第95話 あの子の友達
リリーの親友の座を争うガーネットとトレニア。
自宅に戻って黒百合の女神に一応相談する。
「友情を利用するのね」
「あなたはそう思うのね。でも、助けてほしいのってもう一回、言ってみるわ。……この石は、トレニア持っていてほしいの」
「好きにしなさいよ。いまの持ち主はアンタなんだから」
「ありがとう黒百合」
アキラが庭から引き抜いて来たハープをすり潰し、布に乗せて貼り付けた。
「傷を治すような魔法は使えないんですか」
「これがねえ……。あんまり効かないのよ。私、魔法が使えるはずなんだけどね」
力なく鏡を見つめる。
顔、ゆがんでるっつーの。
「眠りの魔法や、形を変える魔法はマスターしたけれど、私には人を助ける力がない」
「……そんなことありませんっ! リリー様、僕はあなたに助けていただきました」
「ええ助けたわ。それは、黒百合の女神の力よ。魔力を得たのも、ガーネットの精霊の力。それでもあなたは、私に助けられたと言ってくれるの」
「もちろんです!」
ああ、また私は、言わせてしまった。
私が使える力は、本当にこれだけなの。言いくるめて味方につける。
君の優しさを利用しているのに。
……後悔なんて、しないけどね。
「で、どうするんですか」
「なにが」
「殴り合う前に、エメラルドを渡したら良かったんじゃないですか?」
「……すっかり忘れてたわ」
確かに。
そもそも、女神ベリロスのエメラルドなのだから、その化身たるトレニアにすぐに渡せばよかった。
「仕方ないひとですね……。ははっ……! 段取りとか考えましょうよ」
「計画とか段取りとか、一番苦手なのよ」
行き当たりばったりでもなんとか生きてきた、それは周りの協力があったからで、決して自分ひとりの力ではない。だれよりも私がへなちょこだと、解っているのよ。
できそこないの魔女。
君のほうが、本物だ。
「……君が笑ってるの、ひさしぶりな気がするわ」
「そうでしたか?」
余裕がなかったのは私の方かもしれない。
「アルベルタさんにプレゼント作ったでしょう。あんな感じでやりましょうか」
アルベルタ。シャルルロアの友達。彼女は元気にしているだろうか。
「……そうね。ネックレスにしましょうか。私がやるから、アキラはお風呂わかしてくれる?」
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入浴を済ませると、先に寝るようにリリーに言われた。ベッドに入るが、今夜はトレニアと話をしたい。
真夜中を過ぎて、さすがにリリーも寝たようだ。
ロッドを振りを変身する。
そっと家を抜け出し、トレニアの部屋の窓に小石を当てた。
しばらくすると、カーテンと窓が開いた。
「……誰よ、こんな時間に」
「夜分にすみません、トレニアさん」
「……誰?」
この姿で会うのは初めてなので、当然わからないだろう。
「私はガーネット。アキラが変身した姿と思ってもらえれば」
と名乗った。
「変身? それなら『アキラ』と名乗ればいいじゃない」
ロッドを取り出して先端のガーネットを見せる。
「私は旧ラウネル王国の王冠を得て、魔女になりました」
「ふーん……。石の力が馴染んでいるのね。性格が変わるほどに」
トレニアは窓から身を乗り出して、「魔法を見せてよ」と言った。
「旧ラウネル王国の王冠の持ち主なんでしょう? その力を見せてよ」
「わかりました」
ロッドを振るい、妖精ガレを呼び出す。
「……妖精を従えているのね」
「私の力を見せてあげる……。精霊に命ずる、描かれし者よ、我に従え!」
ドシンと、大地から土が盛り上がった。土がこぼれ落ちると、赤く輝くガーネットのゴーレムが姿をあらわす。
ゴーレムの肩に乗り、ロッドを掲げる。
「……へえ! 絵を描いて物質化するなんて……!」
「もっと出せるわ」
肩の上からトレニアへ呼びかける。この高さなら、窓からこちらを見る目線と同じくらいの高さだ。
「先程、殴り合っているのを見たわ。リリー様はあなたに来て欲しいと心から願っています」
「……ねえ。『アキラ』は、リリーのこと、好きなんでしょ」
「はい」
「なら、クラウス王子がいない方が都合いいじゃない」
「ええ。本当は。でもそれは、リリー様はいつまでも旅人のままです。お姫様になれない」
「……」
彼女の夢のカタチ。純粋で強固な執着は、終着点を知っている。
……私じゃ、ない。
「リリーが私を愛してないのは解っています」
「……」
「それでも、私はリリーに幸せになってほしい」
ちょっと待っててと、トレニアは窓を閉め、外へ出てきた。
「本音を聞かせなさいよ」
彼女は手にした杖で、光の玉を作り出すと、こちらへ飛ばした。顔に向かって。
「きゃっ……!」
ゴーレムの肩から落ち、地面に叩きつけられて息が詰まる。
「王子を助けて結ばれる、それがリリーの夢。君は? 君はどうしたいの」
「……」
聞いてくれるということは、仲間になってくれるということだろうか?
「クラウスに渡したくないわ。どうすればいいのか、考え中なの」
「……」
「クラウスを助けるために、あなたの協力が必要なの。私のことはともかく。来てくれませんか」
「ふー……ん」
「リリー様の望みをひとつでも多く叶えてあげたい。そのために魔女になったんだから」
彼女は杖をこちらに向けたまま、顎に指を当てた。
「……考え中と言ったわね。私もそうかもしれない」
リリーと殴り合って、自宅に戻ってから、シャーロットに「トレニア。なんであんなに怒った」と聞かれた。
「リリーは自分の夢を叶えようとしているだけだ。アキラはそれを見て理解して、一緒にきてくれた。お前が口に出すことじゃない」
「わかってるわ。私の知らない間にリリーが苦労したってこともわかる。リリーが、他の人に助けを求められるようになったのもわかる。どうにもならなかったから、変化したのよ」
人はそれを『成長』や『進化』と言い換えるのだろう。
それでも。
「それでも、リリーが他人を利用するような女になったと思いたくない」
「『利用』じゃない。アキラは、自分の気持ちをおさえて、リリーの役に立とうと頑張ってる。それを、お前が利用って決めつけるのは、少し違う」
私が眠っていた2年間、どれだけリリーが苦労してきたか、シャーロットから全部聞いた。
変化せざるを得なかったんだと理解はできる。
納得できないだけ。
「でもな、お前がどうしてもリリーと行きたくないなら、オレはお前に従う」
シャーロットと、村で二人でリリーの帰りを待つことはできる。
辛く苦しい旅をしているだろうなと想像しながら。
でも、そんなのは私らしくない。
「……私はどうしたいのか、答えは決まっているわ。でも……」
「トレニアさん。リリー様は、夜中に、ハンカチに刺繍するような方です。あなたの名前を」
「……え……」
「彼女は、あなたが知る彼女のままです。何も変わってはいないわ」
リリーには幸せになってほしい。この子と同じ気持ちには違いない。
友として。
私がしてあげられることはなんだ?
いや、私がいれば、いい手が見つかるかもしれない。
「わからない、ではなく、『考え中』って言ったわね。その感じ好きよ」
迷っているのは、私らしくない。
「こんな時間に来て、私の機嫌を損ねるとは考えなかったのね。バカっぽいところは、リリーと似てるわ」
……そうか。
アキラよりも、ガーネットは、リリーに似ている。考えなしでいつも思いつめて。
思いつめていたのは、私も同じだ。
「へなちょこ魔女どもを放っておけないわね」
あの子の友達は、私の友達でもある。
考え中のまま、進んでいけばいい。
「明日行くわ」
「……ありがとう!」
友達だから許せないこと、新しい友達ができること。
許容範囲を広げることも、優しさ。




