理由
私たちは、彼女の名前や姿を変えた形までさらっと教えてもらった。それなのに彼女は、意気揚々としている。
「それで、秘密の図書館に行きたいから。私のところまで来たのかしら?」
秘密の図書館に行きたいから、それがいちばんの理由ではない。がしかし、その理由もまた然りだ。それならば、彼女の言葉に便乗しておく方が良い。
「……ユエ?」
「あなたは、私の名前を知っているの?」
自分でポロッとこぼしたことは忘れているのか、もしくは天然気質のどちらかなのか。ユエは、私が名前を知っていることに驚きを隠せないでいる。私は、うまく誤魔化せるほど人間が出来上がっていない。
変な誤魔化しをするぐらいなら、正直に答えてしまいたいと思ってしまう。
「えぇっと……そう! そうなの〜」
「それなら、私の色々なことを知っていそうね……」
ユエは人を信じやすい性格をしているのか、私なんかの明らかな嘘をスルーしてくれた。ホッとため息をつこうとしたの束の間。色々知っていると思われているが、私の知ることは彼女の名前と変わる先の姿が鏡であること。その鏡で、秘密の図書館に行けること。それだけだった。
彼女からしたら、これだけでも色々かもしれない。それでも肝心な戦いの技については、何もわかっていない。
すなわち、私たちの知りたい肝心な部分についてはわかっていないのだから、教えてほしいぐらいなのだ。
――また、口を滑らせてくれないかな……なんてね。
「秘密の図書館に行きたいから、助けてもらえないかな〜って思ってるんだけど」
秘密の図書館に行くには、ユエが鏡の姿になる必要がある。戦わずして、その力を手に入れられるかもしれない。そんなチャンスだ。我ながら、口から出た言葉に自画自賛したくなった。
ユエはというと、相変わらず腕を組んでいて考え事をいかにもしているといった面持ちで、行ったり来たりを繰り返していた。
やはり、あまりにもこちらの良いように言いすぎた。言ったことは、訂正などできるわけもない。彼女から返答が返ってくるまでは、私の問いかけは空中を漂うだけだ。
掬い取るに掬いとれず、手の間をすり抜けていくような気分。もどかしさで、私は居心地の悪さを感じていた。
(早く、なんとか答えて!)
そんな私の願いが、彼女に届いたのか口を開いた。
「じゃあ、ひとつ条件があるわ。それを飲んでくれるなら、あなたの交渉は成功ね」
「いいの!? その、条件は……いったい何?」
ゆったりとした動きで、こちらに近づいて来てフロストのことなど眼中にもないようで、私の目の前で立ち止まった。下から覗き込まれているのにも関わらず、私とユエは対等に立っているかのように感じさせる眼力。
ヒヤリとした空気が流れ込み、緊張が走った。
これ以上私には話させない、そう言われているようで唇を結ぶ。無意識のうちに、発言をするためにと少しフロストの陰から出てしまったことを後悔する。
今更なことすぎて、もうどうにもできない。
「秘密の図書館で、ある書庫が確認したいの。きっとそこに、ティタニアについて知りたいことがあるのよ」
「ティタニアは、ここでも関係してくるんだ。私は、それぐらい良いんだけど」
先ほどの強く圧をかけて来ていた眼力は、一気に抜かれてやわらかな表情に変わった。そして手を叩いて、波を描かせて髪を靡かせた。
「それなら、私も協力してあげていいわ」
程なくして、彼女の姿は鏡に変化した。その鏡はというと、私の手の中に収まっている。おそらく、彼女と私とでかわした交渉だったので主人は私になったよう。




