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第78話 噛まれた人もゾンビになるっていうのが醍醐味なのに肝心の感染能力がなくてみんなガッカリしてた

 ゾンビって襲われる恐怖よりも臭そうっていう方が優先しちゃいますよね。こんなこと言うとゾンビの皆さんには申し訳ないんですけど。


 この前、ゾンビに会ったんですけど、確かに臭かったんです。でも、臭い以上に変わったゾンビだったんです……。



〜 〜 〜



「な、なんだ、こいつは……!」


 突然、山荘に現れた汚いおじさんが見境なく私たちを追いかけ回すんですけど、いくらぶん殴っても起き上がってくるんです。


「ゾ、ゾンビよ……!」


 女の人が叫ぶんですけど、確かになんか肌が崩れてるし目も濁ってて、うーうー唸ってるんです。あと臭いんです。


 なんか噂になってたんですよ。この山には戦時中に怪しげな研究をしてた施設があったんだって。そこでは超能力とか遺伝子操作とか不死の研究をしてたらしいんです。とりあえず、みんなで武器になりそうなもので滅多打ちにしたんですけど、全然死なないんです。


「頭を潰すぞ!」


 屈強なお兄さんが山荘にあった消防斧を持ってきて、それをゾンビの頭に叩きつけてなんとか倒したんです。みんな汗だくですよ。ゾンビ1体倒すのに15分くらいかかりましたからね。


 よかったーとか思ってたら、屈強なお兄さんの恋人がワナワナ震えてるんです。


「ねえ、ノリくん、その腕……!」


 ノリくんの二の腕にはゾンビに噛まれた痕がはっきりとついてんです。ノリくんが微笑みます。


「みんなを……、そして、渚、お前を守れたのならそれでいいさ……」


 とか言って、消防斧を放り投げて床に座り込むんです。渚さんが駆け寄ろうとするんですけど、ノリくんが止めるんです。


「俺はもうじきゾンビになる。近づくんじゃない」


「でも、ノリくん……!」


「こんな不器用な俺と一緒にいてくれてありがとうな。これからはもっといい奴と幸せになれよ」


「ノリくん!」


 ノリくんが友人に消防斧を手渡してます。


「たっちゃん、俺がゾンビになったら、こいつで俺の頭を潰してくれ……」


「そ、そんなことできねえよ、ノリ!」


 この3人は仲良さそうで山荘の中でもいつも一緒に行動してたんです。私たちみんなで3人の別れを見守ることにしました。



※ ※ ※



「どうだ? 何か変わったところはあるか?」


 たっちゃんが訊くんですけど、この小1時間、腐るほど耳にしたセリフです。なんか全然ゾンビになんないんですよ、ノリくん。みんなもまだなの? みたいな空気感出してんです。ノリくんが首を傾げてます。


「うーん……、まだ何も感じないな」


 たまたま居合わせてた医者が熱とか測ってんですけど、おかしいなぁみたいに首捻ってるんです。


「ちゃんとゾンビには噛まれてるんだけどなぁ……」


 どうせゾンビになるからって理由で噛まれた傷口そのままなんですけど、噛まれて血出てますからね。渚さんが困った顔してます。


「てっきりもっと早めにゾンビになると思ってたんだけどね。意外と時間かかるもんなのかな?」


 なんでちょっと冷静に分析してんだよ、渚さん。なんかみんなもちょっとだけゾンビになるの期待してんです。医者が言います。


「潜伏期間が長いのかも。もうちょっと様子見てみましょう」


 原因不明の熱出てる時の診察みたいなこと言うんで、みんなでコーヒーとか飲みながら待つことにしました。山降りて病院行くとかいう選択肢ないんかいって思いましたけど、山道が昨日の雨で崩れてたんでした。



※ ※ ※



「そろそろ意識がボヤッとしてきた頃なんじゃないか?」


 たっちゃんが消防斧片手にノリくんに訊くんですけど、ノリくんは曖昧に首傾げるだけです。


「たぶん、もう少ししたら俺の言動もおかしくなって、ちょっとずつゾンビになると思う。だからもうちょっと待ってくれ」


 覚悟が固いのか知らないですけど、なんかノリくん自身もゾンビになるの待ってんです。嫌がれよ。たっちゃんはため息ついて消防斧を握りしめてます。


「俺はいつでもお前のこと殺せるから。ちょっとでもゾンビになりそうだったらすぐ教えてくれ」


 いつの間にそんな覚悟できたんだよ、たっちゃん。もう殺す気満々じゃん。ちょっとさっきチラ見したけど、たっちゃんと渚さんがもうくっつきそうなんですよ。ノリくん見限るの早すぎなんだよ。せめてゾンビになってからにしろよ。



※ ※ ※



 もうすっかり夜も更けてきたんですけど、全然ノリくんがゾンビにならないんです。待ちくたびれたおじさんが、今までは黙ってたんですけど、急にテーブルを叩きました。


「おい、いつになったらゾンビになるんだ! 何時間待ってると思ってるんだ!」


 いつの間にか噛まれたところに包帯巻いてみんなと一緒にコーヒー飲んでたノリくんが申し訳なさそうに頭を下げます。


「すいません、俺も早くゾンビになりたいんですけど……」


 どういう謝罪なのか分からないんですけど、おじさんは舌打ちして自分の部屋に戻って行っちゃいました。他の人たちもなんかノリくんを見てヒソヒソ喋ってんです。


「ねえ、まだゾンビにならないの?」

「分かんない。なるんだったら早くなってほしいよね……」

「さっきあんなに別れを告げたのにねぇ……」


 なんかゾンビにならないのが悪いみたいな空気なんです。そんな中で医者が戻ってきて言うんです。


「もしかしたら、あのゾンビは感染しないタイプなのかもしれませんね」


「ゾンビの唯一の取り柄なのに?」


 渚さんが呆れたみたいに言うんです。感染力ってゾンビの取り柄だったの? ノリくんも残念そうです。


「でも感染するタイプかもしれないんですよね? そうだと言ってください……」


 なんかすがるように言ってんですけど、ゾンビになりたいのかよ、こいつ? 医者が首を振ると、もう諦めようかみたいな空気でみんなが部屋に戻っていきます。ホエールウォッチングに来たけど会えなかったみたいな感じなんです。渚さんが立ち上がってノリくんを睨みつけます。


「ノリくんさ、あんなに感動的なお別れをしたのにまだゾンビにならないなんてひどくない?」


 ひどいのはあんただよって思いましたけど、黙ってました。さすがにノリくんも不服そう。


「俺だってゾンビになると思ってたよ。でもならないんだからしょうがないだろ」


「いつもそうやって嘘つくよね、ノリくんって……。免許も取るって言ってまだ全然取れてないし」


「それとこれとは話が別だろ」


 なんかゾンビきっかけで痴話喧嘩始まりましたよ。それもこれもあのゾンビが感染力ないせいだよ。たっちゃんが間に入ります。


「喧嘩するなって! 渚ちゃん、ノリだってゾンビになりたくないわけじゃないんだからさ」


 どんな仲裁の仕方だよ。っていうか、さっさとゾンビになってほしいだけでしょ、たっちゃんは。


 その後、たっちゃんがゾンビの血を取ってきて3人でノリくんの傷口に塗り込んだりしたんですけど、結局ノリくんはゾンビになりませんでした。っていうか、どんだけゾンビにさせたかったんだよ、たっちゃん。


 後日、ゾンビが発見されたけど感染能力ありませんでしたってニュースが流れて世間もガッカリしてました。よく分からないんですけど、ノリくんが謝罪会見開いて「ゾンビに噛まれたのにゾンビになれず申し訳ありません」って頭下げてました。

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