第71話 タイムリミットサスペンスの主人公がいくらなんでも慌てすぎてる
元FBIの奥さんを誘拐しようとしてるテロ組織の人に言いたいんですけど、もっと弱そうな人の奥さん狙った方がいいですよ。
あと、元FBIの人にも言いたいのが、急ぐ気持ちは分かるんですけど物ぶっ壊したりするのやめてください。
この前それで大変な目に遭ったんですよ……。
〜 〜 〜
久々においしい角煮作ってやろうと思って、煮込みの段階までいってたんですけど、いきなり部屋のドアがぶち破られました。なんだと思って玄関行ったら、屈強な男の人がいるんです。
「ああ、鈴木さん! 落ち着いて聞いてくれ!」
「ドアぶち破ってきた人に言われたくないんですけど。っていうか、誰ですか?」
「俺のことを覚えてないのか。以前、不死身の探偵の事件の時に一緒にいた元FBIだ!」
「不死身の探偵のインパクト強くて他のこと覚えてないんですよね」
でも確かに言われてみれば、なんか不死身の探偵のまわりでなんかチョロチョロしてた気もします。そしたら元FBIが言うんですよ。
「鈴木さん、不審なSDカードを持ってるだろ? そいつを渡さなきゃ72時間以内に俺の妻が殺されるんだ!」
「わりと余裕ありますね。ドアぶち破るほどじゃないでしょ」
元FBIは私の話聞かずに部屋の中に入ってきます。しかも土足で。あとで掃除しないととか思ってたら、部屋中を引っ掻き回すんです、こいつ。
「SDカードはどこだ!」
「いやそんなの持ってないんですけど。っていうか、あとでちゃんと元に戻してくださいよ」
「くそっ!」
SDカードが見つからないのが悔しいのか、元FBIがテレビ蹴っ飛ばして壊しました。長年使ってたけど買ったばっかだって言って弁償させよう。
「SDカードがなければ妻は……! 妻は……!」
なんか悲劇のヒーローみたいに叫んでます。巻き込まれたこっちの身にもなってほしいもんです。角煮の様子確かめてたら元FBIが叫び出しました。
「こうなったら力ずくで妻を助け出すしかない!」
「できれば最初からそうしてほしかったんですけど。部屋の中ボロボロなんですよ、こっちは」
「俺は車を調達する! 君はマンションのエントランスまで来てくれ!」
「いや、私、角煮作ってんですけど」
って断ったんですけど、元FBIが窓ガラス破ってベランダから雨樋滑り降りて駐車場に降りて行きました。いくらなんでも急ぎすぎでしょ。見てたら、駐車場にいた人に銃突きつけて車貸すように言ってんです。やり口がFBIすぎません?
「おい、早く来てくれ!」
「共犯に思われたくないから私を呼ぶのやめて!」
仕方ないからスマホ持って行くことにしました。角煮は……弱火にしとけばいいか。
※ ※ ※
「ええと、何してんですか」
元FBIが車の運転席でソーイングセット使って腕の切り傷を自分で縫ってました。
「窓を破った時に切ってしまったらしい。だが、大したことはない」
「自業自得でしょ。っていうか、こんな序盤も序盤にやることじゃないんだよ。死闘の中で敵にナイフでやられた人がやっていい治療なんだよ、それは」
で、車を走らせるんですけど、普通に歩道に乗り上げて爆走するんです、こいつ。
「車道空いてんですからそっち走ってくださいよ」
通行人たちが華麗なローリングで車を避けていきます。途中に店先の八百屋の箱吹っ飛ばしてりんごか散乱しましたけど、昨日まであんなお店なかった気がしますよ。とか思ってたら、どこからともなくパトカーのサイレンが聞こえてきます。
「めちゃくちゃ警察追ってきてますよ。絶対撒いてくださいよ。角煮焦がしたくないからこれ終わったらすぐ帰りたいんです」
「舌を噛むなよ!」
なんかよく分からないドライビングテクニックでパトカーが何台かトラックに突っ込んで自滅しでました。元FBIが運転しながら最後の1台のタイヤに銃撃ちまくったら、よく分からない原理でパトカーが吹き飛んでようやく警察を撒くことができました。明らかに日本警察の敵に成り果ててますよ、こいつ。
※ ※ ※
廃工場のフェンスをぶち破って車が爆走します。すぐ横に通れるところあったんですけど、いちいち物壊さないと死ぬんですかね、こいつは?
車降りたら、ボコボコになった車が沈黙しました。持ち主さんごめんね。っていうか、私が謝る必要ないか。
廃工場の中でなんかよく分からない組織の奴らとバカスカやった元FBIが傷だらけで戻ってきました。
「つ、妻の居場所を突き止めたぞ……」
「角煮があと40分くらいで煮込み終わるんで早くしてください。あと、部屋の弁償とか絶対に忘れないでくださいよ」
車が壊れちゃったんで、最寄りの駅から電車使うことになったんですけど、元FBIが改札飛び越えて行っちゃうんですよ。
「Suicaとかでピッてやればすぐ通れるんだから、それくらいはちゃんとしてくださいよ!」
私はスマホ持ってきてたんで、ピッてやって駅に入りましたよ。私そういうのはちゃんとしたいんでね。
電車乗ったら元FBIが先頭車両に走っていって、運転席の後ろでヤキモキしてんです。はたから見たら運転席見てワクワクしてる小学生みたいなもんですよ。
「くそ、急げ……急げ!!」
「別に先頭車両だから早く着くとかないですからね」
「俺は、妻を愛している……。必ず助け出すんだ……!」
「だからって焦りすぎなんですよ。私の部屋めちゃくちゃにする必要なかったでしょうが」
「俺には、俺には時間がないんだ……!」
「海外じゃタイムリミットあっても途中でよく分からない女と一発やったりしてますよ。もうちょっと余裕持ちましょう」
とか言ったんですけど、降りた駅の改札も飛び越えていきました、この男。なんで人の話聞かないんだよ。奥さんも毎日大変そうだな。
※ ※ ※
それからフェリーとか乗って変な島に行き、よく分からない連中をなぎ倒して元FBIが奥さん助け出してました。
ふたりが感動的に抱き合ってんですけど、私ついてきた意味ないよね? っていうか、72時間の猶予はなんだったの? 小1時間くらいで解決しちゃってんですよ。敵ももっと厳しいタイムリミット設定すればよかったのに。
ボロボロの家に帰って、角煮燃え尽きたかもとか思ったら、IHの機能で火止まってました。IH最高。
ちなみに、後日、元FBIからめちゃくちゃな金額が振り込まれてました。いや、そんなことより後片付けとかしに来いよ。




