ラディ
ラディと名乗った、このクリーム色の綿毛の生き物。ホワホワと飛び上がっていたのに、バツが悪そうに地面に降りてきた。
フロストの圧力に負けたのだ。キリッとした目元に、光を宿さない瞳。彼を取り巻く黒いオーラ。
どれを取っても怖いというイメージを与えるだろう。
――それもかっこいいんだけど!
「ワタシ……ワタ、シ」
「太陽の妖精の名前は?」
ラディのふわふわとしたクリーム色の毛が、一気に抜け落ちたのだ。肌色の鳥肌になってしまった。
毛玉の中に隠れていた小さな足が伸びて、バタバタとし始める。
「ワタシ、知りまセン!」
それだけを言い残して、足早に走り去っていった。全ての光が止まっているわけでないが、だいぶ明るくなっている。正直、真っ暗闇を体験している分この状況はありがたかった。
可愛らしい無害な魔物は姿を消してしまったが、あたりの明るさがラディの存在を現していた。
ほんのりと灯る光魔法は、ランタンの中に灯されていた。風が吹いても光が、消えないような仕様になっているようだ。
そもそも私は、魔法について無知。この光魔法が、炎のように風で消えるのかも想像でしかない。
ラディが消え去り、ようやく抱きかかえられていた状態から解放された。
落ちた先で初めて地面に足が触れた。サラッとした感覚を靴が教えてくれる。砂地らしく、足をつけるたびに砂が舞い上がる。
煙たいほどではないが、石畳よりも歩きにくくて仕方がない。校庭を歩いているような、そんな感じだ。
光魔法を頼りに、歩きにくい砂地を歩いていく。
歩きにくさから、先ほどの薄暗い石畳が恋しくなってきた。新しい扉が開いたと、喜んでいたことはほぼ忘れている。
「とりあえず、ラディの言った方に向かう?」
「あぁ」
ラディの後ろを追ったとしても、逃げ足が早すぎて姿を見ることすらできなさそうだ。砂の道を歩き、太陽の妖精を目指す。
石畳とは違って、足音を砂が吸収してしまう。そのせいか、先ほどまでの華やかな足音は聞こえてこない。
それが少し寂しさを覚える。
走り去ったラディが、膝を伸ばしたり曲げたりと屈伸をして壁を眺めていた。
その姿を見て、私は来たこの道が正しかったのだと感じられて嬉しさに満ちた。
「ラディ〜!」
「ワタシ……わかりまセン、ヨ!」
私たちを見たラディは、顔に“恐怖”と書かれているかの如く表情になる。
そんな怖いことをした覚えはないが、ラディのレベルからして上級のフロストは怖いのかもしれない。
私は、一歩進んでラディに近づいた。ニコニコとして、恐怖心を消してあげようといつも以上ににこやかにしてみる。
しゃがみ込んで、目線をラディの背丈に合わせてみる。するとようやくここで、私の方に目を向けた。
私の顔を見るや否や、ラディは悲鳴を上げる。
「ヒイいい!?」
――失礼な!
「それで? ラディの反応的に、知っているんでしょう?」
「ワタシ……」
「太陽の妖精の名前」
ワタシとくるとその続きは、ここまで続けば想像は容易い。なので、被せるようにして太陽の妖精の名前を聞いた。
壁まで追いやられて行き場のないラディは、観念したかのようにクルリと一回転をしてクチバシをパクパクとさせた。
「い、一度だけデスヨ。タイヨウは、”ユンネ“デス」
言ってしまって後がないとばかりに、抜けてしまった羽のない翼をバタつかせる。
先ほどのふわふわ状態で、バタバタさせていたらおそらく可愛らしい魔物だっただろう。今は、羽のない鳥肌であまり可愛さに欠ける魔物になっている。
「ユンネ、ね」
後ろで立っていたフロストが、大股で私を追い抜き行き止まりになっている壁まで進む。
そして、するりとひと撫した。
私はそれを見て、彼のしようとしていることが分かってしまった。サッと立ち上がって、ラディを横に動くように手で合図をした。
「私が!」
手を上に上げて、主張をする。知っているからこそ、今度こそやってみたいのだ。
鼻をふんすと鳴らして、ラディが空けてくれた空間に足を進める。
「ライ・ユンネ」
勝ち誇ったかのように、私は手を腰に当てて鼻高々にしていた。言う言葉を知れば、私でもできるんだ、と言葉ではなく行動で示せた気分なのだ。
ギイッと音を立てて、行き止まりになっていた壁が扉のように大きく開かれた。
――ほら! 私でもできるんだから!




