第70話 解決編になった途端に推理の審査員が登場してきた
探偵の皆さんも説明ばっかりの解決編が盛り下がらないように色々工夫されてると思うんですけど、聞き手側も積極的に推理に参加していくことが大切ですよね。
とはいうものの、この前遭遇した推理の場がやばかったんで、あれだけはマネしないでほしいですね……。
〜 〜 〜
三橋家っていうでかい家で殺人が起こったんですけど、なんかめんどくさい探偵が3人も居合わせてたんですよ。それだけでめちゃくちゃげっそりしたんですけど、探偵たちがなんか分かったみたいな空気出した瞬間にどこからともなくふたりの男が現れたんです。
「さあさあ、やってまいりました。三橋家の殺人推理グランプリ! 司会を務めます仕切家まぐろですー! そして、今回の審査員長は!」
なんか勝手に審査員席持ち込んできたおじさんが頭下げてます。
「あ、最近豆苗にハマってます、ミステリー愛好家の坂田です」
ただのミステリー好きのおじさんじゃん。っていうか、いきなりなにが始まったんだよ? とか思ってたら、MCの仕切家まぐろがマイク片手に軽妙に続けるんです。
「さ、というわけでね、中庭で三橋家当主の幸輝さんが殺されてしまいました。雨でぬかるんだ中庭には足跡がひとつもありません! 容疑者は4人の息子たち! 果たして犯人は誰なんでしょうかね、坂田さん?!」
「うーん、難しいよね。密室みたいなもんだからね。今回もきっとユニークな推理が見られると思うんで、非常に楽しみです」
なに普通に喋ってんのよ、この人たち? 人死んでんのにめちゃくちゃポップじゃん。幸輝さんも死んだ気がしないよ、きっと。とか思ってたら、仕切家まぐろが声を上げます。
「今回のエントリーは3名なんですが、自己紹介どうぞ!」
なんか勝手に進めてんですけど集まった探偵たちもめちゃくちゃすんなり自己紹介始めるんですよ。事件関係者も含めてちょっとは疑問に思えよ。容疑者たちもなんで黙って見守っていられるんだよ? なんでもうみんなこの場に馴染んでんの? 私だけアウェイじゃん。
「探偵の矢谷越です。今回も分かりやすい推理をお届けするぞー」
この棒読みの探偵、以前どっかの事件で出くわしためちゃくちゃ分かりづらい推理する探偵ですよ。なんかやたらとアルファベットに置き換えてくるの。
「うむ、わたくしは名探偵・藤堂兵右衛門。狼藉は見逃さぬ、というわけで優勝狙って参りますぞ」
この人も以前パーティーで知り合ったワケ分かんない推理を外してた老紳士探偵ですね。っていうか、優勝とかあるって知ってるってことはこの大会有名なの?
「ボクは猪突探偵。この名探偵の推理をここにいる皆さんにご披露いたしましょう」
こいつも知り合いなんですけど、やたらと裏を探りたがって逆張りみたいなことばっかりする探偵ですね。事件関係者が拍手してますけど、拍手するに値しないですよ、マジで。
っていうか、まともな探偵いないんですよ、この現場。ここに至るまでの私の苦労たるや、もう今の時点で汗だくですからね。ツッコミ入れまくってたからね。
※ ※ ※
「さあ、それでは、これより、運命の推理順を決めるくじ──推くじを引いていただくゲストをお呼びしましょう! この方です!」
そんなM-1みたいなくだり要らないんだよとか思ってたら、またおじさんが出てきました。めちゃくちゃ普通のおじさん。今までどこで待機してたんだよ、こいつら?
「あ、どうも。警視総監の守田正義です」
「バカなことやってないで仕事しろ!」
って思わず言っちゃいました。なんで警視庁のトップがこんなところで推理の出順決めるくじ引いてんだよ。税金返せよ。っていうか、正義と書いてまさよしって読む奴が警察官っていまどき見ないよね。
警視総監がくじ引いて、トップバッターが矢谷越に決まりました。仕切家まぐろが「うわー、この雰囲気の中トップバッターですよ!」とか言って会場を煽ってます。トップバッターだったらなんなんだよ?
※ ※ ※
矢谷越が一丁前に緊張して推理を披露し始めます。推理始まるまでどんだけ時間かかってんだよ。
「今回の事件、中庭を囲む屋敷の形が鍵を握っているんです。中庭の真ん中に倒れていた被害者の幸輝さんをOと置き換えましょう」
「アルファベットに置き換えないでって言いましたよね」
思わず口挟んだら、仕切家まぐろが「推理中はお静かに」とか言ってくるんです。やかましいわ。
「中庭に面した容疑者たちの部屋を次のように置き換えてみましょう。長男幸正さんの部屋を部屋Cに──」
なんで長男なのにCなんだよ。
「次男幸秀さんの部屋を部屋A、三男幸徳さんの部屋を部屋B、四男幸久さんの部屋を部屋Dという具合です」
もうグチャグチャなんだよ。全員名前似てるし、理解するの諦めたくなりますよね。
「それぞれを点として、ここに線分CO、AO、BO、DOが現れます。しかし、部屋Bには事件当時幸正さんがいて、部屋C'状態になっていたんです」
こいつ、すぐに当てはめたアルファベットを別のアルファベットに変える癖あるんですよ。分かりやすくさせる気ないだろ。とか思って、ふと審査員長の坂田見たらなんかヘッドホン片耳につけて熱心に推理に聞き入ってんです。モノマネの審査員かよ。
「つまり、線分BOは線分C'Oになり、線分CO、C'Oと部屋C、部屋C'を結ぶ線分CC'による三角形CC'Oができあがりますね?」
なんか得意げに会場に問いかけるんですけど、もはやなに言ってんのか分かりません。みんなもなんか眠そうです。矢谷越はさらに続けます。
「つまり、三角形CC'Oの底辺CC'の中点MからMOという線分が引けるわけです。その線分MOがOの死体移動線であり、死体を示す点Pが秒速5センチメートルで移動した時、部屋C、部屋A、部屋B──つまり部屋C'、部屋Dではアリバイが無効になるというわけなんです」
矢谷越が両手を広げると、会場をから拍手が起こります。なんか終わったみたいです。誰がなにを理解したんだよ? 仕切家まぐろが興奮したように坂田に顔を向けます。
「さあ、坂田さん! 矢谷越さんが見事にトップバッターを務めました! それでは、坂田さん、得点をお願いします!!」
何が見事だったのか分かんないんですけど、拍手の中、坂田がフリップに書いた得点を出しました。
「おおー! 68点!」
矢谷越がちょっと悔しそうに顔しかめて頭下げてんですけど、これが悪い点数だったのかも私には分かんないんだよ。ずっと何やってんの、これ? 坂田がなんか喋り出します。
「うーん、トップバッターとして会場を爆発させるような意外性を期待してたんですけどね、無難にまとまったという感じでしたねー」
なんかそれっぽいこと言ってますよ、ただのミステリース好きが。どんな経緯で審査員長に選ばれたんだよ? っていうか、今の推理のどこが無難だったんだよ。複雑怪奇だったでしょ。
「あとね、トップバッターということで色々気負っていたのかもしれないんだけどね、多少駆け足だったかな、と。そこを落ち着いてやれれば……矢谷越さん、いま何年目?」
「あ、4年目になります」
「4年目でしょ? それくらいの探偵歴ならもっと伸びると思いますね」
「ありがとうございます……!」
「点数もね、もうちょっとあげたかったんですけど、トップバッターなのでこれくらいにしました」
お笑いのショーレースみたいなことを坂田が言うと、仕切家まぐろが大きくうなずきます。
「これが基準点になりますからねー! では、矢谷越さんは暫定1位ということで、暫定ボックスの方へ!」
なんで別室で待つ必要があるんだよ? M-1参考にしすぎでしょ、この人たち。
※ ※ ※
警視総監がくじを引いて、次は猪突探偵が選ばれました。いつまでやるんだよ、この大会? 長すぎて早く帰りたくなってきました。帰って金曜ロードショー観たいんだよ。
「ボクの推理はいたってシンプルです。それは、実は亡くなった被害者は双子の片割れだったというものなんですよ」
会場からおお、って声が上がるんですけど、そんなわけないですからね。ありもしない妄想で突っ走るのがこいつの特徴なんですよ。
「犯人は、双子のもうひとりの片割れですね。廃墟になった産婦人科のカルテからその存在が明るみになるっていうどんでん返しがあると思いますね」
会場が拍手に包まれます。何に対して拍手してんのか分かりませんけど。仕切家まぐろが出てきて、興奮冷めやらぬみたいな顔してんです。
「いやー、意外な推理でしたねー!」
仕切家まぐろの隣に上戸彩みたいなのがいなくてよかったよ。いたらぶん殴ってたかもしれません。
「さあ、それでは、坂田さん、点数をお願いします!!」
坂田は76点を出しました。仕切家まぐろが、
「ということは、順位が入れ替わって……、猪突探偵が1位に躍り出たー!」
とか叫んでんです。猪突探偵もなんか小さくガッツポーズしてんです。何が嬉しいんだよ。坂田がまた寸評始めます。
「あのね、意外性があったけどね、話の構成があっさりしすぎかなー。後半に行くにつれて盛り上がるっていうのを想像してたんだけどね、ちょっと失速気味でもう一個山があったらよかったかなっていうね。ただ、意外性という点でアイディアもあり面白く聞けましたよね」
なんで毎回しっかりとコメント残すんだよ、こいつ。なんか会場のみんなも説得力ある人の話聞くみたいな空気なんです。っていうか、私さっきから会場会場って言ってるけど、なに、会場って? ただの事件現場だよね。坂田がなんかまだ喋ってます。
「でもね、この大会は探偵歴関係ないからね、アイディア一発勝負だと戦い抜くのは大変かなー。もうちょっと狡賢く振る舞ってもいいのかなって思います」
黙れよ、坂田。早く帰らせろ、坂田。
※ ※ ※
最後、警視総監が無意味にくじ引いて、藤堂探偵が出てきました。警視総監さっさと警視庁帰って仕事してほしいんですけどね。藤堂探偵が口髭をさすりながら推理を披露します。
「今回の事件、本当は第3の殺人だというのがわたくしの推理でございます」
第3のビールみたいなこと言い出して、会場がざわつきます。
「被害者は三橋さん、つまり、3。今回の事件よりも先に、どこかで第1、第2の殺人が起こっていたとしたら……?」
そういえばこのジジイ、確か以前会った時もなんかやたらと数字にこだわってましたよ。数字に縛られすぎでしょ。
「この殺人は、本当は連続殺人なのです!」
会場が盛り上がってます。なんの根拠もないのに。仕切家まぐろが出てきて、坂田に点数を促します。出たのは82点。
「おおーっと! 本日最高点だー!」
なんか会場がめちゃくちゃ盛り上がってんですけど、何がすごいのかさっぱり分かりません。まず点数の基準が不明なのよ。坂田が微笑みながら喋り出します。
「やっぱりね、探偵っぽい見た目がいいですよね。それで会場の心を掴んだ感はありますよ。さすがベテランですね。ただ、前に事件が起こってるっていう着眼点はいいんですけど、それがこの事件にいまいち噛み合ってないというか、じゃあこの事件はどうなんだろうっていうところを深掘りしてくれるかと勝手に思っていたんでね、そこがちょっと拍子抜けしたかなという印象でしたねー」
じゃあなんで82点あげたんだよって思いましたけど、黙ってました。この大会の邪魔したら申し訳ないんでね。
※ ※ ※
仕切家まぐろがマイク片手に会場を見渡します。
「さあ、藤堂探偵がベテランの技で一歩リードしてセカンドステージへと参ります!!」
いや、まだ続くんかい。さっさと終わらせてよ。とか思いつつも、最後まで付き合ってたんですけど、ラストで警視総監が捜査一課呼び出して普通に捜査始まって、速攻で犯人見つかって逮捕されてました。しかも、犯人は使用人のひとりでした。容疑者の中にいなかったんかい。
今までの時間なんだったんだよ? もう金曜ロードショーとっくに終わっちゃってんじゃん。




