06 捕縛
一方、水流に飲まれた優理とチキは、その腹の中で一人の青年と邂逅を果たしていた。
「チキ、大丈夫か?」
「平気、優理も大丈夫そうだね」
優理とチキは互いに身を案じながら周囲の光景に目をやる。
水龍の中は例えるならば水中ジェットコースターに乗っているようなもので、動きによって生じた波や泡が身体に触れ水圧をしっかりと感じられた。透明度が高く、外の様子も確認できる仕様だった。もちろん息も普通に吸える。
例の青年は龍の頭に近い部分でこちらに背を向けて立っていた。
その青年は背丈にして百六十センチほど―――優理とチキの間くらいの身長で、濃い藍色の髪を一部尻尾のように出して縛っていた。首元には蒼いマフラーを巻いており、身に纏っている黒装束は不自然な破れ方をしていた。二人と同様、何か危険と遭遇していたのかもしれない。
すると、二人の様子を気にも止めなかった藍色の髪の青年が急に視線を後方に向けて、
「もう追ってきたか」
怪訝な顔で呟いた。そして今度は後ろに構える二人に向けて強めの口調で言い放つ。
「そこの二人、聞きたいことは山ほど在るだろうが時間が無いから手短に話すぞ。もうすぐ俺の技が切れる。後ろからはさっきの奴等の追っ手が迫っているから死にたく無ければ全力で走れ。それと、外は暗い森の中だ、足下には気をつけろよ」
彼が早口でそう言うや否や、周りの水塊が一気にはじけ飛び、三人は外へと放り出された。
「なっ!」
「ちょっと!」
突然のことに手足をばたつかせながら空を切り、慣性の法則によって着地した所から足下を掬われ、転がる優理とチキ。
合図も無しに急に行動に移した青年は、地に足が着くと同時に驚く二人を置いて颯爽と駆け出す。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
「僕等も急ごう。チキ、光り出せるか?」
「もう優理まで! こちとらイマイチ状況が飲み込めてないってーのに!」
文句を零しつつも、光の玉を生成するチキ。二人は足下に気をつけながら藍色の髪の青年の背を追って走った。
風になびく蒼いマフラーが見え、ようやく蒼い青年に追いついたと思った矢先、背後から黒い影が現われ、手をかぎ爪の形に変形させてチキにめがけて襲いかかった。
「!?」
それを瞬時に察知した蒼髪の青年は振り向きざまに手の平から水を生成し、形状を烏に変えて影に向けて放った。影はその水鳥に腕を弾かれ、かと思うとそのまま背中から地に倒れていった。
水烏は敵の爪を弾いただけで無く、そのまま腹部に突進し、影全体の体勢を大きく崩させたのだ。形質も鉱物並みに硬く作られているのだろう。
これまでに見たものだけでも粘性・水性・硬質と三種の質と烏・龍の二種の形を有する彼の水術は、水と一括りにするにしては乏しく、変幻自在の液体と表現する方がしっくりくるものだった。
優理が背後で倒れる影に目をやりながら蒼いマフラーを纏う青年の闘い方に感心していると、無口な彼が再び口を開いた。
「油断するな。まだ左右後ろに合わせて五匹は居る。影だからどこから攻撃してくるか分からないぞ。次は援護できないかもしれない、自分の身は自分で護ってくれ」
できるだけ簡単に短く、注意しろと忠告をする青年。二人は走りながら素早く首を縦に振る。するとチキが何か思い出したようで、
「そういやさっきの影って光に弱かったよな? ならウチがより強い光を放ちながら走れば、いくら数が多くても近づけないんじゃない!」
「たしかに、それなら攻撃と防御を同時に行えるに等しいな。チキ頼んだ!」
「おっけい任せとき!」
背後の二人の会話には目も暮れず、青年は前を向いたまま走り続ける。それを許可と捉えたチキは何故か忍者のように手を合わせて、
「見様見真似とはまさしくこのことよ! 《光分身》」
自分と全く同じ体型の、目映い光を放つ光の分身をすぐ隣に出現させた。
「どうよ、初めてにしては良い出来っしょ?」
「これは凄いな・・・・・・。影の分身はよく聞く話だし王道だけど、光で分身を作るなんて考えもしなかったよ」
「でしょー? 実はさ、ソニアに飛ばされる前に優理がドッペル何ちゃらの話をしてた時には思いついてたんだよねー。いつ披露しようか考えてたんだけど、今がベストタイミングだったってわけよ」
新技を称賛されたチキはご満悦に鼻を高くする。どうやらあの時のチキの思案顔は新技を考えてのことだったらしい。
「ちっちゃい割には役に立つようだな」
「ちっちゃいのは関係ないでしょうが!」
高くなった鼻を折るように、前方の青年が言ってのけると反射的にチキが反応して返す。どうもチキは小さいことに関してのコンプレックスが強いみたいだ。
「何にせよこれで影は近づけないだろう。このまま安全圏まで一気にいくぞ」
影の分身達は光の分身があることによって近寄れず、離れた位置で並走していた。
「安全圏って、この森の中にそんな場所があるのか?」
優理が蒼髪の青年に聞き返す。
「ああ、そもそもこの森を造ったのは姉さんだからな。今からその人がいる所まで行く」
「君のお姉さんがこの森を造った?」
「ってことはその姉さんがウチ等の探している緑のティアの所持者ってことじゃない?」
「ん? 確かに姉さんは緑のティアの所持者だが―――」
「やっぱり! ウチの勘は鋭いなー」
思ったよりも早く目標の人物の居場所を突き止めることができたことに、蒼髪の青年の言葉を遮ってまで喜びの声を上げるチキ。
「・・・・・・お前達一体何者なんだ? なんで姉さんを―――緑のティアの所持者を探している?」
そんな彼女に対し、青年は警戒の色を強める。しかし優理は青年のその質問が自分の意図しないものだったために目を大きく開いて、
「え、君は僕等がティアの所持者だから助けてくれたんじゃなかったのか?」
そう聞き返した。優理はてっきり、自分達がティアの所持者だと知った上で、仲間だから助けてくれたとばかり思っていたのだ。しかし彼の反応からするに違ったようで、続く彼の口から出たのも、
「え、お前達もティアの所持者なのか!? 色は? 何色のティアを持ってるんだ?」
「僕は虹色で」
「ウチは黄色だ」
「そ、そうか。確かによく考えてみれば普通の人間が発光なんてできるはず無いもんな・・・・・・。とんだのろまが居るからついでに助けてやろうかって思っただけだったのに、まさかそれがティアの所持者だったなんて・・・・・・」
全く気付いてなかったようだ。
「アンタ、心の声がだだ漏れなんですけど。って誰がのろまじゃい!」
思わず飛び出た本音にチキが突っかかる。
「なっ! す、すまない。本心がつい―――」
「本心なら仕方ないな、うん。―――なんて言うかアホ!」
「だ、誰がアホだ! 助けてやったのは俺だぞ!」
「それはそれ、これはこれじゃい! 優理はのろまかもしれないけどウチは一切のろまとは無縁の女じゃ!」
二人の言い争いに何故か飛び火を喰らった優理。火傷跡を冷やすための弁解を唱えようとしたその時。優理はある重大なことに気がついた。
「僕はいいのかよ・・・・・・ってチキ、光の分身はどうした!?」
取っ組み合いまでしそうな勢いだったチキは、優理の言葉に反応して辺りを見渡し、ぞして首を傾げる。
「へ? あ、あれ、いつの間にか消えてる・・・・・・」
二人が言い争っている間にチキの出した光の分身は消えてしまっていた。重大な失態を一言で済ませたチキに怒りを露わにする蒼髪の青年は咄嗟に二人の聞き慣れない単語を口にした。
「消えてる・・・・・・じゃないだろ! もしかしてティアの具現化を使えないのか?」
「ティアの具現化?」
「やっぱりか―――!? 伏せろ!」
二人が具現化なるものを心得ていなかったことを知り、頭を抱える青年。しかし悩んでいる暇など追っ手は与えてくれなかった。気づけばすぐそこまで迫ってきていた影分身に、蒼髪の青年は再度、水でできた烏を放ち牽制した。
「あ、ありがとう」
言われた通りに頭を下げて襲撃を逃れた二人が、青年に礼を言う。
「話は後だ。あと少しでアジトに着く。影の攻撃に気をつけろよ!」
青年は慌ただしく早口で言ってのけ、足を速める。
「チキ、もう一度光の分身は出せないのか!?」
横からくる襲撃を虹の盾で防ぎながら優理はチキに問う。
「もう試してる! でも上手く出来ない・・・・・・」
さっきのが偶然上手くいった僥倖だったのか、術が発動しないことに狼狽するチキ。仕方無く腰のミセリルコリデを抜き、迫り来る爪撃に応戦しながら前方を走る青年を追う。
「あそこが俺たちのアジトだ! お前等は早く中に入れ!」
青年が目の前にある大樹の幹のにある隙間を指して、優理とチキに促す。二人は頷いて残り数メートルを全力で走る。と、急に蒼髪の青年は身を翻して立ち止まり、二人とすれ違った。
「ちょっとアンタ何してんのよ!」
チキが後ろを振り返り声を上げる。
「いいからお前等は中に入れ! 俺はこいつ等を足止めする」
青年はチキの言葉には耳を貸さず、一方的に言い放った。そして目の前の影の行く手を阻むための技を繰り出す。
《水瀧の壁》
刹那、蒼髪の青年の目の前には流れ落ちる水の壁が生成される。優理は彼の行為を無駄にしないようにとチキの手を引いて幹の隙間に身を投じた。
蒼髪の青年も後ろの二人の無事を確認し、水の壁から離れようとした―――その時だった。
「うっ、クソッ!」
急に現われた壁に一度は阻まれた影の分身であったが、二度目は影の特性を活かして瀧を透過。そのまま目の前に居る青年を捉えると闇の中へと引きずり込んでいった。
「今助けにいく!」
隙間から表を様子を見張ってた優理とチキが影に捕まった青年を助けようと身を乗り出そうとした。しかし、
「来るな!」
蒼髪の青年はそれを拒んだ。
「でも―――」
「俺はいいから! お前達は姉さんにこの事を伝えてきて・・・・・・く・・・・・・」
心配するチキを征して、なおも彼は助けを拒否した。そして最後にその言葉を残して影に完全に飲まれていった。
「優理、今すぐ助けにいこう!」
目に涙を浮かべながらチキは優理に懇願する。しかし優理はチキの申し出に首を横に振った。
「どうして・・・・・・。ウチ等はアイツに二度も助けて貰ったんだ。借りはすぐに返すべきだろ!? 今すぐ行かなきゃあの影に殺され―――」
「助けに行っても! ・・・・・・今、僕等が影の男と闘っても到底勝てっこない。そんなの彼を助けるどころか死にに行くようなものだ」
優理は声を張って、チキの無謀な案を却下する。チキはそれ以上言い返すことはしなかった。なぜなら優理が腕を振るわせるほど拳を握りしめ、我慢していることが分かったから。
「彼は必ず助けに行く。だから僕等は今やるべきことをやろう。まずは彼の言う通り、この先に居る緑のティアの所持者の所に行こう」
優理は自制の意も込め、自らに言い聞かせるように口にした。チキもそれを受け入れ首肯する。
自責の念を心に宿しながら、二人は緑のティアの所持者が待つアジトに向けて足を進めることにした。
優理 虹のティアの所持者
チキ 黄のティアの所持者
藍色の髪の青年?
緑のティアの所持者?
幻影のシャドウ
シャドウと話す謎の女?




