07 緑のティアの所持者
最新話、大分遅くなりました。
前半部分への改稿も着々と進んでおります(まだ反映はしてません)
感想も待ってます!
大樹の中は入り口同様、人ひとりが通れるような狭い道から始まり、進むにつれて幅が広くなる構造をしていた。おかげで大分歩き易くなったのだが、しかし反対に進みづらくもなっていた。なぜならこの木洞、至る処に罠が仕込まれていたのだ。
例えば見えない糸に足をひっかけて上から矢が振ってきたり、地面が泥濘んでいて足を持って行かれたり、手をついた壁がスイッチとなり落とし穴が出現したり・・・・・・その他棘、針、迫る壁、目眩まし、煙など、ありとあらゆる手段を持って侵入者を撃退するようなトラップが施されていた。
優理とチキはそれはもう全てのトラップに、倒したドミノの如く引っかかり、全身傷だらけのボロボロになってようやく道の終わり―――広い空間へと辿り着くことができた。
「はぁ、はぁ、な、何が安全圏よ・・・・・・」
チキは最後のトラップである回転する床で平衡感覚を失い、ふらつく足の膝を折ってうつぶせに倒れこんだ。
「な、なんで、チキまで、全部、罠にかかって、いるんだよ・・・・・・」
同じく目を回した優理がチキに続いて肩から倒れた。身体の内部で乱れ踊る臓物達が落ち着くまで、吐き気に耐えながら呼吸を繰り返す。
「なんでって、何でよ・・・・・・」
遅れてチキが聞き返した。
「だって、チキは索敵スキルあるんだろ? 罠くらい、何処にあるか、分からなかったのかよ」
元盗賊なんだからそれくらいできるだろと優理が付け加えてチキに問い質す。それに対してのチキの返答は至極真っ当で、
「分かってたら、こんなことに、なってないでしょうが・・・・・・」
この有様を見れば分かるでしょと、現状の始末で答えた。優理もその答えをごもっともであると、それ以上聞くことはしなかった。
チキはどちらかというと頭を使ってずる賢く悪事を働く盗賊では無く、真っ向からぶつかって逃げ足の速さで勝つタイプの、ヒットアンドウェイ型の盗賊なのであろう。
二人はなおも気持ち悪さに嘔吐きながら、周りの景色に目をやる。
トラップまみれの木洞を抜けた先の広間は円い筒状に出来ていて、側面には上へと続く階段が設けられていた。その螺旋階段を上った先は大樹の枝分かれする部分へと繋がっており、おそらくそこに優理達の求める人物―――緑のティアの所持者が居る。
目標に近づいてきたことに嬉々する気持ちもあったが、それよりもチキは目の前の階段に肩をげんなりと落とす。
「また回るのかー。もう一生分回った気分だよ」
そう口にしてため息を零すチキ。優理はチキの例え文句を大袈裟だと思いつつも、気分は同じなので否定はしない。
「そろそろ行こうか。ここまで来るのにもかなり足止めを喰らってるし、今の僕達よりも彼の方が危険な状態だ。ゆっくり休んでる暇は僕等には無い」
手で身体を支えながらゆっくりと立ち上がる優理。チキも優理に倣って上体を起こすと、ふたりは頭上にあるアジトを目指して螺旋階段を登り始めた。
コツコツと音を立てながら慎重に木目模様の階段を一つずつ踏みならす。また、いつどこで侵入者を狙った罠が発動するか分からないからだ。しかし、三分の一くらいを過ぎても音沙汰も無い様子から、これ以上の警戒は必要ないと判断した二人は、残りを会談しながら進むことにした。
「ふぅ、ここまで来てやっと落ち着けた気がするわ」
深く呼吸を整えてから、チキは肩の力を抜いて胸を降ろす。優理もその意見には同意を示して軽く頷くが、しかしこれからやるべきことを見据え、顔をしかめる。
「落ち着いては居られないよ。僕達にはやるべきことが山ほどある」
厳かにそう呟く優理。チキも同じく険しい表情を浮かべた。
今回の二人の遠征の本懐は呪いに侵されたソラを救うために緑のティアの所持者を探すことだった。しかし、優理が誘われるように足を踏み入れてしまった古城で、幻影のシャドウと名乗る影の男に出会ったことによって複雑怪奇を極めることとなった。
一つは城に囚われているという精霊を助けること。おそらくその精霊こそが優理の今は居ない虹の精霊で、優理を城に導いた張本人と考えられた。
二つは優理とチキを助けてくれた藍色の髪の青年を助けること。影の男がティアの所持者を狙っていたことを鑑みるに、これが最優先で行わなければならない項目と言えた。何故なら――――――
「彼はきっと僕等と同じティアの所持者だ。状況が状況だったから本人に直接確認はできてないけど、それにたる証左はもう充分あった。チキもそう思うだろ?」
説明するまでも無いと同意を求める優理。チキも異論は無いといった様子で深く首肯する。
「そうね。彼もティアについて詳しかったし、何ならウチ等よりもティアを使いこなしているように見えたわ」
苦虫を潰すように唇を噛んだ。チキは自分の侵した失態のせいで蒼髪の青年が影に飲まれてしまったと罪悪感にかられていたのだ。
何にせよ二人の見解は一致、水を自在に操る青年はティアの所持者と考えて違い無かった。そしてその彼が影の男に捕まったということは、水色のティアの所持者であるソラ以上に命の危機に瀕している。
だから今すぐにでも助けに行く必要があるのだが、優理とチキの二人にはその手段が、というより力が無い。最善は蒼髪の青年が捕まった時に取り返すことだったのだが、それも叶わなかった。きっと影を相手にするだけならチキの光で牽制を計りつつ救出することは出来たかもしれない。なのに優理とチキはそうしなかった。何故か? 結果として彼自身が助けを拒んだことが大きな理由であったが、実はそれだけでは無かった。あの瞬間、それを凌駕する驚異が影に侵食される彼の後ろに舌舐めずりをして待ち構えていたのだ。
故に三つ目として力をつけること―――修練の塔に赴き、影の男とそのもう一体と順当に渡り合えるだけのティアの力を習得しなければならない。当初の予定を考えると一気に難易度が高まっているのは瞭然だった。
「彼の強さと勇気のおかげで全員が捕まるという最悪の事態は防げた。だから今度は僕等が彼を助ける番だ。そのためにもまずは緑のティアの所持者の所へ急ごう」
「そうね。出来ることは迅速に、不可能は可能に。やることは明確なんだから、後は実行と実現を果たすだけね」
自責の念を飛び越え、前を見て進むチキの瞳には揺るぎない意思が宿っていた。
「不可能を可能に・・・・・・か」
随分と大それた事を簡単に言ってのけるな、と優理は苦笑するもその言葉はプロメテウスの火として熱を帯び、彼の胸を焦がし続けるのだった。
それからも、今後の方針についてあれやこれやと二人は談議を交し、足腰に少しずつ蓄積する疲労に息を切らしながら階段を上り切った。
「やっと終わったー。っておお、ふかふかしてるぞこの草」
ゆっくりと腰を下ろしたチキは羽毛布団のような感触のする草に触れて感嘆する。優理もチキに倣ってその場に屈み、ふわふわする緑の地面を掌で撫でる。
「本当だ、小動物の毛を撫でてるみたいな肌触りだ」
思わず何度も手でワシワシしたくなる感触を堪能した優理は辺りに目を向ける。
ふかふかな草が敷き詰められた地面には淡い輝きを放つ胞子が漂い、辺りに立ち並ぶ木々からはカラカラと風に靡く葉の触れ合う音が鼓膜を打ち鳴らす。鼻から息を吸い込めば安らぎの緑が瞬く間に肺を支配し、心と体、そして脳が柔軟にほぐされた感覚を得る。
どうやらここは屋外らしい。幹をビルと例えたならば屋上といったところだろう。しかし外の景色が見える訳では無く、辺りには木々と葉が立ち並んでいる。
「なんか妖精でも出てきそうね」
「それは言えてる。凄く幻想的だ」
二人がそんな感想を抱くほど美しく、自然の神秘を全身で味わえる空間は大樹の幹から伸びる太くしなやかな枝が見渡す限りに広がっていた。
複雑に絡み合った枝や蔦には濃い緑の葉が無数についている他、色鮮やかな果実も飾られており、鳥の巣のようにこの場を覆っている。外観だけでは、まさか大樹の中にこんな空間があるとは思わないだろう。
そんな森の中にある大樹の中にある広場に、先が二つに分れた二叉の木が鳥の止まり木のように凜と構えていた。
二人は必然と吸い寄せられるようにその木に向かって足を運ぶ。
「止まりなさい」
すると、頭上から女性の声と共に、進行する足の半歩先に鋭い何かが降ってきた。
反射的に声が出ると同時に優理は肩を引いて、チキはバク転をして身を返した。二人の目の前には地面に直角に近い角度で突き刺さる矢があった。
二人は矢が刺さる角度に向けて顔を上げる。緩やかなYの字を描いて分れる幹の右側の上部、そこにこの矢を放った襲撃者は居た。
「随分と手荒い歓迎をしてくれますね」
「歓迎? よくもまあ人の家に土足で入り込んだ挙句、グチャグチャに荒らしまくったくせして歓迎なんて口に出来たわね。図々しいにも程があるわ」
出会い頭に矢を放って来るくらいにご立腹の様子の狙撃手。彼女の言葉から察するに、道中に仕込まれた罠を全部稼働させてしまったことが、その要因と思われた。ただ、チキにはそれが理解出来なかったようで、優理に耳打ちをする。
「あの人はなんであんなに怒ってるんだ?」
「チキ、大きな女性は定期的に怒りっぽくなる体質を持っているんだよ。今日が丁度その日なのかもしれない」
「ほう、大きな女性は、というのはつまりウチのように小さな女性には無いというわけだな?」
チキは頭上に構える、言葉通り大きな二つの膨らみを持つ女性をちらちらと視界に捉えながら聞き返した。大きな女性と称される彼女は緑色の瞳を揺らしこちらを窺う。
「そうだ、これは本で読んだ知識だから間違いない。大きな女性はそれだけ怒りやすいってことだ。良かったなチキ! チキは怒りっぽくなくて!」
「そうだな! ウチはあの大きな女性みたいにすぐに怒ったりしないもんな・・・・・・・・・・・・歯クイシバレゴラッ!」
チキは鬼のように顔を変えながら両手で優理の胸ぐらを掴み、力一杯引き寄せた。
「そんな、小さくても怒りやすいだと!? 本に書いてあることが間違いだったというのか・・・・・・」
「本に書いてあるとか書いてないとかどーでもいいんじゃいっ、ウチを小さいと言ったこと詫びれや、ああん?」
「――――あなた達一体何しに来たわけ」
目下で繰り広げられる漫才のようなやり取りに、怒りを通り越して呆れる大きな女性。彼女は構えていた弓矢を背に戻し、スプリンググリーンの髪を弄りながらわちゃつく二人を待つ。
ようやく哀れみの視線を感じ取った二人は、ゆっくりと姿勢を戻し、何事も無かったかのような素振りを醸し出す。
「おほん、貴方が緑のティアの所持者ですね?」
「良くこの流れで言えたわねその台詞」
鋭いツッコミを被せ気味に放った緑髪の女性。咳払いで空気を変えた演出をしたはずだったのだが、彼女の耳は誤魔化せなかったようだった。
「まあいいわ。そうよ、私が緑のティアの所持者で間違いない。で、何の用があって貴方達は私に会いに来たわけ?」
彼女は優理の問いに対し軽く頷く程度であっさりと肯定を示した。そんな彼女は大きな目に細く高い鼻、細身の身体についた大きな二つの膨らみ、きめの細かい肌など、女性として備えておきたい要素は全て網羅しており、美女という言葉を辞書で引いたならば彼女が出てくると言っても過言ではない美女。道ですれ違えば十人中十人が振り向いて二度見してしまう、まさに美を体現したような女性だった。
「何から話すべきか僕もまだ整理はできてないけれど、一貫して言えることは貴方の力を貸して欲しいと言うことです」
さっきまでとは打って変わって礼儀を慮り、丁寧な口調で話す優理。人に頼み事をする時は下から物を言うべきだと心構えをしている。
「具体的には何をして欲しいわけ?」
対する緑髪の美女の攻撃的な姿勢は全く変わらず、もっともな意見を率直に返してきた。
「アンタんとこの蒼髪の兄ちゃんが影に、ウチ等の敵に捕まったんだ! ウチがちゃんと光分身を扱えなかったから・・・・・・。だから今すぐにでも助けに行かないと行けなくて、でもウチ等にはまだそれだけの力が無くて、そんでティアの所持者であるアンタに協力して欲しいんだ」
チキは溜っていたものを吐き出すように、今一番にやらなければいけない事を伝える。やはり自分のせいで蒼髪の青年が影に飲まれたことへの後悔が強いのだろう。
言葉足らずなところも無くは無いが、事情は把握できたと頷く緑のティアの所持者。それを肯定と見取った優理とチキは互いに顔を見合わせる。
「じゃあ―――」
「お断りよ」
チキの反応に被せてキッパリとそう言い放った美女。チキは予想外の答えに開いた口が塞がらずにいた。
「あの子が自分で判断して行動した結果その影とやらに捕まった。要は自業自得ってやつじゃない? だから私には関係の無いことよ」
淡々と並べられた人情に欠ける文字をチキは一切理解出来なかった。その結果、怒り奮闘したチキは両手を強く握り、ギリっと歯を鳴らして反駁をする。
「アンタ自分で何言ってるか分かってんの!? 大事な仲間が危険に晒されてるっつーのに自業自得? 関係無い? そんなんで――――」
「チキ落ち着け!」
情動に駆られたチキの前に優理が腕を出して制する。納得の行かないチキは優理に対しても反抗の意を示すが、優理はチキの瞳を実直に見つめ説得を計った。結果、チキは口を閉じ、背を向けてその場から遠のき自然の楽園へとゲートを通じて去って行ってしまった。
「追いかけなくて良いのかしら?」
早くここから立ち去れと言わんばかりの慈悲無き勧めが優理の背に届く。火に油を注ぐようなその言葉を聞いて、しかしそれでも優理は怒りを胸に抱くことは無かった。寧ろ逆で、優理が心に感じたのは同情の念――それは過去の自分と相似する彼女の気持ちへの受容であった。
勿論これが正しい想いなのかは優理には判断が付かない。彼女の上澄みの言葉だけを取って聞くならば明らかに反する物だからだ。だが優理が彼女の言葉から感じたのはそう言わざるを得ない彼女の内に秘めた葛藤。これまでに歩んできた彼女の過去が現在を映し出す鏡となってしまっているのではないか・・・・・そう直感してしまったのだ。
再び向き直り直視した彼女は相変わらず胸の前で腕を組んで、疑心を宿した瞳で見下ろしている。チキが怒って居なくなってしまった以上この場に留まり続ける訳にはいかない。かといってこのまま交渉決裂で引き返すことも、彼女を見かけだけで判断してしまうことも優理には出来なかった。そうして彼女の問いに対する返答に迷い逡巡した結果、優理は口元に軽く笑みを浮かべて言う。
「僕等は貴方が来てくれると助かります。だから――――待ってます」
こちらから手を伸ばし、しかし強要はしない。相手を尊重し、あくまでも自らの意思で手を握り返してくれることを願う。少しぎこちない表現ではあったが、今の優理に出来る精一杯を伝えた。そうして優理もその場から去っていく。
消えゆく背を目を丸くして眺める緑髪の美女。ようやく戻った平穏に安堵し胸を降ろすが、どうしてだろうか、ざわざわと押し寄せる罪悪感に心が痛む。
すると、彼女の後ろ髪から蝶くらいの大きさの透明な羽根を生やした妖精が飛び出てきた。妖精は美女の眼前で舞い浮く。
「ローラ、本当にそれでいいの?」
妖精は子を思う親の表情で聞く。
「余計なお世話よあなたも、あいつも・・・・・・」
「そう、無理はしないでね」
彼女にとって差し出された手を握るのは簡単な事ではないようだ。例えそれが善意による物であっても・・・・・・。苦悶の表情を隠せずに、ローラと呼ばれる美女は木の陰に消えていった。




