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第40話 100%犯人なのにどんでん返しに憧れる探偵が真犯人は別にいるとか言い出した

 どんでん返しって一度手を出すと抜け出せないみたいな麻薬性がありますよね。どんでん返しがなきゃダメだみたいな思考に陥ったらそれはもう終わりの始まりですよ。


 私の知り合いにもどんでん返しに憧れてる探偵がいまして、まあまず人の話聞かないんですよ……。



〜 〜 〜



 別に思い出さなくてもいいんですけど、以前、コンペの受賞パーティーで出くわした探偵いるじゃないですか。犯人が口滑らしてるのに全然気づかなかった奴です。


 どういう因果かそいつに助手に認定されて事件に駆り出されたんです。私ってそんなに助手顔してますかね? とにかく、いきなり警察から連絡があって、猪突(ちょとつ)探偵が呼んでるっていうんですよ。あだ名かと思ったらそういう名前らしいです。妙に納得しましたよね。


「殺人事件の容疑者は星という男だ」


「勝手に呼び出していきなり説明するのやめてもらえます? まずはすみませんとかありがとうとかから始めるべきでしょ」


 こっちは職場に電話きてみんなに見送られながら早退してきてんですよ。事件関係者に思われるのめちゃくちゃ恥ずかしかったです。っていうか、なんで私の職場の番号押さえられてんですかね?


「君はこの猪突の名推理をそばで堪能できるんだぞ。礼を言うのは君じゃないか?」


 いかんいかん、突発的に右ストレート繰り出すところでした。


「人を早退させといて言うことじゃないですよね」


 クレームを入れてもなんか響いてないみたいでした。なんでこういうタイプって人の話聞かないどころかこっちの事情も汲み取ろうとしないんですかね? 働いたことないのかな?


「君、今回の事件は手強いぞ。なんせ、容疑者の星さんにはアリバイがない。さらには被害者とは金銭トラブルを起こしていた……つまり、動機もあるんだ」


「よかったじゃないですか。そいつが犯人ですよ。名前も(ホシ)ですしね」


 今から帰れば、自宅の近くの店でヤケ酒が飲めそうです。微妙に遠いところに呼び出されてイライラしてるんです、私は。


「話は最後まで聞くんだ。星さんは殺人現場に向かうところを目撃されていたんだよ。それだけでなく、血のついた凶器が自宅から見つかっている」


「めちゃくちゃ確定してるじゃないですか。なんのために私はこんなところまで呼ばれたんですか……」


「ふふふ、さらには、被害者はここ最近、知人に漏らしていたそうだ、星さんに殺されるかもしれない、とね」


 なんか聞けば聞くほど犯人としか思えない情報ばかりでますますここまでくるのにかかった小1時間が無駄に思えてきました。


「あのー、なんで猪突さんが動いてるんですか? 犯人決まりでしょ?」


「いい質問だね、君。さすがはこの猪突の助手」


「あの、もしまわりにそう言いふらしてるならやめてもらっていいですか? 名誉毀損で訴えますよ」


 猪突探偵が真面目な顔で言うんです。


「この事件、星さんは犯人ではない。ボクの直感がそう語っているんだよ。これはどんでん返しのにおいがするね」


 この人、確か前の事件の時もどんでん返しがどうとか言ってたんですよ。ただどんでん返しに憧れてるだけじゃん。いかにも犯人ですって人が犯人じゃないパターンに懸けてるだけじゃん。



※ ※ ※



 所轄署に行くと担当の刑事がやって来て、難しい顔するんです。


「猪突さん、今回の事件、やはり星が犯人ではないでしょうか……? あらゆる証拠が彼を犯人だと言ってます」


「そう見えるだけだよ」


 どこからその自信が出てくるんだよ? これもう立派な公務執行妨害でしょ。そりゃ担当刑事も難しい顔するわ。でもなんか猪突探偵の言うこと信じようとしてんです。なんか弱みでも握られてんのかってレベルで。


「まさか、本当に真犯人が別に……?」


「ああ、こうしている今も真犯人はほくそ笑んでいるだろうな。君たちの失態を肴にしているかもしれないよ」


「そ、そんな……」


 いや、刑事さん、こんなバカに言いくるめられないで警察の捜査能力に自信持ってよって思ってたら、猪突探偵が歩き出すんです。


「ボクは少し調べたいことがある。鈴木くん、君は容疑者にでも話を聞いておいてくれ」


 なんか考えがあるような感じで行っちゃったんですけど、特に知り合いもいない警察署にひとりで放り出されるのキツくないですか? とりあえず、担当刑事に訊きましたよ。


「あの、星さんって犯人じゃないんですか?」


「いや、本人も自分がやりましたって言ってるんですよ」


「え?! 認めてるの、罪?! なんなの、この時間?! さっさと逮捕した方がいいですよ、あんなアホ放っといて」


「猪突探偵が言うんです。彼は真犯人を庇ってるって」


「あいつはそういう展開に憧れてるだけですよ。シカトしましょう。そして牢屋にブチ込みましょう」


「いや、それに、ほら、冤罪とか怖いじゃないですか。慎重にならざるを得なくて……」


 いたいけな刑事が自信満々の無能探偵に毒されてます。こうなるともはや猪突探偵って反社じゃん。


「鈴木さんも猪突探偵の助手として同じ考えなのでしょう?」


「マジであいつの助手じゃないってことだけは覚えといてください」



※ ※ ※



 刑事がどうしてもとか言うので、警察署の留置所に面会に行きましたよ。いや、私、この事件になんの思い入れもないんですけど。


 星さんは疲れ切った様子でした。事件の取り調べなんかが厳しいのかと思ったら、私が猪突探偵に呼ばれたと知った瞬間、すがるように訴えてくるんです。


「あのバカをなんとかしてくれ! 別に頼んでもいないのに急にしゃしゃり出て来て真犯人を見つけますとか言い出したんだよぉ!」


 頼まれてもないのにいきなりそんな奴が来たらほぼ悪夢だよ。しかも、この星って人、めっちゃ罪認めてんです。むしろ、猪突探偵から逃れるためにめちゃくちゃ細かい部分まで喋ってんの。


「なんであいつは俺が犯人だって言ってるのに信じてくれないんだよぉ!」


「いや、私に言われましても……。しかも私も同意見ですし」


「あんたから言ってくれよ! 俺が犯人なんだって! どんでん返しなんかねーって!」


「伝えたつもりではあるんですけどね……」


「熱意が足りねーんだって、姉ちゃん!」


 なんで私が意味不明に責められなきゃならないんでしょうか。マジであのバカ探偵をなんとかしないとダメですね。


 結局、星さんが検察に送致されたんですけど、猪突探偵が「ここからがスタートだよ」とか言うんです。いや、終わったんだよって言っても聞く耳持たないんですよ。「いっちょやりますか」みたいな感じで街に繰り出して行ったんで、たぶん今もどこかでどんでん返し狙ってますよ。

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