相を誰にも伝えられない人って皆さんのまわりにもよくいるんじゃないでしょうか。人っていうか、犬とか猫とかの動物になってると思いますけど。
あれってめちゃくちゃマイナーな動物とかめちゃくちゃ危険な生物に生まれ変わったら気苦労絶えないんでしょうね。生まれ変わって初めて分かるその動物の苦労とかもありそうですし。
この前会ったのは、生まれ変わったら動物の良さに酔いしれてるみたいな奴で色々しんどかったです……。
〜 〜 〜
「ちょっと私と一緒に来てください!」
見たことある女の人が急に家に来て私を外に連れ出そうとするんです。この人、動物探偵だって思い出したんです。動物と喋れるんですよ。
「なんで私の家の場所知ってんの?」
「動物たちに聞きました! そんなことより来てください」
動物と喋れる力使って私の家特定してんじゃないよ。力の無駄遣いでしょって思いましたけど、黙っておきました。
「未解決事件の被害者が鳥に生まれ変わって恋人のもとにやってきたんです! さ、鈴木さん、一緒に来てください!」
ありがちなパターンだなぁとか思ってたんですけど、なんで私なんだよって思いましたよね? 私もそう思ったんです。ちょうど衣替えでクローゼットの中を整理してたんですよ。外出たくないじゃないですか、そんな時に。
「いや、あの、私、いま忙しいからパス」
「この前、一緒に事件解決した仲じゃないですかぁ」
あー、私、こいつに仲間だと思われたんだ……。以前の事件がしんどかったって記憶しかないからめちゃくちゃ嫌だったんですけど、なんか近所の動物集めて私を説得しようとしたんで、仕方なく行くことにしました。
※ ※ ※
「あの人がいつもくつろいでいたベランダの椅子で、あの鳥が寝ているのを見てピンときたんです。あの人なんだ、って」
とあるマンションの一室で被害者の彼女がそう語ります。よくもまぁそれだけのことで確信できたもんです。とか思ってたら、動物探偵がポロポロ泣き出してんです。
「あなたを思う気持ちが彼をここに連れてきたんです。愛ですねぇ……」
こんな安いドラマみたいな設定でよく泣けるな。流行りの俳優使った退屈なラブコメ映画で、まわりの人たちがワンワン泣いてるのにあまりの温度感の違いを痛感して映画館でめちゃくちゃ興醒めしたのを思い出しました。
「鈴木さん、私が話しかけたところ、確かに生まれ変わりだって認めたんですよ。どうです、すごいでしょ?」
動物探偵が得意げに言います。だったらそのまま犯人訊いて勝手に解決しとけばよかったのに、なんで私を呼んだんですかね?
「動物に生まれ変わるのって特に珍しいとは感じないけどね。で、なんでさっさと話聞かないの?」
「やっぱり、探偵は助手と行動を共にすべきだなって思ったんですよ!」
「いや、私、助手じゃないんだけど」
「ささ、ベランダに行きましょう!」
早く帰りたい。
※ ※ ※
「あなた本当に生まれ変わりなんですか?」
ベランダの椅子の上に丸まってる鳥に話しかけました。なにしてんだ、私? めちゃくちゃバカみたいじゃん。私の言葉を動物探偵が通訳します。そしたら、鳥がこっち見て動物探偵とチュンチュンやってんです。やっぱりホントに喋れるみたい。
「その通りだって言ってます」
被害者は数ヶ月前に街の裏路地で殺されてるのが発見されて、なんの手がかりもなく事件が迷宮入りしてたみたいです。
「で、誰があなたを殺したんですか?」
早く帰って衣替えの続きしたかったんで単刀直入に訊いたら、動物探偵がめっちゃ嫌な顔してきました。
「鈴木さん、情緒ってものがないんですか。最初はなんかクッション的な話題から入るのがセオリーじゃないですか?」
「知らないんだよそんなお約束。あんたの理想の探偵像を押しつけないで。私はさっさと帰りたいの」
「じゃあ、鳥に生まれ変わったことについて訊いてみますね」
「勝手に質問決めんなよ」
って言ったんですけど、勝手に自分の質問ぶつけてんです。私が来た意味ないじゃん。動物探偵が鳥とチュンチュンやって通訳してきます。
「空飛べるってめちゃくちゃ気持ちいいよって言ってます!」
「要らないんだよそんな感想。早く事件のこと訊いてよ」
動物探偵が鳥と盛り上がってます。鳥が羽をバタバタさせてます。私あまり鳥好きじゃないかも。変な病気持ってそうだし。
「空気というか風に羽をグッと押しつけてブワッと浮き上がるあの瞬間がたまんないんだよって言ってます」
「あー、そりゃよかったね。で、誰に殺されたの?」
「鳥に生まれ変われてよかったー、ですって」
「殺されたことに対して何もないのかよ?」
「空飛びながらうんこするのがとてつもない解放感で最高だって言ってます」
「鳥になった気持ちどうでもいいから。早く事件のこと訊けって」
「最近じゃ、下にいる奴にうんこ当てる練習してるらしいですよ」
「ふざけんな、最低じゃねーか。鳥ライフ満喫してんじゃないよ」
そしたら、被害者の彼女が重苦しく口を開きます。
「ねえ、朔斗、わたしはあなたが突然いなくなって、ずっと寂しかったんだよ? こうやってここに来てくれたってことはわたしのこと思い続けてくれてたってことなんでしょ?」
なんか悲劇のヒロインに酔いしれてますよ、この女。この人もこの人でドラマの観すぎというか、なんかめんどくさそうなんですよね。私と話題合わなそう。動物探偵が鳥の言葉を通訳します。
「まあ、ここならなにもしなくても飯くれそうだったからなぁって言ってます」
なんで言わなくていいこと言うんだよ、この鳥。っていうか、朔斗。動物探偵も通訳しなくていいんだよ。案の定、恋人が怒り出しました。
「わたしがどれだけあなたのこと心配してたか分からないの?! なんであなたはいつもそうやって自分のことばかり……!」
鳥に生まれ変わった彼氏と喧嘩するってどんなメンタルなんだよ、この女。彼氏が鳥ってこと受け入れすぎでしょ。動物探偵がさらに通訳します。
「まあ、空飛べないと細かいこと気にするようになっちゃうよなって言ってます」
鳥になれたことでなんかマウント取ってんです、この彼氏。そしたら、彼女の方も言い返すんですよ。
「わたしは両手で細かい作業もできる! あなたは手も使えないでしょうけど! わたしは細かい作業を通じて繊細な心を培ってるの! あなたには分からないでしょうけどね!」
なんで人間の特徴で言い返してんの、この女? っていうか、殺人の話はどこいったんだよ。早く本題に戻れよ。動物探偵が彼氏の代弁してきます。痴話喧嘩の通訳してる自分を疑問に思えよ。
「お前には、丸呑みした食べ物が身体の中で勝手にすり潰される時のあの爽快感分かんねーだろって言ってます」
アホすぎる主張に思わず私がツッコミ入れちゃいました。
「どんなマウントの取り方だよ。っていうか、さっさと事件の話しろ!」
とか言ってたら、彼女の方もヒートアップしてんです。
「はあ? わたしは食べ物をしっかり咀嚼して味わいながら食べる方が遥かにいいと思うけど! あなたは味わいもせず食べるの好きだったよね! わたしの作った料理ただ黙って食べるだけで、ごちそうさまも言わなかったし!」
「同情するけど今する話じゃないからそれ。クソみたいな喧嘩しないで」
私の言葉を無視してふたりは延々と喧嘩してました。なんなんだよ、この時間。こんな低レベルな喧嘩観戦することになるならクローゼットの整理してた方が100倍マシだったわ。争いは同じレベルでしか起こらないって本当だったんですね。
喧嘩してたら、鳥の言葉を動物探偵が通訳してきます。
「腹減ったって言ってます」
彼女が仕方ないなみたいな顔してキッチンで料理し始めます。適当に鳥の餌とか持って来りゃいいのになんか仲直りの証だみたいな顔して腕によりをかけてんです。
彼女の料理をなぜかみんなで食べることになったんですけど、めちゃくちゃマズかったです。そりゃごちそうさまも言わないわ。鳥と人間の喧嘩見せられてクソまず料理食べさせられて、めちゃくちゃ無駄な時間でした。
事件のことですけど、鳥に生まれ変わって鳥頭になったらしく誰にやられたのか覚えてないらしいです。もう迷宮入りでいいよ。




