痛い
「香澄じゃ、ティタニアを説得させることは出来ない」
おばあちゃんの返答はこうだった。姿は見せてはくれないようだ。声は少し若さがあるのか記憶のおばあちゃんよりは、過去で見たおばあちゃんらしさがある。
私が教えてと言ったことには、回答なしだ。それに説得というのが、おばあちゃんの思い描いているものと私のしようとしていることでは、かけ離れているのは理解できる。
ならば、説得を任せるわけにはいかない。
「私の聞いてることに答えて!」
声の主であるおばあちゃんが、近づいてくる足音が聞こえてきた。背中側で立ちどまる。右耳側で、気配を感じながら振り返らずに私は前だけを見る。
なんだか、姿を見てしまったら戻れなくなりそうで。おばあちゃんに会いたいと思っていたはずなのに、ヒヤリとする笑い方にその想いは崩壊していった。もうこの人は、私の知るおばあちゃんではない。
花川和枝、という名を持つ知らない人。
「フフフッ。知ったところで……あぁ、それに私はねぇ。香澄のおばあちゃんじゃない」
気温をぐっと下げていく笑い方に、肌がひりつく。何を企んでいるのかわからない言葉の数々。何を信じていいのかもはや、分からない。
でもこの『おばあちゃんじゃない』というのは、そうであって欲しいという願いからなのか。ストンと落ちてくる言葉だった。
現に若い頃のおばあちゃんの声だが、喋り方や笑い方を含めて知らない人だ。過去のことを聞いていても、知るおばあちゃんでは無いのは明白。
「私はねぇ、こちらの人間ではない。ヒヒヒッ」
――え、どういうこと?
私の頭はパニックだ。
「香澄ちゃん。洗脳という言葉知っている? 君はそれをされて、私という人物をおばあちゃんと認識しているだけ」
ウソだ。あれもこれも愛してくれていた、あのおばあちゃんはただの幻想?
信じたく無い。信じられない。
でもひとつ思えば、私の覚えている世界のおばあちゃんだけが全く違う。知らないおばあちゃんが、妖精やラミーの中では統一認識だった。
ふっと、息を吐いた。謎の空間に放り投げられた私の身体の力を抜く。
「それで、私とあなたは……全くの他人ということね」
「他人……というか、香澄は私の血を入れてある。血は繋がらなくてもね。こうしておけば……フフフッ」
「……しておけば?」
背中にいた気配が、高らかに笑う声と共に離れた。軽く置かれていた手も離れる。距離をぐっと置かれて、おばあちゃんの足音が私の横へと移った。
「こうして、私とあなたはリンクすることができる。で、あなたは私をおばあちゃんと認識してるから何も不思議に思わない」
あの、愛を注いでくれていたおばあちゃん。縁側で呼ぶ優しいおばあちゃん。……どれもが偽物の記憶で。
私は、完全におばあちゃんのための操り人形だったわけだ。
頭を凶器で殴られる、そんな衝撃的な事実の連続に頭が痛い。




