古代の姿
ティタニアを呼ぶには、すべての妖精を古代の姿にする必要がある。この妖精たちは、日本でいう付喪神のような存在。
彼女たちを元の姿にすることによって、ティタニアの姿が現れるという。
やらなきゃと腹を括り、私はフロストの腕から一歩うしろに下がる。ティタニアを倒す。それならば、まずやらねばないことは『シンを古代の姿に戻す』だ。
最初に出会ったシンは、友好的にも見えたが今のシンは話すらまともに出来ない。それならば、強引に行くしか術はないだろう。
もしかしたら、一定時間置くことによって裏と表を交互になるのかもしれない。でもそれは仮説にしか過ぎないので、古代の姿にするには戦うのが手っ取り早い。
それにもうここにラミーがいる。戦うには好都合だ。
「アルエ ヴェルジング」
ラミーはこくりと頷き、長い髪をなびかせて顔をシンに近づける。私の心の中では、正直に言えば葛藤していた。ラミーにとって私と言う存在は、怒りに触れるものだろう。何も知らされてなかったにしろ、血を引く人間なのだから。
それなのに、私を主人としたことで主人の言葉を聞かねばならなくなった。全てを知った今でもなお、ラミーを使うことでしか戦えない。もちろん私は、この手段を取る。
ラミーの赤の瞳には、怒りの念が籠っていた。水分を含み、怒りをなんとか抑えているように見えて。彼女の瞳は、より私の心臓に針を刺してきた。
あの時の感情が、一気にフラッシュバックをする。頭を強く鈍器で殴られる衝撃に、思わず頭を押さえた。
鳴り響く鐘の音が、耳鳴りとなり見えている景色から音をかき消した。
「……」
私の中で誰かが話しかけてくる。誰なのかは、大体の予想がつく。それでも自我を保って、その人物とは話さないようにしなくてはいけない。耳を貸したら最後、彼女に乗っ取られてしまう可能性がある。
耳鳴りとやけに小声の女性の声だけが聞こえる、無音空間の中。目の前の景色は、鮮明に脳に入ってくる。
シンに近づいたラミーが、人差し指を喉に置いて。唇を微かに動かす。怯えた表情に変わったシンは、慌ててステッキを捨てて手を上げた。
ただ淡々と状況が、紙芝居の如く勢いで進む。それなのに耳に聞こえてくる音は、かけ離れた世界に置かれていた。
――フロストに言うべきだろうか?
「……か……み……」
目を瞑ってしまえば、気になるこの耳の世界に足を突っ込むことになるだろう。それならば、乾燥してしまうまで眼を開き続ける。
おそらく先ほどのだって、想像する人物が私の名前を呼んでいる。呼び方はあの時の私の記憶のまま。
これがもし、彼女が聞かせてきている幻聴だったとしても。許せない。そんな思いが駆け上るのにも関わらず、心のどこかでは『また会いたい』と思ってしまう。




