05 囚われの精霊と幻影のシャドウ
第五章はかなり気合いを入れて書いております。
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もうちょっと色んな方に呼んで欲しい!
「小賢しいカラスを追っ払ったと思えば、今度は二匹のこひつーじちゃんが迷子になっているじゃあないか」
間延びした口調で、しかし感情の無い言葉が実体のある影の方から聞こえてくる。
「カラス? 羊? 変なことばかり言ってアンタ何者だよ?」
「待てチキ、簡単に口を聞かない方が良い。この階段のループもきっと奴の仕業だ。不用意な接触は避ける方がいい」
ただならぬ気配を感じ取った優理はチキを片腕で征し、光の玉を先行させながら一歩ずつ慎重に階段を下っていく。城の入り口に佇む二つの影の風貌がはっきり見えてきた。
「マ、マブシイ・・・・・・ヒカ、リ、ヤメ・・・・・・ロ」
途端に実体の無いただの影の方がスノーノイズのような声で呻きだした。見かねたもう片方の影――――――真っ白なスーツに赤いネクタイを携えた体格の良い男性が、
「目映い、良い光だねーえ。でも君は明るいのが苦手だもんね、しょうがないから僕の中に入っていーいよ」
近づく光を腕で防ぎながら、中性的な声で語りかけた。黒い霧は地に潜り蛇のように這って男に絡みつき溶け込んでいく。すると男の纏っている白を基調としたブレザースーツはその半分を漆黒へと変えた。
影が喋る。元の世界でもセピア世界でも普通ならあり得ない珍事に、多少なりとも慣れてしまい冷静でいられることに、僅かばかり悄然の気持ちを抱く優理。しかし状況は極めて難儀なうえに危険だった。
スーツの男が何者なのかはハッキリしていない。が、こちらに対して何かしらの悪意や敵意があることは間違い無かった。その証拠に彼は一歩も動かず、城の出口を塞いでいた。
互いに距離を詰めず離さず、重たい沈黙が続く中、白黒の男がなにやら思いついたように語り始める。
「あ、そうか。僕の番ってことだーね? 僕が何者かを言えば話してくれる、そういうことだーねぇ? では、初めまーしてこひつーじさん。僕は黒の三英傑第二位配属将官シャドウ=リッパーだぁよ。みんなからは【幻影】のシャドウさんって呼ばれてるーよ」
肩に全く力の入っていない状態でふらふらと揺れながら自らをシャドウと呼ぶ男は挨拶をした。
「黒の三英傑って、優理!」
「あぁ、あの寄生虫と同じく僕達ティアの所持者を狙う黒の組織の―――敵だ」
グオーレ城で大臣から聞いたのと同じ「黒の三英傑」という言葉に反射的にチキが反応を示し、同じくして優理の心境も穏やかでは無かった。
頭では理解していても恐怖から来る震えと速まる胸の動機は納まらない。それもそのはず、目の前にいる敵はこれまでの敵とは比べものにならない狂気を放っている。
「優理どうするの?」
腰のタガーに手をかけながらチキは動向を伺う。向けられる瞳に優理は唾で喉を鳴らしてから答える。
「逃げよう。今の僕達に適う相手じゃない。奴の名前から察するにあいつは上から二つ目の位に値する実力を持っていることになる。二対一の状況でも勝てる見込みは万に一もあり得ないと考えた方がいい」
相手の情報が定かではない以上、あくまでも優理の予想でしかない黒の軍団の構成。しかしそれが合っているか否かは現状どうでもいい。とにかく目の前の影はヤバイ、それで充分だった。
「わかった。でもどうやって逃げる? 扉の前に立たれているんじゃ城から出ることも叶わないよ」
「僕に一つ策がある――――――」
優理の考えた作戦は至ってシンプルで、まずチキが敵の隙をついて足早に城から出る。そして一度居なくなったと思わせた後、城の中に居る優理に《光の導き》を使って、光の速度を付与し脱出するというものだった。
「分かった、それでいこう」
「合図を出したら決行だ」
白黒の男に聞かれないように小声で作戦を練り合わせ、チキは優理の合図を待つ。
再び訪れる無音の空気。しかしそれを凍り付かせるような一言をシャドウが散らした。
「へぇ、逃げるんだ。僕はてっきり君たちがティアに選ばれし者で、この城に囚われている精霊を助けにきたと思ったんだけど」
先ほどのゆるい口調とは打って変わった鋭い声色で、影の男は目の前のティアの所持者達に告げた。
「精霊が捕らわれている・・・・・・。それってまさか優理の!」
男の言葉を聞いたチキは大きく反応し優理を見る。ただ、隣に居る青年は剣呑な表情を浮かべて黙っていた。
もし仮にシャドウの言葉が本当なのだとしたら、それはチキの言う通り虹のティアの精霊である可能性が高く、これまで優理にだけ姿を現さなかったことにも納得がいく理由となる。加えて、優理自身がこの城に呼ばれていると感じたことも、精霊が主人の元に帰りたいと切に願う思いに引き寄せられたと考えるとこれも辻褄が合う。実際にチキはその感覚に至っていない。
よって男の言葉は十中八九当っていると考えられた。
自分にだけ居なかった精霊が、存在していたということに関しては帰郷の思いであったが、同時にこの場が危険地帯であることも優理は悟っていた。
白黒の男はティアの所持者をこの城で待っていた。囚われた精霊という餌を撒いて、精霊を取り戻しに来たティアの所持者達を仕留めるために。
しかしそんな奴等の策に溺れる訳でも無く、本能のままに罠に掛かってしまった目の前の迷える仔羊がただの羊か、それとも獲物か。影の男はそれを見極めるためにかまをかけたのだ。
結果としてチキが否応なく反応を示したことで、結果は火を見るより明らかとなってしまった。
「あはっ、やっぱりティアの所持者だったんだーぁね!」
手の平を合わせてパチンと鳴らす影の悪魔。それはさながら戦場で戦が始まる前の法螺の音と重なり・・・・・・。
「チキ、逃げるぞ!」
危険を察知した優理は作戦実行の合図を出すのと同時に虹色のレンズを左目に宿した。
チキも腰のタガーを抜き取ると、身体を四足獣のように前に倒して疾風に身を乗せた。
「真っ向から逃走を試みるか。多少荒いけれど良い判断だーね。でもぉ、既に君たちは袋の中の鼠なんだよねーえぇ!」
中性的な声は道化師のような男の奇妙さを増大させ、不適な笑みの内側には血肉を争うことへの高揚も混ざっているように思えた。
肉薄するチキが男の脇を抜けようとするタイミングで、優理が後方から援護を入れる。
「《虹の結晶欠泉》」
地面から突き出るようにしてチキと男の間に現われた虹の結晶。しかしそれを影の男は拳一つで簡単に砕き割る。そして隙間を狙って脱出を試みようとしたチキにめがけて脚を振り上げた。
「まだだ! 《七色に輝く鏡の盾》」
その攻撃を盾で弾こうと、優理が虹の反射板を両者の間に生成。
「ナイス優理!」
優理の咄嗟の判断を称賛するチキ。しかし、
「甘いなぁ」
男は蹴りを止める素振りを見せず、そのまま足をチキにめがけて振り切り・・・・・・、
「チキ!」
「がはっっ」
鉄棒が食い込むような衝撃を腹に受けたチキは吹き飛び、城の壁に背を打ち付けた。
「そんな馬鹿な・・・・・・!」
優理は目の前で起きた光景に目を見張った。
たしかに《七色に輝く鏡の盾》は発動した。なのに男の蹴りはチキの腹部に到達した。
「何故かって? 簡単な話だーよ。通り抜けたんだ」
優理の意思を読み取った男が片腕を前に出し、もう片方の手を交差するように振り下ろす。すると腕が重なる瞬間に、振り下ろした方の腕が実体を失い影へと化した。そのまま通り抜けた腕を再度、上に持ち上げるとかち合って止まる。
タネ明かしをする手品師のように自らの腕で再現をして見せたのだ。
「イッテーな、けほっけほ・・・・・・」
腹部を押さえながらチキは立ち上がり、口に溜まった血を唾棄する。
「チキ、大丈夫か」
影の男に警戒しつつ、チキの元にやってきた優理が肩を貸す。
「あばらの何本かは折れちまったけど、大丈夫、立てるよ」
荒い呼吸を整えつつ自立するチキ。
「無理はするなよ」
「ありがと。で、どうするさ優理」
再び影の男と反目する。必死なこちらに対して向こうは飄々と俯瞰してくる。
正直に言って力の差がありすぎだ。攻撃を受けるのも躱すのも、その一つ一つが言葉通りに骨が折れる。一矢報いるにしても、あの様子から見るにシャドウはまだ半分の力も出していないだろう。
「もう終わりなのかーな? もっと僕を楽しませて欲しいのだけれど・・・・・・。それに、精霊は置き去りにするのかーな?」
余裕の表情で挑発してくる白黒の男に、優理はぎりっと奥歯を鳴らして怒りを覚える。と、その時、
「カァァアアー!」
城の窓を割って数匹の青色をした何かが城内に侵入。そのまま上空を旋回する。
優理とチキが鳴き声は知っているけれど形姿の異なる生物の乱入に驚く中、影の男は煩わしそうに舌を鳴らして呟く。
「ちっ、またあの面倒なカラスか」
そう、城に入ってきたのはカラスだった。しかしその色は本来の漆黒とは違って透き通るような青。飛翔こそしてはいるがその羽根や胴は波うち、ぴちゃぴちゃと音を立てていた。
「あれは・・・・・・水か?」
優理が目を懲らして見たところ、おそらくそのカラスの全身は水で出来ていると考えられた。
「なんでこんな所に水で出来たカラスが居るの?」
チキが上空を舞うカラスを不思議そうに見上げていると、急にそのカラス達が一斉に影の男の元へ滑降していった。
シャドウは迫り来るカラスの群れを見ながら、
「全く、サキュの奴、逃がしやがったな」
そう口にして、全ての水烏たちを拳で迎え撃った。どこからともなく現われた奇襲攻撃はあっけなく散った。ところが、
「こ、これは・・・・・・」
男は自らの手や足に飛散した水滴を目にして表情を曇らせる。その液体は動かしても伸縮を繰り返して離れない性質を持っており、床と接触した部分は彼の足を完全に捕らえていた。
なんとその水烏はただの水では無く、スライムのような粘着性を持った水だったのだ。
「クソっ、なんだこれ離れねえ!」
粘着する液体に地団駄を踏みならすシャドウ。その様子を好機と見て取った優理とチキは再度、城からの脱出をするべく出口へと走る。
「なーんて、こんな子供だましのような技、僕には効かないよねーえ!」
シャドウは手足をさっきと同じ要領で影に変え、瞬時に元に戻し接合面からの離脱を成す。そして肉薄する二人にめがけて回し蹴りを繰り出し――――――
「子供だましで悪かったな」
刹那、その声と共に豪流が男の背に迫り、それを視線の端に捕らえたシャドウは瞬時に蹴りの空圧を使ってその場から離脱した。その結果代わりにその水流が優理とチキに襲いかかることになり。
「ちょっとまっ――――――ゴボボブフォ」
「これはやばっ――――――ゴボボブフォ」
目の前まで差し迫った激流を躱すことなど到底できるわけもなく、二人は大きく口を開けた水の龍に飲み込まれた。




