形を変えて
目が覚めてから、心臓の音がバクバクとうるさい。
それもそのはずで、夢の中とはいえど"ティタニア"の名前を聞いてきたのだ。
何の気なしに今まで歌っていたお手玉曲が、急に怖くなった。知っていたはずのものが形を変えて、知らない何かに変化したように感じられる。
浅い呼吸を何度かして、自分自身を落ち着かせる。右手は床について身体を支え、左手を胸に当てて胸を押さえた。
(え、最後に"ティタニア"って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?)
まだバクバクと音を鳴らす心臓は、落ち着くことを知らないようにけたたましく鳴り続ける。
辺りはまだ暗くて、フロストは寝息を立てていた。寒さを感じ、もう一度身体を横にする。目を閉じて、深呼吸をして全身に空気を流し込む。
「大丈夫。ただの夢……」
小声で自分に言い聞かせて、知っている部分のお手玉歌を思い返す。いくら思い返しても、私の知りうる部分には”ティタニア”の名前はない。
――蝶の羽を広げ、降り立つその姿。草花の囁きは、風に乗せて。
「やっぱり、そんな名前はないよねぇ」
フロストを起こさないように、小声を意識する。声に出さないのが一番なのだろうが、気が動転してしまっていて落ち着かせるために声に出てしまう。
そもそも、この歌についても大切にしている本に記載されていた。だが、その本にもその続きについては書かれていない。
夢というのは、無意識のうちに言葉や物事を勝手に作り上げるもの。たまたま、私の中で気になっている”ティタニア”の名前が出てきただけだろう。
そう言い聞かせて、もう一度眠りについた。
* * * *
朝日の光がテント内に入り込み、眩しさを感じて目を開けた。隣のフロストは、未だ夢の中にいるようだ。
寝袋から身体を出して、伸びをしてストレッチをする。
起き上がって、テントから外へ出る。あれだけ暗かった外は、眩しいほど明るくなっていた。
太陽が黄金の輝きを放って、木々を照らしている。
そのまま付けていた花の妖精フィルが、何やら文句を言っている。
『ねえ。流石に早すぎ』
「えっと……でも、早くにって言ってなかった?」
『夜中にもぶつぶつ独り言を言って起こされるし……』
どうやら、私の夜中の出来事は彼女に迷惑をかけていたようだ。なるべく静かにしていたつもりだったのだが、うまくいかなかったよう。
申し訳ない気持ちと、しょうがなかった気持ちとに挟まれる。
苦笑いをしつつ少し下に視線を向けて、花の妖精フィルを見る。太陽の陽を受けて、きらりと輝きを放つブローチは凛としたただずまいを感じさせた。
指でブローチを撫でて、フィルに申し訳なさを伝えた。
澄んだ新鮮な空気が支配していて、ガラスの中に閉じ込められたかのように感じられる。塵ひとつ浮かばなない、そんな景色だ。
深く息を吸い込み、キンッと冷え切った空気を堪能する。文句を言っていたフィルも大人しく、綺麗な空気の中で一緒にいてくれるよう。
流石に冷え冷えとしていて、テントに戻ろうかと考えた。まだ春先の朝方は、かなり冷える。身震いをひとつして、踵を返した。
『もういいの?』
「寒くなってきたし、中に入ろうっ」
テントの中は、フロストが魔法をかけてくれているのか暖かかった。普通なら外気温に合わせて、中も冷えるだろう。そんなただのテントなのに、ポカポカだった。
サクッと中に入って、暖を取る。
特に暖房機器は無いが、やはりとても暖かい。ホワホワとした気持ちで、フロストが起きるのを待つ。
本を取り出して、入り込む太陽の光で読む。
どうしても気になって仕方がないティタニアについて、他に情報がないのか。それから、あの夢で見た2番書きになっていた。
ペラペラとページのめくる音を立てて、探していく。
『そんなに、気になることを夢で見たの?』
唐突なフィルの問いに、私はたじろいでしまう。夜中の独り言までバッチリ聴かれていたのだから、夢で気になることを見たのはバレている。
なんと言うべきか悩みつつ口を開いた。
「実は夢の中で、私の知っているお手玉歌の続きを聞いたの。……そこで、ティタニアの名前が出たんだよね」
静かな空間がテント内を包み込む。その空気を消したのは、フロストだった。
「ティタニアか」
「え!? お、おはよう!」
「おはよう」
むくりと起き上がって、こちらに視線を投げた。どちらこと言うと私というよりは、手元にある本に向かっている気がする。
「ティタニアの名前だけか?」
「うん……知らない女性が歌っていたぐらいかなぁ」
彼は立ち上がって、私の後ろに座り込み覗き込むように本を見る。
(ち……近い!!)
真後ろにいるフロストの顔に、心拍数は上がりっぱなしだ。力が入ってしまう。




