第31話 推理の進行を打ち合わせしてくる探偵に刑事の兄がいて頭おかしくなりそうだった
以前、やたらと推理の進行を打ち合わせしてくる探偵と出くわした話したと思うんですけど、またそいつと遭遇したんですよ。
まあ、遭遇ってことで皆さんも気づいてるでしょうけど、いい思い出ではないんですよ。しかも、そいつ、兄がいて、兄の影響をめっちゃ受けてたんです……。
〜 〜 〜
通勤電車ってこの世から滅ぼした方がいいと思ってるんですけど、そこで殺人が起こったんです。現世にも地獄ってあるんだなって思いましたよ。電車は停まっておじさんがブチ切れてるし、駅員さんはあたふたしてんです。私もさっさと会社行きたいのに足止め食らってイラついてました。
「あの、事件解決する時の裏回しお願いしたいんですけど」
急に声をかけられたことより、めちゃくちゃ聞いたことある声なことにびっくりしちゃいました。進行を打ち合わせしてくる例の探偵なんです。
「あ、あなたは……、まだ生きてたんですか?」
「なんですか、その死んでて欲しかったみたいな挨拶は?!」
つい本音が出てしまいました。こいつには事件のネタバレを食らうわ、人質にされそうになったり、前回会った時は散々な目に遭ったんです。
この探偵は江虫守。苗字からすると、前世はバラエティ番組でMCとしてブイブイ言わせてたんでしょうね。遺伝子を最悪な形で受け継いでんです。
「というわけで、鈴木さんにはこれから『な、なんですって!?』と叫んでもらいます。他の乗客の注目を集めたところで、『犯人が分かったですって!?』と言ってください」
「なにが『というわけ』なんですか。自分でやればいいでしょ」
「あー、そういうツッコミは推理の途中にお願いします。その疑問に答えていく感じで進めていきますんで」
「まずOKしてないんですけど……」
こいつを撒こうと考えたんですけど、駅から出られそうにないし、絶望してたんです。そしたら、人だかりが割れて向こうから雰囲気のある刑事がやって来るんです。
よかった、あの刑事に現場仕切ってもらおうってすがる思いで目を向けたんですよ。まあ、皆さんもタイトルで気づいてると思いますけど、私はさらなる絶望に叩き落とされるんですけどね。
刑事が言うんですよ。
「皆さん、落ち着いてください! そして、次に『犯人を早く捕まえてください!』『いつになったら電車動くんだ!』などといま感じている疑問を私に投げかけてください!」
いや、もうこのひと言目で嫌な予感したんですよ。瓜ふたつの言葉を発してる奴と今まで会話してたわけですからね。私の隣で探偵が言うんです。
「鈴木さん、今から僕があの刑事に向かって『進兄さん!』と言うので、『え、お兄さんなの?!』と驚いてください」
「え、お兄さんなの?!」
「そうそう、それです!」
それです、じゃねーよ。
※ ※ ※
江虫兄弟が揃ったんで、さっさと事件を解決してくれると思ってたらなんか揉めてんです。
「『また事件に首を突っ込んでいるのか』と言うから、鈴木さんは弟になにか咎めるようなことを言ってください』
「鈴木さんは兄の頼みを受けるふりをして僕の味方をしてください。そして、『あなたの弟さんはもう犯人の目星をつけていますよ』とニヤリとして言ってください」
「いや、私を使わないで兄弟で直接話してくださいよ、めんどくさい」
こいつらが先の展開を喋るせいで今どこまで進んでんのか分かんないんですよ。頭割れるかと思いました。
「守、私が『犯人が分かっただと? どうせ当てずっぽうだろう』と言うから、反論をしてみろ」
ええと、実際の会話上では、弟の方は犯人が分かったって言ってないよね? いや、でも実質的には言ったことになるのか? 会話がどこまで進んでんのか分かんなくなりました。こいつら、いつもこんなややこしい会話してんの? 逆に頭良いよね?
「ふん、進兄さん、あんたの思うようにはいかないよ。なぜなら、あんたは僕から犯人を知っていると言われて、後手に回っているからね! ここから先、進兄さんは僕を窺いながらも強く言えない空気をまとって話を進めてくれよ」
こいつらはいちいち相手に指示しないと喋れないんですかね? 笑点の司会の亡霊に呪われてこんな会話しかできなくなっちゃったのかもしれません。とか思ってたら、兄の刑事がこっち見るんです。もうなに言われるのか分かんないから怖いんですよ。殺人犯と同じ電車に乗ってた事実より怖いのよ。
「鈴木さんと言いましたね? これから私と守は事件の主導権を争って口論をしますので、あなたは止めに入ってください」
「分かってるならまず口論しないでください。しかも、あなた警察なんだから主導権握れるでしょ」
そしたら、刑事が言うんです。
「ふふ、これから私たちが喧嘩をしたことを知った私の上司が場を収めるためにやってくるでしょう。そして、私は帰らされ、処分を受けることになるのです」
「冷静に言ってる場合ですか。ふふじゃないんですよ。そこまで分かってるなら口論すんなって言いましたよね?」
弟の探偵が不機嫌そうに兄の前に立ちはだかるんです。もし殴り合いになったら、お互い予告し合って何もしないまま勝敗が決するんですかね? ちょっと見てみたい気もしましたが、そんなアホくさいことに時間を浪費したくないな。
「今から鈴木さんが『犯人が分かった』と宣言する。それを聞いた犯人が鈴木さんを口封じするんだ。進兄さん、僕を邪険に扱ったせいでなんの罪もない人が死んだことを悔いて生きていくがいいさ」
「勝手に殺さないで。そして分かってるなら犯人の暴挙を止めてよ。っていうか、前回会った時も私に危害加えようとしたよね、お前?」
兄が不適な笑みで弟を睨みつけるんです。
「お前こそ、雨が打ちつける鈴木さんの棺を前に、もっと素直に私に従っていれば、と思うことになるのだ」
なんで私の棺は雨ざらしなのよ。これもう打ち合わせとか関係ないじゃん。失礼な妄想を勝手に進めてるだけじゃん。
その後、ホントに刑事の上司がやって来て兄弟もろとも駅の外に放り出しちゃったんです。やっと邪魔な奴らが消えたと思ったら、電車の乗客の男がひとりこっちにやって来たんです。
「すみません、俺が殺しました」
捜査が及んですらいないのに自首してきて、何がしたかったのこいつって思いますよね。そんな簡単に降参するなら通勤時間にやるなよってイラついてたら犯人が言うんですよ。
「通勤ラッシュの電車内で人を殺してやろうって考えてた時、通勤ラッシュの電車内で人を殺したら、やかましい兄弟が放り出された後に自首しろって言われたんです、そのやかましい兄弟本人に」
一瞬なに言ってんのか分かりませんでしたよ。っていうか、どこからどこまでが打ち合わせ通りに進んでんの? そんなこと考えてたら頭痛くなってきて、ロキソニン飲んで会社休みました。




