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第80話 身体中にタトゥーの彫られた記憶喪失の人が自分の境遇にワクワクしててなんか楽しそう

 全国の記憶喪失の皆さん、朝目覚めたら自分の身体にタトゥー彫られてないかチェックしてみてください。全然意味が分かんなかったら、あなたは主人公とか物語のコアになる存在です。


 でも、だからといってテンション上がったりしないでくださいね……。



〜 〜 〜



 海っていつの間にか入って遊ぶものから眺めて楽しむものになったよね〜とか頼光寺(らいこうじ)と喋ってたんです。頼光寺ってのは、私の10年来の女友達なんですけどね。


 で、頼光寺の車で海を眺めに来たんです。こういう突発的な遠出をたまにするんですよ、私たち。で、ふたりで防波堤みたいなところに座ってたら、頼光寺が指差すんです。


「ねえ、砂浜に誰か倒れてない?」


 男の人が砂浜に横になってます。ビショビショの服のままでした。私たちが駆け寄ったタイミングで倒れてた男の人も目が覚めたらしく起き上がってました。


「大丈夫ですか? 救急車呼びましょうか?」


 って頼光寺が訊いたらこう返ってきました。


「ここはどこ? ワタシは誰?」


「うわー、ベタだけどリアルに聞くの初めてだわ、そのセリフ」


 思わずそう言っちゃいました。つまり、この男の人、記憶喪失なんですよ。



※ ※ ※



 男の人を病院に連れて行ったんですけど、しばらくしたら警察が来たんです。


「実は昨日、近くで事件がありましてね。彼が関係者の可能性があります」


 ってことでした。なんで思い立って海眺めに来てんのに事件に巻き込まれるんですかね、私は。警察の人と話してたら、看護師さんが飛んできました。


 警察の人と部屋に向かうと、男の人が上半身裸になってて、その身体の表面にめちゃくちゃタトゥーが彫られてんです。ペイズリー柄みたいな独特な模様がブワーっと描かれてます。


「見てください! ワタシの身体、タトゥーまみれです! これは何か意味深ですね!」


 男の人がなんかテンション上がってんです。変な奴かもこの人って思って、さっさと帰りたくなったんですけど、頼光寺も、


「これはミステリーの予感だね」


 とか言って目を輝かせてたんで、私だけ退散するわけにもいかなくなりました。



※ ※ ※



「実は、昨夜、近くで何体もの動物が集められて儀式的に殺されているのが見つかったんです。現場には、血で文様が描かれていて呪術的なものだと見られているんです」


 警察の人がそう言うと、タトゥーの人が顎に手をやります。


「それはやばいですねー。で、全身に奇妙な文様のタトゥーが入った男が見つかった、と」


「めちゃくちゃ他人事みたいに言わないでくださいよ」


 って私が言ったら、タトゥーの人が目をキラキラさせてんです。


「いやだってこのパターンはワタシが握っちゃってるやつですよ、事件の鍵を」


 そしたら頼光寺もうなずいてんです。あまり焚きつけないでほしいんですけど、頼光寺ってこういう感じのドラマとか映画好きなんですよ。


「確かに! なんかそのタトゥーにも意味がありそう!」


「このタトゥーと同じ模様を描く呪術師が現れて、ワタシ自身が呪物だと判明する、みたいな展開かもしれませんよ!」


 なんかタトゥーの人と頼光寺がキャイキャイ盛り上がってんです。自分の置かれた状況分かってんのかな、この人? でも元気そうだからいいか。


「じゃあ、ワタシのことは≪ブードゥー≫と呼ぶことにしましょう。その方が不気味な感じも出ますよ」


「なんで自分に不気味な名前つけてんですか」


 警察の人と目が合ってお互いに苦笑いしちゃいました。こんなに元気で、やばいかもしれない境遇をワクワクしてる記憶喪失の人なんて初めて見ましたよねって感じで。



※ ※ ※



「いやぁー、『メメント』みたいに記憶を失うからそれをカバーするためにタトゥーを彫ったってこともありそうですけど、それにしちゃ、背中にもありますもんねえ。いや、わざと記憶を失って、重要な情報をタトゥーに込めたってパターンもあるか」


 なんかブードゥーがめちゃくちゃ喋るんです。記憶喪失なら記憶喪失らしくもうちょっと大人しくしててほしいんですけど。自分がとんでもないことに関係してるかもって戦慄しててほしいんですけど。っていうかもう帰りたいんですけど。とか思ってたら、頼光寺に訊かれました。


「ねえ、鈴木、この件について何か分かんないの? 色んな事件解決してきたんでしょ?」


「いや、そんなことは──」


「そうなんですか!」


 ブードゥーが身を乗り出してきます。頼光寺が変なこと言うからこのバカにまた燃料が投下されたよ。


「ってことは、ワタシと鈴木さんがコンビを組んで呪術師と戦うみたいなくだりがあって、戦いの後には絆が深まって結ばれるみたいな感じですかね!」


「あ、絆深めないようにするんで大丈夫です」


「いや、でも、実はワタシには付き合っている彼女がいて……っていうちょっとしたラブコメ要素も……」


「そんなくだらないドラマ求めてないんですよ」


 とか言い返してたら、ブードゥーがハッと息を呑むんです。警察の人が真剣に尋ねます。


「なにか思い出されましたか?」


「実はワタシは記憶喪失じゃなくて、この文様に釣られてやってきた敵を倒す作戦なのかも」


 ずっこけそうになりました。


「記憶あるなら自分で分かるでしょ」


「あ、そうか」


 ダメだ、こいつ。とか思って、マジマジと見てたら、タトゥーの模様がめちゃくちゃ細かいアルファベットでできてることに気がつきました。しかも、ローマ字でなんか文章が書かれてんです。


「tamagosankoto……卵3個と……myouganiko……みょうが2個……。え? レシピじゃんこれ」


 ローマ字で色んな家庭料理が書かれてるだけでした。ちなみにさっきのはみょうが入りの卵焼きの作り方。なんで家庭料理のレシピなんだよとかなんでローマ字なんだよとか思ってたら、聞き込みに行っていた警察の人が戻って来ました。


「地元の不良たちが動物を集めてたのが目撃されたようです。ちょっと行ってきます」


「え、あの、ワタシの活躍の場はどこに?!」


 ブードゥーが悲しそうな顔してます。こいつと呪術師倒しに行くことにならなくて助かりました。



※ ※ ※



 なんかブードゥーが憐れだったんで、頼光寺と一緒にタトゥーに書かれてた料理作って食べさせたら急に記憶取り戻しました。


「あ、そうだ。当時付き合ってた子がワタシの身体をメモ帳代わりにしてたんだった」


「その女やばすぎでしょ」


「でも料理上手だったんですよ」


「知らねーよ」


 ブードゥーがこれを機にとか言って友達になろうとしてきたんで、はぐらかして解散することにしました。友達から始めて付き合おうと企んでる目してたんで。最後は頼光寺もその雰囲気感じ取って盛り上がるのやめてました。

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