06 虹の雫Ⅲ:日輪の鳳蝶
「む、虫!!」
チキが気持ち悪い・・・・・・といった表情で緑の虫を見る。
「凄いですね。あれは完全に人間の姿ではありません」
イリィは腕を組みながら呟いた。
「そろそろお話も終わりにしようじゃないか。グオーレンも戦いたくて仕方ないって嘆いておる」
「優理どうする。敵は二人だ」
「グオーレンは獣のような速さと力を持っている。逆にクリプトは寄生虫の能力で操る術者だ。こういうタイプは大抵接近戦に弱い。だからカレンにクリプトを任せようと思うがどうだ?」
「うむ、一瞬で片を付けようじゃないか」
「頼もしいな」
「優理こそ」
僕とカレンは互いに視線を交わして間合いを計る。
「ククク・・・・・・術者は筋力に乏しいってか。まぁいいだろう、俺が手を下すまでもない。出てこい、俺の下部達よ!!」
なんとクリプトの合図と同時に鎧を着た人間がぞろぞろと壁の中から這い出てきた!
「ひぃ! いつの間にこんなに敵が隠れていたんだ!?」
チキの索敵スキルにも反応をしなかったのだろう。
僕とカレン同様にチキも視線を漂わせていた。
きっとクリプトにマインドコントロールされているに違いないのだが、こんな数の兵士をいつの間に準備していたんだ・・・・・・。
でもそれくらい想定の範囲内。今こそ僕の新技を使うときだ!
「カレン、チキ、作戦変更だ。僕が周りの兵士とあの虫を退治する。二人は協力してグオーレンをやってくれ!」
「了解した」
「任せて!」
二人の返事を確認するやいなや、ティアの魔力を全身に流してから一カ所、背中だけに集中して魔力を集める。そして一定の魔力の塊ができたのを確認してから眼をカッと開いて
《虹の雫Ⅲ:日輪の鳳蝶》
レンズには赤と黄のラインが色濃く映り、それと同時に背中に溜めた魔力が具現化し、そのまま形を蝶の羽根のように広げて象った。額には蝶の斑模様が虹色で描かれている。
この鳳蝶は優理が修練の塔で自分だけのオリジナルを創るときに、院長との思い話で大切に育てていたバタフリーを思い描いて、そこにチキの黄色を基調としカレンの赤の斑点を加えた、虹・黄・赤の三色の蝶だ。
「綺麗・・・・・・・・・・・」
チキはその美しい蝶の姿に瞬き一つせずに見入っていた。
「な、なんだこの魔力は!? それに一体何が起きたというのだ」
優理の変わりように複眼の目をぎょろぎょろと動かして驚くクリプト。
心を支配されている筈の兵士達もその一瞬だけは意識を取り戻したように、目に光が宿り蝶の姿に食い入る。
優理はその僅かなタイミングを逃さずに続けて、
「蝶紋様に惑い、そして眠れ《胡蝶の死と再生の夢》」
優理が両手を蝶が舞い踊るようにしなやかに前後に振ると、兵士達は次々とその場で眼を閉じていった。
かつて中国の思想家である荘士が蝶になった夢を見た時に、自分が蝶の夢を見ていたのかはたまた蝶の夢が自分なのかと、夢と現実がどっちつかずになってしまったのと同じく、彼らは今生きているのか死んでいるのかという狭間の中に誘われているのだ。
その場の全員が蝶の舞う姿にみとれる中、一匹の獣だけが苦痛にもがいて暴れていた。
人間としての自我がかすかに残っているが、自身で制御できずに見失っているのだろう。
すると理性のたががどこかに吹き飛んだように優理にめがけて突進してきた!
「グウオオオオ!」
優理は技の発動中ですぐに回避することが出来ない。
やばい! このまま諸に喰らったら死ぬ! でも今技を止めるとまだ完全に眠りに落ちてない兵士達が起き上がって・・・・・・!
優理は奥歯を噛みしめてグオーレンの拳を受けようとした、その時!
「優理、グオーレンは私に任せてくれと言っただろ」
カレンがヤヌスでグオーレンの拳を受け止め、押し潰されそうになるのを脚に力を入れて必死で耐える。
イリィも加わったおかげで完全に拳の勢いを殺した。
だがグオーレンはそのまま反対の拳を構えて振りかざす。
すると今度はチキが素早く近づいてきて、
「私じゃなくて、私達でしょカレン!」
そのままグオーレンの頭上まで軽々と飛び、ミセリルコリデをグオーレンの瞳に突き刺した!
「グガアアア!」
血が吹き出る眼を必死に抑えるようにしてその場で天を仰ぐ人獣。
チキはスタッと地面に降りると振り向いて得意げに顔で煽った。
「よし、兵士達はしばらく動けない。今のうちに二人はグオーレンを、俺はクリプトをやる」
「さくっとやっちゃおう!」
「足を引っ張るなよ!」
カレンとチキは互いに視線を交わして再びグオーレンと向き直った。
僕は兵士達と同じく眠りについているクリプトの元に駆け寄る。
がっくりと頭を落として項垂れているクリプトの前に立ち僕は拳を構えた。
だがその時、ふと頭にある言葉が過ぎる。
『僕はこいつを殺すのか?』
こいつは今抵抗することが出来ない。殺そうと思えば首を切り落とすことも、心臓を貫くことも容易にできる状態だ。
こいつは僕等の敵。同じティアの所持者であるソラをあんな目に遭わせて、人間を寄生虫で操り自由を奪う。
どのみちこのまま放っておく訳にはいかない相手だ。
でも僕はこいつを殺して良いのだろうか?
それがこのセピア世界でティアの所持者に選ばれた人間に与えられた権限と使命なのだろうか?
・・・・・・・・・・・・いや違う。そんなのダメだ。
いくら敵だからといって命まで奪ってはいけない。
僕は院長から生き物の命の尊さを教えて貰った。
孤児院ではご飯を食べるときに必ず、その命に感謝を込めてお祈りをしていた。
そんな僕が今この場でこいつの命の線を切ったら、院長はきっと悲しむに違いない。
殺しちゃだめだ。
でも殺せないならどうしたらいいんだ・・・・・・。
しかしこの躊躇いがクリプトの意識を取り戻す時間稼ぎになっていたことにこの後すぐに気づく。




