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aラストティア ~荒野の楽園編~  作者: 蒼骨 渉
第五章 呪われた城と虹の精霊
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04 廃れた城

 瞬間移動による視界と肉体の亡失から再びその両方を取り戻した時、辺りは既に闇へと化していた。輝きさえ有れば星が満開に広がっていいて、自然のプラネタリウムを観賞出来たに違い無いが、セピア世界では到底叶わぬ話。

 見渡す限り何も視認出来ない中、かろうじて見上げた空にはノミが居るのか居ないのか、薄らと白っぽい粒と同じく白けた月が見える程度であった。


 ソニアが言うには、ソニアの力加減次第で辿り着く場所が決まるとのことだったのだが、そもそも何も見えないため、ここが目的地の森なのかはたまた別の場所なのかは判別のしようが無かった。

 この状況で利くものとしては耳と鼻くらいだ。優理は僅かな変化を感じ取ろうとその両方に注意を向ける。


 音は・・・・・・しない。風の一つも吹いてやしないのかもしれない。

 ただ匂いはある。はっきりと濃いものでは無いが、近くに木々などの自然があるような香りが鼻腔をくすぐった。どうやらソニアの瞬間移動は完璧とまではいかなかったものの近い位置にまでは飛ばしてくれたようだ。

 段々と目が周囲に馴染んできて、影の濃さなどが識別できるようになってきたと感じられたその時だった。


 ジャリッ


 靴の裏で砂利を踏みならしたような音が丁度斜め後ろ、距離にして数メートルという近さで鳴った。


 背後に何か居る・・・・・・。


 心臓の鼓動が早まり、全身に向けた血液の奔流が加速。なのに手先や指先といった末端部分は酷く冷たく、感覚を失いつつある。荒くなる呼吸を必死で抑えるが、漏れる鼻息はどうにもならない。寧ろ隠そうとすることで露わになっているとさえ感じられる。

 落ち着け、そう落ち着くんだ。相手も音を出してしまったことで多少なりとも困惑しているはず。あれから耳を済ましているが何かが動いたような振動は感じていない。つまり相手もその場から動いて居ないはずだ。だいぶ目も暗闇に慣れてきたところだ。まずは相手の位置を確認しなければ・・・・・・。

 充分な思考時間を得られたことで落ち着きを取り戻す。そしてゆっくりと上半身だけを半回転させて音のした方へと首を回した。


「う~ら~めしや~」


 おしっこがちびれるかと思った。


「ふ、ふざけるな!」


「痛いにゃン!」


 振り向いた直後に腰辺りを捕まれた挙句、脅し文句を耳にした優理は身体の芯という芯をピーンと伸ばして硬直させた。その後、目下にちらつく黄色い双眼を確認し、手刀を双方の真ん中に向けて落とした。


「な、なんて真似をしてくれるんだチキ! こんなの心臓がいくつあっても足りないぞ!」


「何よ、ちょっと驚かしたくらいで! 頭かち割れるじゃないの、力加減しなさいよレディなんだから!」


「できるかっ! 背後から迫ってくる何かにレディも何も有るわけ無いだろ!」


「ふーんだ! じゃあもう後ろから抱きついてあげない。あーあ、残念ね、ワタシからのバックハグの機会を自ら消失させてしまうなんて」


 いー、と口を横に開いて僕を睨んでからそっぽを向いて拗ねる黄色い少女。

 そんな恐怖体験の権利なんてこっちから願い下げだ、と思いながらも口にはせず、同じく首を回した優理。するとチキが唐突に優理の肩を叩き、袖を引っ張る。


「ねぇ優理、あれ、見て・・・・・・」


 優理は驚かされたことに対してまだ根に持っており、


「何だよ、今度は本当に幽霊が出たとでも言うのか?」


 顔を背けたまま素っ気なく言い返した。


「いや、そうじゃなくて、ちゃんと見て」


 なおも袖を引っ張るチキに懲りた優理はチキの方へと首を振る。するとそこに見えたのは・・・・・・


「なっ・・・・・・これは、城・・・・・なのか?」


 さっきまで真っ暗で何も無いように見えていた所に忽然と現われたのは、見た目にして城のような大きな建造物であった。


「チキ、灯り出せるか?」


「ちょっと待って」


 チキは手の平を上に向けて、電球のような明かりを放つ球体を二つ生成し宙に浮かせる。急に明るくなったため瞳への刺激が強く、しばらくの間視覚は奪われてしまったが、その光のおかげで影のコントラストでしかなかった風景に色味がつく。


「ここは城の庭みたいだね」


 改めて周囲をぐるりと見渡して、チキは自分たちの居場所を確認した。


「間違い無いな。ただこの城はもう使われていないみたいだ」


「そうね、城と言うよりは廃墟に近いもの」


 廃墟、確かにそう例えるのがこの城には一番合っている。

 外壁や扉、階段に城を囲む柵、何も飾られていない土塊だけの花壇、それら見渡す限りにある風貌には苔や蔓が巻き付いており、長らく手入れされていないのが手に取るように分かる。崩れ落ちた岩塊や割れた窓ガラスの破片も無法に転がっており、正面の大扉の両脇にある階段に至っては途中で崩壊して使い物にもならない始末だ。

 ただ廃れていると、それだけなら別に大した感想も無くこのまま立ち去ることも出来ただろう。しかし僕はこの外観を目にしてふと不思議な想いを抱いていた。


 ―――――――――この城を僕は見たことがある。


 この城で僕等が食事や暖を取る姿、疲れを癒やして就寝する姿、人々に平穏な日々を与えて・・・・・・手を振られ敬愛されている姿?

 全く身に覚えの無い光景。それは記憶が曖昧な優理の脳裏に焦げ付き残っている記憶の欠片が見せた回想なのか、それともただの幻想か。どちらにせよこの城には僕を引きつける何かがある。そして城に誘われるがままに、


「チキ、ちょっと中の様子を見てみようか」


 そんな提案をチキにしていた。

 チキはまさか優理がそんなことを言い出すとは思ってなかったようで、隣に立つ青年の横顔を下から伺った。それから真剣な表情で城を真っ直ぐ見つめる優理を見て、何か思うことがあるのだろうと察し、首を縦に振った。


「分かったよ。でも暗いしボロいから気をつけて入ろうね」


「ありがとう。何かあったらすぐに退散しよう」


 二人は充分に注意を払い、危険を感じたら帰ることを約束して、少しずつ城の正門に向かって歩き出す。

 扉の前についてからもう一度周囲を警戒し、危険が迫ってないかを目視する。何事も無いことを確認した二人はゆっくりと古びた扉を押して城の中に侵入した。

 踏み入れた手足にはどことなくひんやりとした空気が伝い、物音一つしない空間の静けさとの相乗効果もあってか、背筋が凍り付きそうな気配だった。

 壁に空いた穴からは薄光がポツポツと差し込んでいたが、大した光量差も無く、外と変わらない暗さであった。そのため優理とチキは光の玉を先行して走らせることで周囲の状態を確認する。


 光を当てられた城内は外観からも分かるように石造りで出来ており、壁や階段にも同じ素材が使われていた。床には赤いカーペットが敷かれているが、これもまた破れたり解れたりと人気を感じさせない状態だった。

 入り口正面には幅が五メートルほどの最上階まで一気通貫している階段が構えていて、各階には廊下が左右に足を伸ばしている仕様だ。


「最上階まで一直線の階段とは、随分と変わった様式だな」


 赤い絨毯の敷かれた段差を慎重に登りつつ、優理は目を見張った。


「階段というよりも坂って感じだね。先が見えている分、まだこんなに残ってるのかーって足が重くなりそうだわ」


「よく言うよ、僕からリングを奪い去った時なんてあっという間に丘を登っていったくせにさ」


「そりゃ盗んだ相手に追いつかれるようじゃ、盗賊の名折れってもんだからな」


 チキはそんなの当たり前じゃん、と鼻高々に小さな胸を張ってみせた。


「盗賊の名折れねー。そういやチキって親分と出会う前から盗賊だったのか?」


 さらっとチキの過去について詮索をいれる優理。もちろんチキとの仲を深めることも含まれては居るが、この会話の目的は別にあった。

 チキは優理からの質問に対し、頭を悩ませる。


「うーん、盗賊だったのかって言われたらそうじゃ無いと思うなー。盗賊まがいの盗みはやっていたけど、それは貧しかったから生きるためにやってたことだし・・・・・・。本格的に盗みや身を隠すスキルを心得たのは親分に出会ってからだな」


「その親分にはいつから世話になってたんだ?」


「そりゃあもう随分と・・・・・・、いや一ヶ月くらい前かな? まぁ正確には覚えてないけどウチと親分の仲は天下一品級だぜ! あっ、もしかしたらこの城に親分を取り戻すリングがあるかもしんないよな。あー、しくじったぜー。出発前にラムじいに占って貰えば良かった」


 無邪気な笑顔を作りながら大好きな親分の話をするチキ。反対に優理は、思ってた答えが返ってこなかったことに対し少し残念な表情を浮かべる。


 優理が知りたかったこと、それは自分自身が城を目にしたときに見えたあの光景のように、記憶に無かったものが見える現象がチキにも起きていないのかということだ。

 チキと親分の関係は聞く限りかなり深い関係に思える。しかし実際には出会ってから一ヶ月も経っていない。だからチキと親分の間にも本来なら有るはずの無い記憶、もしくは忘れてしまっている過去のどちらかが有ると踏んでいたのだ。


「そうか・・・・・。あのさチキ、ここに来てから何か違和感を感じなかったか?」


 このまま掘り続けても答えは見つからないと踏んだ優理は別の角度から尋ねる。


「違和感? そうだなー。さっきからアンタがしてくる質問は違和感かもなー」


 遠回しに質問を繰り返す優理の意図が読み取れない、という点に違和感を覚えたのだろう。チキはニシシと冗談めかしく笑った。


「そりゃ失礼しました。ってそうじゃなくて、この城について何か感じたことは無いか?」


「城について? うーん、そうだなぁ・・・・・・違和感とはちょっと違うかもしれないけど気になってることはあるよ」


「というと?」


 優理がチキに聞き返すと、チキはその場に立ち止まって腕を進行方向に向かって差し出した。


「この階段、どこまで続くの?」


 どこまで続くのかなんて、そんなの最上階までに決まっているのに何を言っているのか。優理はチキの言葉に首を傾げつつ、チキの指さす方―――何の変化もない、上階へと伸びる階段を眺める。


「別に何も気になることなんて・・・・・・・・・・・・!?」


 再び視線をチキに戻してそう口にした時、優理もそのチキの違和感とやらに気付いた。

 何も変化の無い階段。もちろん材質や質量など物的なものは何も変わっちゃいない。だから階段自体には何も問題は無い。しかしこの状況で変わるはずのもの、変わらないとおかしいものが、変わっていなかった。


「――――――景色が変わっていない」


 最上階に向けて階段を上っていけば必然的に階数が上がり、残りの段数は少なくなるはず。しかし互いに会話を挟みながらも足は止めずに上り続けていた二人が目にした景観は最初となんら変わっていなかった。


「これは一体どういう――――――」


「一体どういうことなんだろうねーぇ?」


 困惑する優理とチキの背後から突然聞こえてきた中性的な声。慌ててその声のする方に顔を振り向くと、そこには二つの人影――――――いや、一つは人間の、もう一つは影そのものとも見える黒い霧が、開け放たれた正門の前で揺らめいていた。


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