第59話 追いかけてくる殺し屋がめちゃくちゃ遅くてサスペンスのかけらもない
皆さんも月に2、3回は殺し屋に追いかけられることあると思うんですけど、殺し屋って殺すのを仕事にしてるだけあってしつこいですよね。
先日、殺し屋に追いかけられたんですけど、あまりにアレだったんで逆に心配になりましたよ……。
〜 〜 〜
駅からの帰り道の途中、公園を突っ切ると近道になるんで使ってるんですけど、仕事終わりの夜の公園でステッキを持った老紳士と広場で出くわしました。
「あなたが鈴木さんですね?」
とか言ってハットをちょっと上げて挨拶されました。今日は何社も回っての仕事だったんで疲れてたんですけど、なんか礼儀正しい人だったんで挨拶を返したんです。
「ええと、どこかでお会いしましたっけ?」
「いいえ、初対面でございます。しかし、これで最後になるかと存じます。なぜなら、あなたはこれから死ぬからでございます」
あー、そういうパターンのやつねと思って早く帰ってお風呂入りたかったんでお断りすることにしました。
「あの、すいません、今日はちょっと都合が悪いんでまた後日お願いします」
「そういうわけには参りません。あなたはアレをアレされていますので、お覚悟を」
とか言って迫ってきそうだったんで、撒いてやろうと思って公園の出口に向かって走ったんです。で、振り返ったら、老紳士がステッキを突いて追いかけてきてたんですけど、めちゃくちゃ遅いんです。足がちょっと悪いみたいでした。なんかウチの祖父を思い出して可哀想だったんで、ちょっと待ってあげましよ。
そもそも、アレをアレされてるってなに? なにひとつ伝わってきてないんだけど、私が狙われる理由。
「あの、無理しない方がいいんじゃないですか?」
「ほっほっほっ、そのようなゆとりを持っていられるのも今のうちでございますよ」
なんて言いながら私に近づいてきて、ステッキから仕込み剣を抜いて襲ってきました。と思ったら、手を滑らせて仕込み剣を落っことしてんです。私の足元に転がってきたんで、拾ってあげましたよ。
「言いづらいんですけど、あなたに私は殺せないと思いますよ」
「ほっほっほっ、なかなかの自信家のようですね」
「いや、そういう意味じゃないんですけど……。ええと、あなたは殺し屋なんですよね?」
「いかにも。わたくしは≪老紳士≫という通り名で知られた殺し屋でございます。このような老体は相手を油断させるため。あなたもゆめゆめお気を抜かれぬよう……」
とか言いつつ、私が普通に歩く速度に追いつけてないんですよ。私って殺しを依頼した人にナメられてんですかね? いや、めちゃくちゃ強い人を寄越してほしいとは思わないんですけど、さすがに雑魚すぎるでしょ。殺し屋業界も高齢化なんですかね? っていうか、誰だよ、殺し屋に依頼した奴?
「あの、私もう帰りますね」
そう言って公園を出ました。しばらく歩いて、でも、ちょっと気になったんで振り返って見てると、なんか普通に信号とか守ってゆっくり歩いてんです。やる気あるんですかね?
※ ※ ※
次の日、家の近くで老紳士に会いまして、ひと晩中、私の家に向かって歩いてたみたいです。ふた駅分くらい歩くことにしてるんですけど、なんか悪いことしましたね。
「おはようございます。あの、これから会社行くんですけど、追いかけてくる感じですか?」
「ほっほっほっ、愚問ですな」
なんでずっと余裕ある感じなんだよ、このじいさん? 身体だけは頑丈なんですかね。
朝はバスに乗って駅まで行くんですけど、老紳士普通にバスに乗り遅れて取り残されてました。
※ ※ ※
老紳士に追いかけられて何日が経って分かったんですけど、なんのポリシーなのか車乗ったり公共交通機関使ったりしないんですよ。交通費ちょろまかそうとしてんですかね? 横領とかになるみたいなんで普通にやめた方がいいですよ。
「あの、電車とか使った方がいいですよ。そうじゃないと一生かかっても私に追いつけないと思う」
いや、私もまさかこんなスピード狂みたいなセリフを口にする日が来ると思いませんでしたよ。そしたら、老紳士が笑うんです。っていうか、この人いつ休んでんの?
「殺されるかもしれない相手にアドバイスとは、よもやわたくしを見くびっているわけではありますまいな?」
「まあ、正直見くびってるの通り越して心配してますよ。だって、ずっと私を追いかけてグルグルしてるだけじゃないですか」
そして、これだけは言わないといけないってことを伝えようと思いました。
「ちょっとこの土日で台湾行くんですけど、追いかけようとしないでくださいね」
「ほっほっほっ、ようやくわたくしの恐ろしさに気がついたようですね」
「いや、あんたのために言ってんですよ。無駄に歩くことになるから。日曜の夕方くらいには帰ってくるんで、それまでそこらへんで時間潰してていいですよ」
って伝えたんですけど、やっぱり追いかけてくるんですよ。話聞けよ。
っていうか、私の家はちょっと急な坂の上にあるんですけど、老紳士、その坂のぼれなくて家に近づけてないの切なすぎませんか? っていうような日々を過ごしてたらいつの間にか老紳士見なくなりました。たぶんどこかで元気にしてると思いますけど。




