第65話 裏社会から足を洗った情報屋が持ってくる情報がことごとくカス
裏社会から足を洗ったけど組織から追われてまた汚れ仕事してるって人もいると思いますけど、うまくシャバに戻ってる人もそれなりにいると思います。
シャバでの生活で牙が抜かれたとしても、やっぱりやばい奴だなとは思わせてほしいもんですよね……。
〜 〜 〜
ウチの家のベランダに黒いリボンのついた菊が置かれてたんですよ。あー、こりゃ命狙われてるなーなんて思ったんです。一輪挿しの花瓶があったんで、菊は飾っときました。
で、以前知り合った情報屋に話聞こうと思って出かけたんです。なんか物語の冒頭みたいで主人公にでもなった気分でしたよ。
※ ※ ※
「ってことがあったんですよ」
「なんでそんなに落ち着いてるんだ、あんたは……」
夕方から開くバーで情報屋と落ち合いました。ここで出してくれる裏メニューのミニたまごサンドが絶品なんですよ。粒マスタードが効いてて。
「にしても、あんた、やばい状況になってるってのに、なんでそんなにうまそうにたまごサンド食えるんだ?」
「やばいんですか? 殺人予告みたいなのってよくあるじゃないですか」
「めったにないだろ……。そんなことより、その黒いリボンの菊は闇の組織ブラックマンバが殺人のターゲットに贈るといわれてるものだぞ。奴らに目をつけられたんだ」
「私も町娘みたいな格好で踊らされるんですかね」
「マツケンサンバじゃなくてブラックマンバなんだよ」
「で、私はどうすればいいんですかね? まだ次の更新までかなりあるんで引っ越しはしたくないんですけど」
「いや、すぐに引っ越せ。命狙われてるんだから」
引っ越しってめんどくさいじゃないですか。それに、やっと今の家での生活が馴染んできたっていうのにまた新しい環境ってのは心が追いつかなそうですよね。とか思ってたら、情報屋が暗い顔してんです。
「ただ、俺にはどうしようもないんだ」
「大した情報も持ってなくて頼りにもならないかもしれませんけど、そんなに落ち込まないでください」
「それ全部あんたの感想じゃないか。いやな、実は俺の周囲にもブラックマンバの影が見え隠れしてるんだ。だから、情報屋から足を洗ったんだよ。その時に、裏社会の情報もすべて破棄したんだ」
そうなんだと思いつつ、じゃあこいつ用済みだからさっさと帰ろうなんて考えてたら、情報屋が言うんです。
「ただ、俺も情報屋の端くれだ。何もないわけじゃない。役に立たないかもしれないが、いくつか教えてやろう」
※ ※ ※
情報屋が声を潜めます。
「いいか、シンクの汚れにはレモン汁が効くんだ」
「生活の知恵の情報いらないんですよ。マジで役に立たない情報じゃないですか」
「だが、俺は情報屋から足を洗ってライフハックの発信を生業としてるんだ。だから、これくらいのことしか教えられない」
「だとしても役に立たなすぎでしょ。そんなのググればいくらでも出てきますよ」
「では、これならどうだ? 手についたニンニクのにおいは銀のスプーンなんかを手でこすると消えるぞ」
「そんな朝の情報番組レベルの小ネタ聞きたくないんですよ。こっちが知りたいのはニンニクのにおいじゃなくて闇の組織の消し方なのよ」
情報屋がうーんとか言って唸ってんです。裏社会の情報削除してもちょっとは覚えてるもんでしょ。情報屋やめて一瞬でポンコツ化するわけないんだからさ。
「じゃあ、今回の件に直接関わることを教えよう。実のところ、この状況に直面するのを恐れていたところもあるんだ」
しょうもない情報はフリだったみたいです。それにしてもつまらなすぎましたけど。
「菊は水の中で茎を折ってやると長持ちするぞ」
「いらねーっつってんでしょ、そんな情報。別に長持ちさせたくないんだよ、得体の知れない奴らからの花なんて」
いや、分かってますよ。それならまず飾るなやって皆さんが言いたいってことは。でも、もったいないじゃないですか。だから、枯れるまでは飾っとこうって思っただけなんですよ、私は。
「水の中で細菌が繁殖しにくいように10円玉を何枚か入れておいても効果があるぞ」
「いつまでいらない情報寄越してくるんですか。いらないんだってば」
っていうか、今回の件に直接関わることって菊のことかよ。そこじゃないでしょ。どう考えてもマツケンサンバみたいな名前の組織のことでしょ。とか思ってたら、情報屋がなにか思い出したように封筒を渡してきたんです。
「そういえば、先日、夜道でブラックマンバの手先と思しき男たちに囲まれて、これをあんたに渡せと言われてたんだった」
「そこまでされてなんで今まで忘れてたんだよ」
封筒の中には1枚だけ紙が入ってました。そこにこう書いてあるんですよ。
『また殺し屋を差し向けられたくなければSDカードを渡せ』
意味が分かんなかったんでゴミ箱に捨てました。わざわざ紙に書いて伝えるようなことじゃないでしょ。女子中学生かよ。情報屋がめちゃくちゃ不機嫌そうにゴミ箱から手紙回収してました。
「勝手に捨てるんじゃない。奴らの逆鱗に触れたらどうするんだ。で、何か思い当たる節はないのか? そもそも、殺し屋を差し向けられてたのか?」
「あー、なんかそんなこともあったような気がしますね。ぼんやり覚えてますよ」
「殺し屋を差し向けられたのにぼんやりとしか覚えていないのか。SDカードというのは?」
「知らないです。勘違いでしょ」
そうやって言いたいことをはっきりと言わない男っていますよね。知りたいことがあればはっきり伝えなきゃダメですよ。情報屋はなんか不安そうな顔してんです。殺し屋とかが怖いんですかね?
「またあいつらに囲まれたらどうしろっていうんだ」
「知らないみたいですって伝えといてください」
「あいつらがそんなことでおとなしく引き下がると思えないけどな」
「まあ、なんか……大丈夫でしょ」
「なあなあで済ますな。殺されるかもしれなかったんだぞ」
「私は殺し屋差し向けられてますから、私の方が上ですね」
「上か下かの話じゃない。命がかかってるんだぞ」
なんか情報屋がいちいち突っかかってくるんですよ。私もお酒が入ってたんで、喧嘩になっちゃいまして、バーを追い出されました。情報屋もなんかうるさかったんで、解散することにしました。帰り道に気づいたんですけど、もう食べれないかもしれません、ミニたまごサンド。泣きそう。




