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第35話 交換殺人しようとしてる人がかれこれ5年くらい交換相手探してた

 交換殺人ってあるじゃないですか。お互いに殺したい人を交換して、疑われないようにするってやつ。


 あれって、運良く交換相手見つかってるからいいものの、ずっと探してる人にとっては相方探す方が殺人より難しそうですよね……。



〜 〜 〜



 行きつけの喫茶店があるんです。たまに落ち着くために行くんですけど、ここのバナナケーキが絶品なんです。


「すみません、殺したい人っていますか?」


 急に話しかけられた以上に言葉のインパクトが強すぎて、バナナケーキの味が吹き飛びましたよ。顔を上げると、びっくりするくらいの美人のお姉さんが立ってるんです。


「あの……、はい?」


 私が処理落ちしてる間にお姉さんが勝手に席の向かい側に座るんです。新手のマルチ商法かなとか思ってると、また訊かれました。


「殺したい人っています? 今ちょっと探してて……」


「いや、そんな借り物競争のお題みたいな感じで見つかることないと思いますけど……」


 お姉さんがため息をつきます。アンニュイなのが似合う美人なんです。


「わたし、殺したい人がいるんですよ」


 なんかどんどん放り込んでくるな、この女。私のひとときに土足で踏み込んでくるじゃん。バナナケーキの味返してよ……なんて言えるはずもなく、


「ああ、それは大変ですねぇ」


 なんて薄っぺらい同情を示してしまいました。


「殺すなら交換殺人がいいよって見たんです」


「あ、交換殺人したかったんですか」


 っていうか、交換殺人がいいよってどこで見たんだよ? 朝の情報番組みたいなノリで言ってたけど。


「なので、交換しませんか?」


「あ、いや、あの、そんなポケモンみたいに言われても困りますし、私、殺したい人いないんですよ」


「え? 本当ですか?」


 めちゃくちゃびっくりしたみたいな顔されました。そしたら、お姉さん、すかさず言うんです。


「わたし、ずっと交換殺人相手を探してたんですけど、皆さんそう言うんですよね……」


 じゃあなんで新鮮に驚けたんだよ? 人の話聞かないタイプだな、こいつ。それ以前に、交換殺人の相手なんて喫茶店で探すもんなんですかね? もっとアングラなところの方が見つかりそう。トー横とか。


「ずっとって、どれくらいですか?」


「もう5年になります」


「え、5年? よく殺意続きますね……」


「ありがとうございます。決意が固いんです、わたし」


「別に褒めてないんですけどね」


 ポジティブなのかズレてるのか分かりませんけど、さっさとバナナケーキ食べて店出たかったんですけど、私、壁際に座ってて、お姉さんが席の出口塞いでるんですよね。そんな彼女がまたため息ついてます。


「お姉さん、いい人そうだから交換殺人の相手になってくれそうに見えたんですけど」


「いい人だったら人殺さないでしょ……」


「じゃあ、わたしの殺したい人をまずはお姉さんに殺してもらって、お姉さんの殺したい人ができたらわたしが殺しに行きます。これでスッキリですね?」


「何もスッキリしないでしょ。何が『じゃあ』なんですか。そもそもそんな信頼関係まだ築けてないですから」


「うーん、今までお声掛けした皆さんそう言ってました。どうしてなんだろう?」


「皆さん正常だと思いますよ……」


 お姉さん、勝手にフォーク取って私のバナナケーキ食べ始めるんです。味しないよそれ、あなたのせいで。


「今まで、殺したい人がいるっていう人と何人か会って話したんですけど、なんかビジョンというか価値観が合わなくてですね……」


 なんか婚活に悩む女みたいなこと言い始めたんです。黙れとも言えず、バナナケーキが小さくなっていくのを見るしかない自分が情けないですよ。今度から壁際の席に座るのやめよう、交換殺人持ちかけられないように。皆さんも気をつけた方がいいですよ。っていうか、今まで店で壁の方の椅子に座らない人を見かけて理解できなかったんですけど、あの人たちって交換殺人の話を持ちかけられないようにしてたんですね。いまさら納得しました。


「分かりました──」


 あ、なんか勝手にお姉さんが諦めてくれた、と思った矢先、手を握られたんです。


「探しましょう、殺したい人」


「大丈夫です、現状で満足してますんで」


 何が分かったのか意味が分からなくて怖かったですね。なんか殺したい人いない方が変みたいな論調に持っていってますよね、この女。たぶん私の方が普通だと思います。自信なくなってきたけど。


「じゃあ、一緒に街に出て誰かの殺したい人を探しましょう」


「いや、代案になってないでしょ。そこまでしたらいよいよ殺し屋稼業のスタートじゃないですか」


「ダメでしたか。なかなか頭が固いんですね、お姉さんは」


 なんで私の方が変みたいなスタンスでいられるんだよ、こいつ? 散々断られてきておかしくなったのかな?


「実は、わたしにはもうひとりいるんです、殺したい人が。お姉さんにはその人を殺してもらおうかな?」


「殺したい人を一掃できたあんたがひとりで得してるでしょーが、ズルいよ」


 思わずズルいとか言っちゃったんですけど、この女の術中にハマりかけてません、私? このままじゃまずいと思って一計を講じてみました。


「あの、じゃあ、もっと念入りにするために3人で交換しませんか?」


「3人、ですか?」


 案の定、こういう提案を受けたことがないと見えて、お姉さんが興味津々です。


「まず、お姉さんと私が殺したい人を交換します。次に、私と3人目の人が殺したい人を交換するんです。そして最後に、3人目とお姉さんが殺したい人を交換するんです。どうです、念入りでしょ?」


 お姉さんがめちゃくちゃ考えてます。皆さんはもう分かってると思いますけど、お姉さんは自分の殺したい人を自分で殺すことになってます。


「なるほどですね。それ、いいアイディアですね」


 よかった、この女バカだ! 交換できたことが嬉しいのか、そのあとLINEも交換して、お姉さんは3人目を探しに行きました。


 お姉さんにバレて気づかれる前に速攻で店を出て家に帰ったんです。夜になって鬼のようにLINEが来たんでブロックしときました。

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― 新着の感想 ―
交換相手見つけるのって、 宝くじで一等当てるより難しいのでは……
勝手にバナナケーキ食べられたら殺意湧いてしまうなぁ。殺意の前にぶちギレるけど、鈴木さんはよく話聞いてあげたなぁ。
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