第147話 病室にて
池袋に戻ってきました。冒険の旅は終わりかとおもいきや……?
147 病室にて
目を覚ますと、白い天井がぼんやりと見えた。
ここはどこだ。
ラウネルで、リリーとさよならして、元の世界に戻ってきたはず。だとしたら、ここは池袋だろう。
目を動かすと、僕の腕はなくなっている。
そうだ。
池袋東口が崩落して、僕は死んだはずだった。黒百合の女神に助けてもらったんだ。
ナースコールを押したくても、左腕もほとんど動かない。
消毒剤の匂いと、わずかに、尿の匂いがする。
生きてはいるけど……。僕は……。
もうリリーに会えない。
「……う……ぅぅぅぅぅぅぅ……あぁ……」
喉が、吸い込んだ息を吐き出して、泣き声が出た。
「あぁ……」
誰か。話したい。
僕とリリーの物語を。
嗚咽に気づいたナースが駆けつけて、「日向森さん、日向森暁さん」と呼びかけた。
「意識が戻ったのね、先生を呼んで!!」
バタバタと数人が駆けてきた。カーテンの隙間から見えた太陽は白っぽく、今が夜明けだとわかった。
マスクをした医師が言うことには、一年ほど眠っていたこと、世間では新型の感染症が流行していて、人との面会には厳しい制限があること。
そして、母が感染症にかかり、同じ病院に入院しているということだった。
朝食代わりの点滴のあとに、体を拭いてもらった。
スマートフォンがベッドサイドにあるので、久しぶりにSNSを開いた。左手では操作しにくい。
なるほど、新型コロナというものが流行っていて、世界はすっかり変わってしまったらしい。
そんなことはどうでもいい……。
右腕がなくなって、漫画を書くこともできなくなった。僕はリリーのことを忘れてしまうのだろう。そのうち。いつか。きっと。この恋は夢だったと、僕自身が思う日が来るのだろう。
涙が溢れて止まらなかった。やせ細った左手ではうまく拭えず、小鼻に流れた涙が痒くなる。
誰か。
一人ぼっちは嫌だ。
SNSに、池袋の駅前崩落で入院していたと書き込んだ。異世界に行った話がしたいから、誰かお見舞いに来てと連投する。頭を打ったと思われるかな。
しばらくすると、フォロワーからDMが届いた。病室の番号を教えて、その日は眠った。
数日後。
「日向森さん、面会です」
とナースが、体を起こしてくれた。
「……」
シャーロットと、ゾーラ。
もちろん違う。でも同じ顔だ。
アクリル板越しに、僕たちは挨拶した。
「はじめまして、アキラです」
「フォローしてます、緑川ラーメン六号店です」
シャーロットは、緑川ラーメン六号店さん。
「はじめましてですね、団子山です」
ゾーラは団子山さん。
ふたりとも、ジャンルは違うが長年のフォロワーだ。
「コロナ対策で、アクリル板越しでも30分が限度なんです。スマホは使えるみたいですね、ビデオ通話のアプリ入れてあげるから。これで、家に帰っても話せます」
シャーロットと同じ顔の、緑川ラーメン六号店さんがテキパキとアプリを入れてくれた。
「要点だけは聞いておきたいんだけど……。異世界の話、を」
「ありがとうございます。こちらから来てもらったので……。頭がおかしくなったと思われても構いません、まずは聞いていただけますか」
「もちろんです」
二人が真剣に聞くと約束してくれたので、僕はリリーの話を一から話した。
シャルルロアという国で、リリーと出会ったこと、彼女は祖国の王子の奪還のために敵国に潜入していたこと。
そして僕が魔女になったこと。出会った人々、大地の女神たちの話。
彼らは、黙って聞いていてくれた。
そして少しだけ、席を立った。
戻ってくると、
「アキラさん。言いにくいけど……腕がなければ、漫画はもう書けないよね。その物語は、消えてしまうよ」
「……ええ」
「二人で話したんたけど、そのディテール、人物の描写、思いつきの創作なんかじゃないってわかる。君は確かに、その世界で時を過ごしたんですね」
「信じてくれるんですか」
「もちろんです。記憶が飛んでいるなら、途中で細かいところは適当になるはずなのに、他国の話や、性格の悪いクラウス王子の話も、嘘とは思えない。信じるよ。俺はシャーロットっていう、変身する猫と同じ顔なんだろう?」
「私はメイドさんのゾーラに似てるんでしょう」
平行世界といったほうが近いのかな、とゾーラと同じ顔の団子山は言った。
「ねえアキラさん。あなたは、結末に納得がいってないように、聞こえたわ」
「……そうですか?」
「私は字書きだから……。もしよかったらだけど、書き起こしましょうか。細かいところは、あなたが修正すればいい」
「小説にしてくれるってことですか」
「……だって……。もう漫画は……」
そうだった。僕にはもう右腕がない。
今日はそれぞれ帰宅し、打ち合わせはビデオ通話ですることになった。
「書いているうちに、忘れてることを思い出すかもしれないし」
「ありがとう、聞いてくれて。でも、どうして来てくれたんですか」
そうですね、とゾーラによく似た団子山さんは微笑んだ。
「異世界に行ったなんて、フォロワー、ついに頭がおかしくなったのかと思うじゃないですか。でも、本当だったら聞いてみたいと思って。お会いできて良かった。その、腕……、今はないけど、そちらの世界でリリーを賭けて戦ったんでしょう。私達は信じます」
「団子山さん」
「あとでアプリの方で連絡します」
片手でも、スマホの操作はできた。アプリで繋いだ二人が、「気になることがある」と切り出した。
「クラウス王子の姉クラーラのことなんだけど、本当に死んでいるの?」
「王位継承者なら、弟と知らない女が勝手に王になれば、恨むはずだ」
団子山さんと、緑川ラーメン六号店さんがそれぞれ意見を述べる。
「僕の友達の巫女に調べてもらったんですが、見つからなかったんです。僕は焦っていました、クラウスに『家族になって』と言われて」
「探しておいたほうが良かったんじゃないかしら」
「クラウス王子は、女の子に変身した君を姉にすることで、リリーとの結婚を防ごうとした。失敗はしているが、クラーラ姫が死んでいる証拠は何もない」
「……クラウスも、急いでいた。僕がいるからだと思っていましたが……」
本当は、姉が生きていて、彼女が女王になることを恐れていたのだろうか。
「災いの種にならなければいいけど」
もう一度、戻れるならクラーラ姫を探し出せるものを。
ラウネル王国は違う世界で、電話もできない。
「リリー様に会いたいな……」
「……アキラさん」
「……なにか、向こうの世界と繋がる方法があればいいんだけど……。思いつかないな……。すまない」
黒百合の女神と話せれば。でも、彼女のこの世界の神ではない。メキラとハイラは、誰か、如来の部下だと話していた。何、如来だっけ……。
「あの、ちょっと検索してほしいんだけど、ハイラとメキラっていう仏像を」
「仏像? 待ってて」
検索すると、波夷羅大将と迷企羅大将と、すぐに判った。薬師如来の、十二神将のうちの二神。いまはラウネル王国にいるが、なんとか連絡がつかないだろうか。神仏なんだから。
「結局、この十二神将というのは、神なのか、佛なのか?」
「インドの古い神が仏教に取り入れられて、護法善神となったものである。って書いてあるわ。もともとは神ということなのか……」
その元は、夜叉と呼ばれる鬼神だったらしい。そういえば、彼らは武器を持っていた。
「無理なお願いかもしれないけど、薬師如来を祀ってあるお寺で、波夷羅大将と迷企羅大将のお守りとか……像とか……、買ってきてくれませんか?」
「いいよ。買ったらまた病院まで持ってってあげるから」
後日、二人が買ってきた薬師如来のお守りと、小さな木の仏像を受け取った。十センチ程度の小さいが、精密なものだ。
アクリル板越しに頭を下げる。紙袋の中に手紙が入っていた。
『アキラくんと、お母様が元気になりますように、薬師如来様のお守りと、仏像は、迷企羅大将と波夷羅大将です。あと、ここの病院の屋上にほこらがあって、そこには薬師如来が祀られています』
あとで行ってみると伝えて、二人には帰ってもらった。
薬師如来というのは、病気やケガなど、私たちの現実の痛みや苦しみを救ってくださる現世利益の仏様らしい。全ての人を明るく照らし、善行できるようにする、全ての精神的な苦痛や煩悩から解かれるように援けるなど、誓いを立てて、人々のさまざまな苦の救済を願った、らしい。
それにしても、どれほど強い感染症かしらないが、直接話ができないのは辛い。マスクも邪魔で、息苦しい。
一年間眠っていた僕の体は弱っていて、車椅子でないと移動ができない。それすらも、マスクは必須で、勝手に別のフロアに行くと怒鳴られて連れ戻された。
それほど恐ろしい病気なんだろうか。
屋上に祠があるのは知らなかったが、現世利益がある薬師如来をお祀りしているのは合理的なのかもしれない。願いが通じるかなんてわからない。
「リリー様……」
僕は彼女に幸せになってほしいと願った。
そのために、クラーラ姫を、最後まで探さなかった。
しかし、日に日に増していく不安に突き動かされて、僕は屋上の祠に通った。
僕は、会ったこともないクラーラ姫を、見捨てたことにならないんだろうか。
「……こちらに、薬師如来様が、おられるなら、お願いです。あなたの部下の、迷企羅大将と波夷羅大将に、連絡をつけてください」
僕は、クラーラ姫も、救わなければ、いけなかったのではないか。本来、恨まれるべきは。
「……僕だ」
ラウネルに戻らなくては。
メキラとハイラが、気づいてくれますように。
数日後。
僕は、異様な物音に目を覚ました。
最終章ですが、もうちょっとだけ続きます!!
ブクマ・感想・拡散などお待ちしております!!




