12 王の間に差し込む薄光
程なくしてグオーレンを包む炎が消えると窓から薄い光が差し込んできた。
深い闇の夜が明けて太陽が顔を出したのだ。
ただセピア世界の夜明けは太陽が輝きを失っているために随分と暗い。
セピア世界にやってきて二度目の闘いを終えた優理達の表情もその薄暗い光と同様に晴れやかなものではなかった。
目の前には煤に包まれた二体の生命体が倒れている。
クリプトはかすかに胸の辺りが拍を打つがグオーレンはぴたりとも動かない状態だ。クリプトに操られたせいで獣のような姿になってしまったが元はただの人間なのだから無理も無いだろう。
僕等の心は落ち着くところを探し求め彷徨った。
動かぬ足で一点を見つめながら。
魔力の尽きた身体を支えることも忘れて、ただただそこに立ち尽くした。
やがて薄い光は僕等の激戦を制した勲章が刻まれた面を映し出す。
それでもなお、この空間には生温い空気を吐き出す呼吸音のみが流れた。
きっと、いや、確実に、僕達は、僕等ティアの所持者はコレを繰り返すのだ。身も心もボロボロにしながら、生き残っても報われない闘いを続けなくてはならないのだ。
その果てに待ち受けるのは一体なんなのだろう。
セピア世界から人類を救った英雄という称号だろうか?
魔王を討ち滅ぼした勇者だろうか?
剣と魔法に溢れた世界での冒険は、さぞかし心躍る楽しいファンタジーなんだと思っていた幼き頃の僕はもう、居なくなってしまった。そんな気がしてならなかった。
「イタッ!」
急にニュートンが僕の腕に背中の輝かしい虹色のトゲを、しみったれた空気を吹き飛ばすかのように刺してきた。
ただ、痛いと発した割に痛みは無く、どちらかと言えば身体のだるさや痺れが抜けている感覚がする。
そうだ、僕はクリプトに毒を盛られていたんだった。きっとニュートンがその毒を抜いてくれているのだろう。虹色のトゲは毒を吸収し紫へと色が変化していた。
でもニュートンが消したかったのは毒だけでは無かった。
きっと僕の心の中に生まれたわだかまりをも吸い上げようとしていたのだ。
その証拠に、完全に身体の毒が消えたにも関わらずニュートンはつぶらな瞳を真っ直ぐ僕に向け、刺したトゲを離さなかった。
魔力の欠乏が激しいカレンは刀で身体を支えながら、チキは全身の筋肉の硬直に身体を強ばらせながらニュートンと僕を見る。
二人も今回の闘いで僕と同じ事を、少なからずティアの所持者に与えられた使命の一部は考えただろう。
戦闘に勝利した後に続いた沈黙、そして今も、僕を見つめる眼差しは答えと導きを求めているのだから。
「ニュートン。僕はこれからどうしたらいいと思う?」
咄嗟にでた言葉は僕の素直な今の気持ち。言葉も通じない小さなハリネズミに聞くにしてはあまりに不釣り合いな問いかけだった。
ニュートンはまばたき一つもせずに僕を見つめている。
その力強さについつい弱気になってしまった僕は続けて吐露する。
「ごめんなニュートン、変なこと聞いちゃって。でも今の僕は藁にすがるかのように、小さな君に頼ってしまう。そんな気持ちなんだ」
するとニュートンは何を思ったのか僕の首に掛かっている虹のティアを引っぺがして床に降り、横たわるグオーレン等にティアを向けた。
「ニュートン?」
その後も繰り返し同じ動作を続けるニュートン。
きっと僕にティアを使って何かをさせようとしている。
それは分かるのだが・・・・・・。
「あ! 分かったよ!」
僕が頭を捻って考えていると、その様子を見ていたチキが何か閃いたように声を張った。
「分かったよ優理。ニュートンが伝えたいこと。それとティアの謎が一つ解けた!」
「ティアの謎が解けた?」
さっきまでの薄暗い表情を一転させるようにチキはパッと眼を開いてこちらに向けた。
「そう! ニュートンは私達にこの二人を自然の監獄へ導けって伝えたいんだと思う。でしょ? ニュートン」
チキがニュートンに膝を折って問いかけるとニュートンは首振り人形のように上下に首を振って頷いた。
「自然の監獄に導く・・・・・・。なるほど、そのための監獄だったのか」
カレンもニュートンに続いて頷く。
チキが辿り着いたティアの謎の答え、それは『自然の監獄は僕達ティアの所持者が闘うべくして闘う相手を収容するための場所』ということだった。
僕とカレンは初めて自然の監獄について知ったのは、勝手にティアの能力を使おうとした者が精神崩壊を起こした時だった。
あのときイリィはならず者がティアによる制裁で送られる監獄だと教えてくれた。
それからチキと出会い、チキの親分のように精神世界である自然の監獄に行くことや送ることができることを知った。
その後さらに修練の塔にも行ったのだがそれはよしとして、自然の監獄について大きく二つの能力―――制裁と送還―――を見出していた。
そして今回、チキお得意のひらめきによって解き明かされたのがこの二つの能力を掛け合わせた使い方で、これこそが本来の自然の監獄の使い方だったのだ。
つまり僕達はこれから対峙する敵を殺すのではなく収監することを選択できる。
ニュートンが伝えたかった事は僕達ティアの所持者はちゃんと誇るべき勇者なんだよってことだったんだ。
「そうか、そうだったんだな。良かった・・・・・・。僕達は何も心配することは無かったってことだよな。ニュートンありがとう教えてくれて。ありがとう・・・・・・」
そうだと分かった瞬間に急に張り詰めていた胸のわだかまりが消えて無くなり、代わりに大きな水たまりを作りそうな程の雫が瞳から溢れ出ていた。
膝から崩れるように身体を落とした優理。その膝頭にニュートンは近寄って行くと両手を広げてひっついた。
僕は思わずニュートンを両手で拾い上げ、そのまま頬の辺りまで持ち上げて優しく抱きかかえた。
頬からニュートンの細かい心音がトクトクと聞こえてくる。
それはまるで子守歌のように優しく、懐かしく、温かかった。
甘えん坊な小さい子供のように丸くなった優理をカレンとチキは柔らかく見守っていた。
もちろん二人も優理と同等にこの先に不安を抱えていた。何よりも今、優理と闘ったクリプトとは違って確実にグオーレンの命を奪ってしまったのだから、優理以上だったと言えるだろう。
しかしそんな二人も優理から溢れる人間味ある優しさのオーラに包まれており、そんな不安など影も残すことなく消え去っていくのだった。




