第149話 女神と女王と復讐者と
クラウスの姉・クラーラ登場。
「久しぶりね」
まばゆい光の中で、僕は黒百合の女神と再会した。
「良かった、僕の声が届いたんですね」
「ええ。リリーが死にそうなのよ。戦で負けそうなの」
「聞きました。母から」
「アキラ、ごめんね、間違えてお母さんを呼んじゃったのよ」
雑な女神の謝罪に苦笑する。
「メイドの……エリンシアは、あなたの知り合いなんですか」
「リリーの友達よ。王妃になって、メイドとして呼んだの。私のことを怖がらずに、よく尽くしてくれたわ」
「なるほど。母が、死んだエリンシアの体に呼ばれたのは六年後でした。あなたが、母を呼んだんですよね」
女王の座を取り戻そうとするクラーラ姫と、戦っている六年後のリリー。
いま話しているのは、六年後の、黒百合の女神ってことだ。
「黒百合の女神……、あなたは、六年後から、やってきたんですね」
僕がこの世界に戻ってきてから、まだ一年しか経っていない。
「ええ、そうよ」
「母はもう助からない。新しい感染症が流行って、世界は変わってしまいました。僕はもう一度、ラウネル王国に連れてってください」
「いいの? せっかく、もとの世界に戻れたのに」
「六年後の、エリンシアも、あなたも、メキラとハイラも、僕に助けを求めた。リリーに幸せになってほしかったのに、そうはならなかったということでしょう。今度は、きっと、彼女を守りきってみせる」
リリーに会わなくてはならない。
そしてクラーラ姫にも。
「まずは六年後のリリーに会います。状況を確認したら、僕がラウネル王国を去った日まで戻してください」
「クラウスと戦った日ね。結婚させない気?」
「21歳でクラウス王子が死ぬとわかっているなら、止めなくては。子どもたちだって、生まれてきたのに殺されるのでは、あまりに不憫です」
「私が、時を戻せると?」
それは違う。
彼女には、そこまでの力は、ない。おそらく。
「あなたは、時を戻すことはできないんでしょう。あなたは、大地の神の娘ではありますが、世界のすべてを作った神ではない。しかし、人間をひとり、異世界から呼び出すことはできますよね。それなら、僕を時の向こうへ飛ばすことはできる。違いますか」
「……」
「あなたは、聞かないと教えてくれませんよね。『聞かなかったじゃない』とよく言っていました」
自分の能力をひけらかすことも、説明することもしない。彼女は彼女なりに、人間たちに干渉しないようにしているのだろう。
誰よりも物ぐさな女神、まだきっと能力を隠している。
彼女の力の限界を超えれば、もしかしたら。
「六年後に飛ばして、その後、あなたがラウネル王国を去る日まで戻せばいいのね」
「あなたなら簡単でしょう?」
「……アキラ、本当に面白い子ね!」
ニヤリと黒百合の女神は笑い、手を叩いた。
「できるんですか」
「できるわ!」
調子良く答える彼女は、本当に気まぐれで。それでいて、厳密にこうしてほしいと願わないと何もしてくれない。
なんでも、察してくれる神はいないってことだ。
「ティラリア。あなたが友達で、本当に良かった」
「私もそう思うわ。あなたがいなくなってから、ずっと退屈だった」
ぎゅっと彼女の手を繋いだ。
「行きましょう、ラウネルへ!」
リリーはきっと黒百合の女神に、どう助けを求めていいかわからなかったんだろう。夫が殺され、子どもたちが殺されて、動揺しているうちに事態が悪化していったんだろう。
不器用で、可哀想なリリー。
僕が助ける。
目を開けると、そこは焼け落ちたラウネルの城下町だった。
城まで続く、兵士たちの死体。焼け出された町民たちが、死体を片付けて、石畳の隅で布をかけている。
小さな国だが、平和だった。
戦火は、この小国を飲み込もうとしている。
箒で飛んで、城内に侵入する。咎める者もいない。
玉座で、眠っているリリーを見つけた。
髪は傷んでバサバサになっていた。長く伸びた爪は、汚れている。美しい仕立て屋だった、彼女の姿はどこにもなかった。
「リリー様」
「……誰……」
「アキラです。お久しぶりです」
カッと見開いた彼女の目から、涙が溢れ出した。
「……アキラ……。本当に……」
「母が……、いえ、あなたのメイドだったエリンシアが、黒百合を通して、僕に助けを求めてきました」
「エリンシアのことを知っているのね。アキラ、あなたの母に会ったわ。……本当に助けを……」
やせ細った体を抱きしめ、猛烈に後悔した。
クラウスとの結婚を許すべきではなかった。
ただ、彼女に幸せになってほしかったのに。
戦わなくては。
「陛下!! 敵襲です」
兵士が駆けつけて報告した。敵軍は3万。一部が城内に侵入した。
怒号と軍靴の響きが迫ってくる。六年後の状況を確認してすぐ、戻る予定だった。
クラーラの姿を、確認しなくては。
ガーネットに変身する。
「描かれし者よ、我に従え」
ゴーレムを出し、待ち構える。
玉座の間の扉が破られた。
赤いドレスに、銀色の髪の、ツインテール。
ガーネットと同じ顔。
「我が名はクラーラ。ラウネル王国の、女王になる者よ」
身長も声も、なにもかもが瓜二つだ。
きらめく斧はすでに血で濡れている。
「はじめましてクラーラ姫。僕はアキラ。今までどちらに」
「あなたがアキラね。石の中に閉じ込められていたわ。弟と同じようにね」
「なぜ、私の……アキラの名前を知っているの」
「シャルルロアの女王は、私の友達なの」
では、この軍はシャルルロア兵か。
「……火山の、巨大な石からクラウスを助け出した時、あなたの姿はありませんでした」
「私はシャルルロアの宝物庫にいたわ。石の中に閉じ込められたまま、宝石のネックレスの中に紛れてね」
「……誰がそのようなことを」
「宰相よ。私を助けてくれたのに。……弟は、私も彼も、なかったことにしようとした」
許せないわと、クラーラ姫は斧を振り回した。
「弟は魔女と女神の協力を得ていたのに、私を見捨てた。私こそが王位継承者なのに」
「クラウスは……あなたが森から突然いなくなったと言っていました。彼を見捨てて」
「宰相コンラードは、弟を城へ連れて行って、私だけ石に閉じ込めたのよ。弟を王位につけた後、迎えに来ると言っていたのに、結局、誰も私を助けなかった。挙げ句に処刑されるはずたっだ」
なるほど。
そりゃあ怒るのも無理はない。ラウネル王国とシャルルロアが激しく対立してしまい、コンラードは、クラーラ姫の居場所を明かせなかったんだろう。
処刑されるはずだったのに、彼女は死ななかった。
誰かが手助けをしたのか。
「アキラ。暁の魔女、あなたがすべてを変えた。リリー・スワンとダイアモンドナイトを倒した。礼を言うわ。でも、リリー・ロック、あなたは別よ。国を奪った魔女として死んでもらう」
「……」
「リリー様!!」
飛び上がったクラークの斧が、僕に襲いかかったが、一瞬でリリーの肩を裂いた。
「リリー様!!」
どうして僕を庇った。
突き飛ばされて壁に激突する。
崩れ落ちるリリーの姿が、スローモーションに見えた。
「……やった……!! ついに魔女を倒したわ……!」
なるほど、これが僕が頑張った結末か。
リリーが死ぬところは見たくなったなあ……。
書き直さなくてはならない。
まだ殺されてやるわけにはいかない。
「クラーラ、お前は忘れている。私には黒百合の女神がついてる。この国の神が」
「それがなに?」
「私が望めば、神の力が使えるってこと」
リリーの体を抱き上げる。
「クラーラ姫、また会いましょう」
転移の魔法でその場を脱出した。
ラウネルの村に戻り、彼女の家に運び込んだ。黒百合の女神に頼み、傷を治すが、追いつかない。
血の量からいっても、これは、助からないだろう。
「リリー様、僕はあなたのおそばを離れるべきではありませんでした」
「……そうね……。私も……後悔している」
斬られた肩から溢れる血が止まらない。
こんな結末は嫌だよ。
「リリー様、必ずお救いします。僕を信じてください」
「……愛ってやつかしら」
「はい。ずっとあなたに愛されたいと思ってました。違いました。僕は自分の中の気持ちを信じきれてなかった」
やっと信じられる。僕には運命を変えられる力があると。
心は強く生まれ変われる。
「必ず、お助けします。また会いましょう」
「……ありがとう……。また……ね……」
握りしめていたリリーの手が、崩れ落ちた。
落ちた涙が、リリーの頬を濡らした。
「……」
「さ、行きましょう……アキラ」
トレニアの家を訪ね、クラーラの手によって倒れたことを伝える。
彼女は「リリーは助けを求めるのが下手な子だから」とうつむいた。
「僕はこれから、過去に戻ります。この世界を変えてみせる」
「……そんなことができるの……」
「リリー様と約束しましたから。僕が過去に戻ることによって、きっと未来は変わってくるでしょう。リリー様を死なせない。今のあなたとはもう会えませんが、僕たちは、必ず、この村に帰ってきます」
リリーの死をこのままにはできない。
わかったと頷いて、トレニアがハグしてくれた。
「……アキラ。行きなさい。どうか無事で」
「はい」
「忘れないで、私たちは友達よ」
一人で戦わなければいけないような気がしていた。トレニアの優しさに泣きそうになる。
「どんな状況でも、助けを求めるのよ。一人でできることは限られているわ」
「……トレニア……。ありがとうございます」
この手で世界を変えてみせる。
この恋を夢物語のままになんて、させない。
「トレニア。また会いましょう。結婚式には呼びますね」
「ええ。楽しみにしているわ」
リリーの死を変える、アキラの最後の戦いが始まる。
まだまだ感想・ブクマなどお待ちしております~!!
ラストは決まっているので、エタる心配はありませんよ!




