第74話 再会と契約
セティスと会うため、シャルルロアに戻ります。
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薬を変えて試す方法を繰り返し、女王の病状は日毎良くなっていった。
全国から集めた医師に、薬の調合をまとめさせた。薬草の名前や量を書きとめ、集められる限りの種子を集め、小さな壺に入れて保管させた。
これで、調合がわかっても薬草がないということを防げる。
薬が万人に行き渡るようにしておけば、疫病が流行っても対応できるだろう。
女王の墓として建設が続く墳墓の、地上部分には桜や桃も梅を植えさせた。厳密に言えば違う種類かもしれないが、雰囲気だけは桜まつりができる。
なかなかアミシのエメラルドが見つかった知らせは届かない。僕は人形師のセティスに手紙を書き、女神カルコスの像を作ってもらうよう依頼をしていた。
像がだいたい出来上がったと返信が来たのを機に、黒百合の女神に頼んでみた。
「以前、行ったことがある場所へ連れてってくれませんか」
「いいわよ別に」
彼女の故郷ランズエンドに、一瞬で移動した時から、移動魔法のようなものはあるのだろうと思っていた。
シャルルロアに帰りたいというと、
「あんたねえ、兵士に見つかったら捕まるわよ?」
「ガーネットの姿で行動するので大丈夫でしょう」
リリーはどうするんだろうと思ったら、「私はパス、むざむざ捕まりにいくことないわ」とヒラヒラと手を振った。
「すぐ戻りますね」
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シャルルロアの街に、ちょうど夕暮れに間に合うように移動する。
石畳の道の往来は、あいかわらず激しい。セティスの店の明りは点いていた。窓ガラス越しに見るセティスは、相変わらず王子様のような金髪に、色白の顔をして、その顔貌に似合わない作務衣のような作業着を着ていた。
「いらっしゃい、ませ」
「お久しぶりセティス」
製作中の人形を、作業机の上に落とす。
「……ガーネット……。いや、アキラ、君なのか」
「久しぶり、お手紙ありがとう。女神像を受け取りに来たの」
「……」
「カルコスの次期女王から代金は払ってもらうから」
セティスは、盛大に溜息をつき、両手を広げてみせた。
「そういうことじゃないだろう? 久しぶりに会った友に対する言葉がそれかい?」
「……ごめんなさい。私、あまり友達がいなかったものだから……」
謝ると、セティスはぎゅっとハグしてきた。
「会いたかったとか、そういうの聞きたかったな。私だけなのかなって思って、さ」
そっと両腕が離れると、セティスはドアを開け、OPENの看板を逆にした。
暖炉の前にどうぞと、手を取られる。
「そういえば、前、レストランで食事したよね。あの夜は楽しかった」
「……ええ、覚えてる。美味しいケーキだった、バラの形の」
「もっと、仲良くなりたかったのに、君はリリー・ロックと共に街から消えてしまった。さみしかったよ」
「ありがとう、でも」
「いいんだ。……ねえ、男の姿に戻ってくれないか? 恋をしてしまうから」
変身を解くと、セティスは台所から紅茶とクッキーを持ってきた。
「他国の女神像を作れなんて、すごい依頼が来たなと思ったよ。今は、カルコスにいるんだね」
「うん。探しものをしてる」
「ラウネル王国の王子じゃなかった?」
「彼もだけど。……ほかにも」
「……私には、話せない?」
シャルルロアとラウネル王国は敵同士。僕とリリーは、彼の姉を殺さないといけない。
「……いや、話す。聞いて欲しい。僕は今、カルコスで別の女神の力を宿した石を手に入れた。可能性は低いけど、君のお姉さん、リリー・スワンを殺さなくてすむかもしれない」
「へえー……」
「ダイアモンドナイトには、姉妹がいる。彼女たちの力を借りて、シャルルロアから追い出して、母親の元へ返せるかもしれない」
「……」
「ただ、成功するかはわからないし、失敗した場合、リリーの基本方針は変わってない」
セティスは合わせた指先を、離してはくっつけて、指を組んだ。その手をまた離して、クッキーをつまむ。
「姉を殺さないで欲しいと、私がお願いしたことを覚えていてくれたんだね」
「別に……、君のためじゃない。それにうまくいくかわからない。リリーは別に殺してもいいと思ってる」
仮に、ダイアモンドナイトを返品できたとして、女神の力を失った女王を、民はどうするだろう。
そのまま女王として扱ってくれるだろうか、それとも暴動が起こるだろうか。
その時に、リリー・スワンが無事でいる保証はない。
「リリー・ロックの気持ちはどうだっていい。可能性があるなら私はそれに賭けたい。私にとっては、たった一人の家族だ。話してくれてありがとう」
セティスは体を乗り出して、僕の唇にキスをした。
「……驚かないんだね」
「よくセティスはナンパしてる印象あるからいまさら」
「ナンパって?」
「異性に声をかけること」
肩を押して距離をとる。いまの僕はリリーのものだ。と信じたい。
「私は君が、男でも女でも構わないんだ。私の世界に飛び込んできたのは君の方」
だから協力するんだよと、ぐっと肩を抱かれた。
これ、キスされるやつだ。
これ以上はいけない。
「んっ……、んん?」
唇に指が押し当てられた。
「……ごめんね。君の気持ちも考えずに」
ちゅっと、セティスは僕の腕を取り、手首に口づけた。
「……閉じ込めてしまいたいけど、そういうわけにもいかないよね」
本題に入ろうと、彼は足に力が入らなくなった僕の肩を抱き、ソファに座らせた。
「アキラ。カルコスの女神像を作るのは構わない。でも、それだけで、私に会いに来たわけじゃないだろう。何か目的か話して欲しい」
「……お姉さんを助けたいという気持ちは、今でも変わらないよね。僕は、ダイアモンドナイトを返品するだけでいいと思っているけど、リリーが女王の暗殺を諦めてないなら、僕には止められない。彼女を抑え込めるだけの力が必要だ」
「君は魔法を使えるようになったんだろう?」
「リリーの本当の魔力はわからない。彼女は黒百合の女神のアメジストを所持している。僕とは比べ物にならない魔力を持った石だ。しかもリリーはたいした魔法を使わないんだ。見せないようにしているのか使い方がわからないのか、判断できないけど」
「……私に、何をしろと」
プリンセス・リリー・スワン以外にダイアモンドナイトを使役できるのは、彼だけだ。
殺し合いになった時、最後にリリーと黒百合の女神を止められる戦力が必要だ。
「リリーのためなんて言わない。僕のために力を貸して」
「……君の目的が果たさせたら、私は用済みかい」
「……そうだよ。それは僕も同じこと。クラウス王子を助け出したら、用無しだ」
自分の意思で選んだ道とはいえ、なにもかもリリーの思い通りにはさせない。
「アキラ、君はあの魔女といたせいで、魔女になってしまったんだね」
「そうだね。でも、僕といれば、お姉さんを助けてあげられるかもしれないよ?」
ソファで二人きりで見つめ合う。友達以上の感情を利用して戦に巻き込もうとしている、確かに僕はもう戻れない。
「魔女と契約するのは、キスだけでいいのかい?」




