秘密の図書館
女神ラミーの言っていた秘密の図書館というのは、この先なのかもしれない。そんな期待を胸に、固い石畳で出来た階段を降りていく。
光もほとんどなく、薄暗い階段をひたすら降りる。フロストの重たいブーツが石畳を踏み締める音が反響して、私の耳に届く。
離れているようにも感じる音に、ヒヤリとして手を伸ばした。すぐに触れたフロストの頭は、髪がするりと指の間を抜けていく。癖のない髪が触れて、くすぐったさを感じる。
触れられた感覚があったのか、フロストは私の方へ振り向いた。足を止めて、階段下から覗かれる。
「もうすぐだ」
そう言ったフロストは、私の手をとった。腕を引かれるようにして、私の手を握ったまま降りていく。
軽く握られた手から、彼にもワクワクとした期待感が伝わってきた。それが私の温度をさらに高めた。
うわつく気持ちで彼の背中をじっと見つめる。その先にある景色は、風景と化していた。
何だか今の私の気持ちは、『秘密の図書館に行けそう』と言う浮つきなのか、はたまた『手を握られている』浮つく気持ちなのか判断つかない。
頬を撫でるひんやりした空気が、熱った頬にはむしろ気持ちよく感じる。冷えた風邪でも冷やせない暖かい頬は、うっすらと暗いこの場所によって隠される。
さらに数段降りていき、フロストの足が止まる。それに合わせて私の足も止めた。一段上にいる私は、彼の動きをじっくり観察をする。
薄暗さにも慣れて、色まで把握でないにしても物の判断はできるようになっていた。行き止まりになっていて、扉のとっては見つけられない。
「秘密の図書館は、別の鏡が必要なんじゃ?」
「鏡か……やるだけやってみるか」
そう。フロストが持って来た氷の鏡。本来であるならば、秘密の図書館を開くにはもう一つの鏡が必要だ。しかし私たちは持ち合わせていない。
ここまで来た以上、やれるだけはやってみるに越したことはない。私はそこまで思考を巡らせて、階段の最後の一段を降りた。
「そうだね。やってみよう!」
彼は、私の手をゆっくりと離して氷の鏡を取り出した。相変わらずの美しい細工の鏡だ。
周囲の様子は何となくでしかわからないのに、なぜか氷の鏡の細工はよく見える。それは氷の鏡は、微々たる光をかき集めているかのようにも感じさせた。
この氷の鏡を作った時に込められた魔法が、なにか影響してるのかもしれない。
綺麗だな、なんてのんびり考えているうちに、フロストは行き止まりの壁に鏡で映す。すると、今までなかった扉が出現したのだ。
木を組み合わせてできた扉は、スライドドアの取手が付いている。フロストには馴染みがなかったのか、取手の使い方がよくわからないようだ。和に合わせてこの扉なのか、洋風の扉ではない。
障子が張られていないのに、和を感じる。
私は取手に手をかけ、横に扉を動かした。軽い力で開いて、滑らかな動きを扉はする。
重たい扉を想像した私は力を入れてしまった。そのせいで、開き切った暁に耳を塞ぎたくなる大きな音が出た。
完全に私の中で見た目が重たそうだったのだ。あまりにも古そうな作りで、立て付けは悪いと決めつけていた。
――大きい音が出てしまった。
「新たな道が出来たね!」
「……そうだな」
顔を前に出して、扉の先を見つめている。その表情に曇りが生じて、新たな道がどんなところか私ものぞいてみた。
いぐさの優しい香りが鼻を抜けていった。新たな道には、美しく編まれた畳が広がっている。
不思議そうに見つめるのも当たり前かもしれない。先ほどのスライド扉がわからないなら、畳はもっと馴染みがないだろう。
日本人心の私は、靴を脱いでお邪魔するところだ。だがしかし、何が現れるのかわからない。自分の身を守るが優先しなくてはいけない。
そうなると、靴のままお邪魔するのがベストだろう。
「本来は、靴を脱いで部屋にあがるの。でも今回は……何が起こるか分からないから、このままで」
礼儀を重んじる気持ちはそうそうに諦めて、私は土足で畳の上にあがった。申し訳なさでいっぱいになる。だからと言って、靴を脱ぐわけにもいかない。
――私だって、罠があるかもって言うことを学んだばっかりだからね!
「お邪魔します〜」
恐る恐る私は足を畳の上に乗せてみる。特に大きな変化は得られない。ホッとして、反対の足を踏み出していた足に揃えた。




