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絶体絶命

 飛び散る波の端が、私のお腹までもを濡らしていく。下を見ると、海のように、行ったり来たりを波は繰り返す。

 私はその様を上から眺めることしかできない。



 今更、その中へ入り助けることなど不可能に近い。フロストの無事を祈り、ドキドキと音を立てる胸に手を置く。



(どうか、無事でいて……)



 先ほどの波でも、なんと言うこともなく立っていた。そんな彼は、今回も普通に立っているかもしれない。


 波が引くのにかなりの時間がかかる。願うこの気持ちが強くて、そう感じるだけかもしれないが。



 口や喉が一気に乾き、潤いを求め始めた。開きかけの唇を閉じ、深く呼吸をした。


 


 深呼吸の時に閉じた目を開く。するとそこには、フロストの姿が見えた。彼は、ガラスの大きな瓶に包まれている。花の妖精であるフィルを捕まえる時に、使用していたのがこの『氷の瓶』だった。それを飲み込まれる前に、出したのだろう。



 

 大きな瓶は水を弾き、つるんとしたフォルムをしている。綺麗で純度の高いガラス面に、水滴が流れ落ちた。




「フロスト、良かった!」



 ほっとした私は、上空から徐々に降りていた。手を伸ばせば、瓶に触れられるところまで来ていた。


 

 大きな波によって、湖の水が減ったと感じ取れる程の量になっていた。枯渇まではいかないまでも、湖に溜まっている水はかなり少ない。水溜まり程度の量になっていた。




「香澄……危ないから、まだそこにいるんだ」

「え、危ない?」



 フロストは、眉を(ひそ)めている。私は、意味を理解できずに動きを止めた。()()というのは、空中ということなのだろうか。果たして、この仮説は正しいのか。


 

 そんなことを悩みつつも、もう一度上に行くために唱えてみる。



「……ラルーシ(飛び上がれ)




 すると再度、身体がふわりと浮かび上がる。近づいたフロストから、グッと離れていく。

 先ほど高く上がった位置まで、彼を見守る。




グレイシス(氷の剣)



 僅かになった水の中に、剣先を向ける。その中に、水の妖精シュイがいるかのようだ。私にはそこにいるかどうかは、感じられない。それでも、彼がそうしているのには理由があると思えてくる。




 氷でできた剣は、高く昇る太陽の光を受けてきらりと光った。美しさと冷たさを感じさせる。





「ボクねぇ。そういうことする人って、きら〜い」

「古代魔法をこちらに渡してくれさえすれば、こんなことしなくて済む」

「うわぁ〜」




 小さな湖からシュイが顔をのぞかせ、赤い舌を出して苦い薬を飲んだ子供のような表情をする。

 いつの間にか、上から降ってきて水を供給していた滝が止まっていた。そのせいか、やけに静かに感じさせた。




「あなたって、異世界の魔王さまってやつでしょ〜?」

「ああ」

「こんなのが魔王だなんて……異世界も()()()()だよねぇ」




 言葉を挟んでしまいそうになり、自分の口を押さえた。押さえなければ、自分の心の声がダダ漏れになってしまう。



 ――フロストは、こんなに凄いのに!?




 イラッとしてしまう私は、落ち着かせるために深呼吸をする。そんな私を置いて、彼らの闘いは火花を散らしていた。



ティルム(無音)



 聞き逃してしまいそうな程の、小さな小さな声でシュイが呟いた。

 その言葉を最後に、周りの音が全て消えた。




 この世界から、音という音全てが消えてしまったかのようだ。耳鳴りがするほどの静けさに、肌が粟立(あわだ)つ。

 身震いをひとつして、口を恐る恐る開いた。



「……!」



 やはり、私の声は音にならずに消えてしまう。ここまでのことを思い出してみると、毎回のように呪文を唱えていた。ということは……呪文を唱えなければ、魔法は発動がしなさそうだ。




 この状況は、かなりマズイ。





 シュイが、ニヤリと悪い笑みを漏らして水の中から身体を出した。

 そして両手を広げて、一回転をする。



 この先を見ていられなくて、私は願うように両手を組んで目を固く閉ざす。固唾を呑んで、組んだ手のひらにじんわりと汗が流れる。


 



(神さま、お願いです。フロストに力を……私に力をお貸しください!)




 これまで、「神さま」にお願い事をしてきたことは何度もある。今まで以上に、強く願いを込めた。

 生死にも関わるレベルだ。願う想いも、ずっと強くなるのは必然的だろう。



 目を瞑ってしまい。音のないこの世界には何の音も聞こえてこない。

 終わってしまった可能性だってある。



 

 それでも、目を開くのが怖くて仕方がない。





(神さま!! お願いします!!)





 ――汝、我の名を唱えよ。



 

 


 

「……セレティア(天上の女神の降臨)




 

 私の頭の中で、流れた声に何故だか懐かしさを感じる。教えられたわけでもない。

 それなのに彼女の名前は(いにしえ)より伝えられていたかの如く、私の口からするりと流れて出てきた。





 しかも、無音空間だったのにも関わらず。私の声だけが、この空間に響いた。静かな響きに、耳を揺らした。

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