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第26話 よりによってめちゃくちゃ嫌われてる奴を誘拐した犯人が身代金ディスカウントし始めた

 皆さん、できれば誘拐はされない方がいいです。だって、身代金ってやつで客観的な自分の価値が決められちゃうじゃないですか。


 身代金ってシステムも失礼ですよね。別の人の方が値段高かったら、自分って価値ないのかなって思っちゃうじゃないですか。年収みたいな感じで。いっそのこと身代金は一律額って決めたらいいのに。それならみんなハッピーでしょ。


 それはそうと、誘拐犯の皆さんは誘拐する人はちゃんと選んだ方がいいですよ……。



〜 〜 〜



 会社で仕事してたんですよ。そしたら、別部署の部長がやって来て、会議室に来てくれって言われたんです。なんかプロジェクト動き出すのかなって思って、でも、私に何の用なんだろうって会議室行ったら、会社の首脳陣が集まってんです。


「ああ、よく来てくれたね」


 よく見ると、社長だけいないんですよ。不思議に思ってると、副社長が言うんです。


「社長が誘拐された」


「ああ、そうですか」


 普段、社長と関わり合いないので思い入れもなくて、ついそっけない態度をとっちゃったんです。すると、なんか首脳陣がちょっと安心してんです。


「やはり、君に来てもらってよかった。君は事件に慣れていると聞いたものでね」


 変な噂聞かれちゃったな〜と思いましたね。


「いや、慣れてるってわけでないんですけど……」


「安心したまえ。君が数々の事件に関わっていることは、あまり多くの人は知らない。それにしても、今の君の反応で我々は安心したよ。誘拐犯からの連絡を受けたことは?」


「まあ、ちょくちょくありますね。え、ホントに誘拐されたんですか、社長?」


「ああ。警察には連絡するなと言われているんだが、君の助力なら問題ないだろう。もうすぐで誘拐犯からの2回目の連絡が来る。君のアドバイスが欲しい」


「え、いや、あの、プレゼンの資料がまだ途中で……」


 これ、残業確定するやつじゃん。帰りにスーパーでトイレットペーパー買おうと思ってたんだけど。



※ ※ ※



 16時、会議室の電話が鳴りました。もうちょっと早い時間帯に誘拐されて欲しかったですね。夕方からって……。


『さあ、首脳陣は集まったかな?』


 声を変えた犯人からの電話でした。ドラマの観すぎなんですよね。変声機使われると、私なんかは言葉聞き取りづらくなって嫌なんですよ。あと、こういうのって声変えても知り合いだったら口調で一発で分かりますからね。去年だったかの誘拐犯はそれで一撃で正体バレてましたよ。


「なにが望みなんだ?」


 副社長がスピーカーフォンに声を投げかけます。


『2億円。おたくらの社長を解放するためなら安いものだろう』


 副社長たちがこそこそ話し合って結論に達したらしいです。


「さすがに2億は無理だ。しょうがないから社長はそっちでアレしといてくれ」


 私と誘拐犯が同時に「えっ!?」って言っちゃいましたよ。


『いや……、アレしといてくれってなんだ? 社長が死んでも構わないのか?』


「ああ、そうだ!」


『いや、そんなキッパリと返事されても困るんだが……』


 ちなみに、2億っていうと、ウチの規模の会社だとめちゃくちゃ無理ってわけじゃないと思うんですけどね。


「では、社長は残念……ということで」


『待て待て待て待て! なに話終わらそうとしてんの?! 身代金だよ! こっちは身代金を要求してんだよ?!』


「だから、それは無理なんで、そっちでアレしといて」


『さっきからその「犬のエサあげといて」みたいなのはなんなんだよ? 社長がどうなっても知らないぞ!』


 ああ、そうか。首脳陣は身代金を下げようと画策してるのかもしれない。社長の命がかかってるのに腹黒いことだな〜なんて思ってたら、副社長が言うんです。


「はっきり言おう。社長は嫌われてる。だから、別に死んでもいいのだ」


『はっきり言いすぎだろ……。社長が聞いたら泣くぞ』


「いや、社長ってそういう奴じゃないから」


 首脳陣がうなずき合ってるんです。ウチの社長ってそんな人望なかったの?


「いつも経費ちょろまかすし……」

「急に新卒採用に口出して、可愛い子取れとか言ってくるし……」

「いつもどこか遊びに行ってていないし……」


 なんか会議室が社長の悪口でひとつになってんです。一番下っ端の部長がホワイトボードに社長の嫌なところまとめ出すし……。


『分かった分かった! じゃあ、1億円でどうだ? おたくらの規模の会社なら痛くも痒くも──』


「そういうことじゃないから。あの社長がやってることに比べたらそれでも高すぎるって話なのだよ」


 ひどい言われようなんです、社長。ここまでくると逆に会いたくなってきました。西野カナみたいに。っていうか、誘拐犯も誘拐犯で、急に半額にするってやる気あるんでしょうかね?


 こりゃあ、ディスカウント祭りだな〜なんて思ってたんです。私が呼ばれた意味ないじゃん。むしろここに来たせいで社長が見殺しにされた事実抱えて私の心に闇が生まれちゃうじゃん。


 でも、専務が難しい顔して副社長を睨みつけたんです。


「ですが、この辺りで手を打ったらどうですか、副社長?」


 この会議室にもまともな人がいました。専務は身代金払って社長を助け出したいみたいなんです。専務は立ち上がります。


「知ってるんですよ、副社長。あなた、社長が邪魔だってしょっちゅう言っていますよね? これで社長が消えれば、あなたは社長の座につく……。それを期待してるんでしょう?」


 なんか池井戸作品みたいな企業内部のゴタゴタが始まったんです。ウチにもそんなドロドロのドラマがあったんだなって思うと、嬉しくなりますね。


「私は社長にも直接言ってるからな。そういうお前は陰で社長の悪口言ってるし、未成年と問題起こしたみたいな噂流してるだろ」


 副社長の反撃がすごい。っていうか、専務が人として最低なことやってるよ。いや、まずは社長が邪魔だって直接本人に言ってるのをなんでOKとしてんのよ? 社長もよく副社長クビにしないでいられるな。


 会議室はもう社長の座を狙ってる人たちがお互いに罪をなすりつけ合う醜い展開になっちゃいました。みんな社長になりたいんだね。……この会社、大丈夫か?


 罪のなすりつけ合いから発展して、「この際だから社長殺してもらいましょうよ」とか言い始めてんです。さすがに誘拐犯がドン引きしてました。


『さすがにそれはないぞ、お前ら……』


 当の本人を誘拐しといて誘拐犯がなんか言ってますよ。ここの倫理観どうなってんのよ?


『お前たち、少しは落ち着け! 社長の気持ちも考えろよ!』


 誘拐犯に一喝されて首脳陣がシュンとしてんです。誰に諌められてんのよって話です。


『実は、今の会話、社長に聞かせてたんだよ』


 首脳陣、めちゃくちゃびっくりしてます。


「い、いやぁ〜、我々としては安い金額で社長を解放したく、ひと芝居打って……」

「社長ってホントは良い人ですからね……」

「こんなに社長の話で盛り上がれるって、社長の存在感が大きいからで……」


 急に媚び売り始めたよ、この人たち。そしたら、電話から社長の声が聞こえてきました。


『みんなの気持ちは分かりました……。みんな、僕のことをそんなふうに思ってたんですね……。だいたいは事実だけど、ここまで言われると思ってませんでした』


 事実なんかい。じゃあなにも言い返せないでしょうが。なんでちょっとだけ立場が上みたいなニュアンスで喋れんのよ?


『もうアレなんで、身代金は10億で』


 あーあ、社長がヤケになって身代金釣り上げちゃいました。しかも、自分の。


『お前らの役員報酬から引くからな! おい、副社長、マンション買うとか言ってたらしいな! これで買えなくなったな!』


 めちゃくちゃ最悪な空気になってきたところで、ふと電話機見たら、相手方の電話番号出てんです。さっさと戻って資料作りたかったんで警察に連絡しました。すぐ犯人逮捕されてて笑いましたね。


 ちなみに、言いたいこと言い合ったとかで、社長含めて首脳陣がなんかめっちゃ仲良くなったらしいです。

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