第145話 暁の魔女
クラウスとのバトル。
クラウスとの結婚が迫っている。
式を挙げてしまえば、もうどうしようもできない。
クラウスの寝所に忍び込み、ベッドを覗き込んだ。鍵すらかけてないなんて、油断しているのか。
心臓をひとつき。それだけでいい。
リリーは私のものになる。
「……」
手にした剣を振り上げる必要はない。静かに、突き刺すだけでいい。シャルルロアの攻撃した時、大勢兵士が死ぬのを見た。一人殺しても、同じこと。
「……」
私が人を殺すなんて。欲のために誰かを殺す、それは賊と変わらないのでは。
でもリリーは彼を愛している。知ってる。
自分の夢のために、誰かを殺す。やれ、と止めろの声が同時に鳴り響く。
(もう変わると決めたんだろ?)
レースに彩られた枕を顔に押し当てて、剣を刺せば、静かに息の根を止められる。
わかってる。
私は魔女、王子様にはなれそうにない。
できない……。
踵を返したその瞬間、クラウスは飛び起き、頬を剣先がかすった。
「きっと来るだろうと思っていたよ。僕の影」
「……剣を抱いて、寝ておいでかクラウス王子」
よく見ると、靴を履いている。パジャマの下に胸当ても装備している。完全に暗殺に備えていたようだ。
私を殺すなんて馬鹿らしいよと、クラウスは微笑んだ。
「石の中でずっと助けがくるのを信じていた。必ず救いの手は差し伸べられると」
「出してやったでしょう」
「礼を言うよ。君は私を、石の中から救い出して、リリーのもとに帰してくれた。本当に感謝している」
「そう。後悔してるわ」
「そんなこと言わないで。願いは必ず叶う、そういう風に行動を選んでいけばとリリーが教えてくれた。彼女が君を連れてきて私を救ってくれた」
確かにそうだ。あの夜、地元で死にかけたアキラは、黒百合の女神にこの世界に導かれた。
「ヴィアベルの鉾が空間を切り裂いた光が、太陽に見えた」
石の中から助け出された時、リリーの肩越しに君を見た、と僕を指差す。
「すぐにわかったよ、君は私だと」
「違う」
「違わない! 同じ顔、同じ瞳、同じ声。私は私自身で助けを呼んだんだ」
「違う世界から来た私を、自分と同じだと言える神経がわからない」
「君がどう感じるかは知ったことではない。私がそう感じている、というだけのことだろう。リリーと出会う前に出会ってたら、きっと私は君に恋をしていたよ。美しい魔女」
一歩下がり、クラウスは剣を下げた。
「お願いだ。リリーと私を支えて欲しい。この国の半分を与えるから」
「……黒百合の女神と約束している。リリーの仕事が終わったら、元の世界に戻すと」
「君はそれでいいのか。日向森暁」
「……どうして、その名を」
ひどく懐かしい響きだ。この世界に来てから、アキラとしか呼ばれていなかった。生まれ育った国の音だというのに、遠く響くようだ。
「閉じ込められた石の中で、君の記憶を見たんだ。リリーと暮らしている時の君、違う街の君の姿を」
「……どういうこと……」
「アキラ、君だった」
駆け出したと思ったら、僕の手首が掴まれてベッドに押し倒されていた。
「薄暗い狭い部屋で、好きでもない男に抱かれている君を見た」
「……」
「捨てられて森の教会に閉じ込められていた私と、同じ。双子は忌み子といって、城から追い出される。私達姉弟は森の中の教会に幽閉されていた」
王族でありながら親兄弟に見捨てられ、小さな教会に閉じ込められていた。森を抜けようとすれば、どこからか兵が現れ、連れ戻された。自由はなかった。
「母と姉は消え、耐え難い孤独だけが残った。私は自由になりたかった」
孤独から救い出してくれたリリーの言葉を忘れていない。
「リリーにはすべて話した。王位継承の可能性がかぎなく低いことも、忌み子ということも。彼女は気にしなかった。『私の王子で、この国の王子であることはかわりない。順番を待とう』と」
「リリーは私を闇の中から救い出してくれた。誰からも必要とされていなかった。彼女だけが、私に価値があると言ってくれた」
「石の中に閉じ込められていた間も、私は彼女の王子だと言い聞かせて、心を保つことができた。リリーは言葉だけで、僕を定義した。彼女の言うことが真実になる。私が何者かを教えてくれた。私は彼女に報いたい。良き王になるために、君の力を貸してくれないか」
「……クラウス」
「もう体を売る必要はないだろ。私とともに生きろ。不自由はさせない。ラウネルの半分を君に与えて、陽の当たる暖かい土地に君の城を建てよう」
魅力的な提案ではある。確かに、ラウネルに残った方が、人生ラクかもしれない。
愛する人を失う痛みに、アキラが耐えさえすれば。
「私は君のものにはならないわ。愛しているのは君じゃない」
僕を女として扱いたいクラウスの身勝手さに、猛烈に腹が立つ。
全身の力を振り絞って、頭突きを食らわせた。額と額がぶつかる衝撃で、手を振りほどく。
「くっ……」
やっぱり駄目だ、クラウスを受け入れることなんてできない。そして、それは、彼も同じように感じているのだろう。愛せないなら、支配できないなら、殺すしか無い。お互いに、もう打つ手がない。
「橋の上で、リリーと出会った。彼女は、王子様と恋をしたがっていた。誰かの役に立てると初めて思ったんだ」
痛いほどに気持ちがわかる。僕がリリーと一緒にいたのは、役に立って振り向いてほしかったから。
「私はリリーの役に立てる」
「……」
「なあ。この小さな森の国に、王子様は一人で十分だろう」
「……」
「子供の私だってわかる、お前がリリーを慕っていることくらい」
クラウスが剣を構え直した。
「剣を拾え。お前が死ねば、彼女は心置きなく僕の花嫁になれる」
「……」
「最後のチャンスだ。私を殺せば、リリーはお前のものだ」
女神たちとわたりあい、神の石を手にしたお前。
すべてを手にした君かっこよすぎるじゃないか、とクラウスは笑った。
「お前は一人で世界の王になれる。別の未来を選べるじゃないか。私にはリリーしかいない」
剣を拾い、構え直す。戦うしかない。
「私が君の影なのかもしれない、君こそが光」
「それなら影は大人しくしているべき。引きなさいクラウス」
「だが、クラウスはこの世で私一人。王は私だけでいい。アキラ、死んでもらう。姉になってくれないなら死ね」
「……」
「さあ戦おう。戦え」
これはもう引けない。奪われる恐怖と戦う王子の姿は、そのまま自分と重なる。
「私のお姫様はリリーだけだ」
「そうね。私のお姫様も、リリーだけよ。ガレ、ここへ」
ガレを巨大な盾に変化させる。ガーネットの紅く巨大な盾で体半分を隠す。
「いくぞ」
「来いッ」
クラウスの斬撃を盾で防ぎ、そのまま殴りつけた。剣を捨て、ロッドで絵を描く。
「ぐ……ッ!」
「描かれし者よ、われに従え」
「……何も、出ないぞ」
「……」
「私の勝ちだ」
体勢を立て直したクラウスの剣戟を再度、盾で防ぐ。
「……今よ!!」
背後から飛び出した『描かれたアキラ』が、背中を刺した。
スキだったゲームに出てくる長剣。
「ぐ……がぁぁ……!!」
背中を刺されたクラウスが崩れ落ちる。剣を奪い取る。倒れた彼を横目に、ベッドの下から竜のハープを取り出した。これで元に戻れる。
「……う……あ……、かはっ……」
虚ろな目で血溜まりに倒れているクラウスを見つめる。確実に仕留めるなら、もうひとつき。首に刃を突き刺せばいいだけだ。
それが僕の望みなんだろうか。
たぶんリリーを呼べば、命は助かるだろう。そのあとは?
怒るだろうなあ。
リリー。
僕のお姫様。
君はお姫様になりたかったんだよねずっと。
子供のころからの夢を、奪ったら、怒るよね。
血溜まりの上を、踏みつけられた虫のように這う王子様のお嫁さんになるのが、君の夢なら、仕方ないね。
「……ああ……」
勝ったと思ったのに。
どうしても殺せない。
夜明けまで付き添う。
夜明けまで生き延びるか、それとも。
僕の仏心が目を覚ますのが先か。
ヒューヒューと苦しげに息をしている。顔の近くに座り、同じの顔の王子様の髪を撫でた。銀髪に血が絡みついて、乾き始めている。
スカートの裾を、クラウスの血が濡らしている。
「死んだらどこに行くんだろうね。クラウス」
仮に私と同じ魂を持っているとしたら、私も一緒に死んでしまうのかな。
「……」
真っ暗だった窓の外が、明るくなってきた。紫色の空が、少しずつ、白んできた。
オレンジの光が、私の殺意にとどめを刺した。
「ガレ」
「ここに」
「助けてやって。傷を直そう」
「了解した」
ロッドから赤い光が広がる。傷が塞がり、血の気が戻ってきた。
「暁の魔女……。お前、私を助けたのか」
「……」
そうか。
僕が、私こそが暁の魔女だったのか。
「命広いしたな。本当は死ぬのを待っていた。だけどリリーが愛した君に、止めをさせなかった」
「……」
「君を殺すために、僕は僕の良心を殺さないといけない。良心を失った男を、愛するお姫様の夫には、できない」
本当は倒したかった。しかし勝利に酔うこてはできなかった。勝ったよと駆け出しても、きっと、彼女は抱きしめてくれなかっただろう。
「魔女だったリリーはお姫様になるべきだ。お姫様が、魔女と、結ばれるわけがない」
「……お前……」
『誰かの役に立てると初めて思ったんだ』とクラウスは言っていた。私と同じだ。
「君と同じよ。私は、アキラに幸せになって欲しい。君を殺してリリーを手に入れたとしても、それは正解じゃない」
アキラの役に立てるなら。
リリーの役に立てるのではあれば。
「私は……ただのアキラに戻ればいい」
アキラのために『ガーネット』はもう、黙ろう。
夜明けだ。もう決めなくてはならない。
ガーネットは消え、アキラは決断を迫られる。




